誘導

「どうしたのよリディア?」


 少し驚いて問い返した。


 いや、実は少しだけど想像はできる。多分、自分のせいでディオスの刃先が私にまで向けられたと思ったのだろう。そのように考える必要はないのに。


 そもそもこの程度の争いは貴族や権力の世界では珍しくない。いや、むしろ本当に虚偽の事実を操作して流布することまですることに比べれば、実際にある事実に憶測を組み合わせて評判を落とそうとしたディオスの戦略は正々堂々とまで言える。


「大丈夫よリディア。こんなことは貴族同士の争いではよくあることよ。貴方も早く慣れた方がいいわ」


「でもっ……リディアが立場を明確にしていたら、貴方には被害がなかったはずよ」


「さぁね、どうかしら? 私の考えでは何とか他の件を利用して同じことをすると思うけど。勘違いしない方がいいわよリディア。ディオスはそもそも今回の件に不満があって話を切り出したのじゃないわよ。貴方と私に不満があるから話を作り出したのよ」


 むしろリディアの立場が曖昧だっただけに、何を言うかも予測しやすい。それはむしろリディアに感謝すべきかもしれない。


 それでもリディアの表情は依然として暗かった。まぁ、彼女の性格ならすぐには解決しないだろう。なだめる方法を考えておこうか。


 そう思いながらアルカとジェリアがいる方に戻る途中だったけれど、途中で私を呼び立てる声があった。


「少し貴方のお時間いただいてもよろしいでしょうか、テリア公女」


 ケイン王子だった。


 ……早くも来たわね。


 来るとは思っていたけれど正直、もう少し後だと思った。多分アカデミーに帰った後ではないかと思ったんだけど。


 まぁ、今来てはいけない理由は特にないけどね。さっきの攻防には穴が多かったし、それに気づいたなら刺してみたくてたまらなかっただろう。


 一応王子が声をかけてきたから無視することはできない。


「リディア、先にアルカのところに戻ってくれる?」


「で、でも……」


「お願いするわよ」


「……うん。わかった」


「ありがとうございます、リディア公女。それではテリア公女、あちらに行きましょう」


 ケインは私を舞踏会場の壁に連れて行った。特に隅ではなかったけれど、王子と公女が来ると周りの人たちは勝手に席を譲った。


 だからといって関心がないわけではないだろうけどね。多分適当な距離で何とか盗み聞きするだろう。そもそも遠く離れても魔力をうまく使えば盗み聞きはいくらでもできる。結界で遮断しない限り、対話を隠すことは不可能だ。


「どのようなご用件でしょうか? ケイン殿下」


「さっきの攻防、実に面白かったです。ディオス公子がまともに反論もできなかったですね」


「いいえ。大したことじゃありませんでした」


 ケイン王子はささやかに微笑んだ。


 出た。ゲームで何かを企んでいる時、よく見せてくれた表情。あの顔が出るたびに、必ず周りで誰かが面倒になることが起きた。


 悪い奴を騙した時は痛快だったけど、今度あの笑顔の対象はやっぱり私だろう。もう気持ち悪い。


「大したことない、ですか。確かに大したことではない内容でした。わざわざそうおっしゃったような気がしますが?」


「あら、やっぱり気が利きますわね」


「ハハ、それは私の言うべきことのようですね」


 フフフ、ハハハ。そう笑ってはいたけれど、私の頭は冷静にケイン王子の意図と私が取るべき行動などを計算していた。恐らくケイン王子も同じだろう。


「お聞きしたいことがあって、このように別の場所を設けました。ですが、あえて言葉にしなくてもすでにご存知のようですね。話していただけますか」


「もちろんですの」


 さっき私がディオスに言った話に嘘はない。でも実はそこには問題がある。ディオスが提起した問題を明確に否定しなかったということだ。それでも修練騎士団に対してはある程度直接的な否定があったけれど、あとは曖昧だ。


 例えば派閥のこと。私と親しい人の中で下位階層がはるかに多いのは事実だ。しかし、この反論には問題が一つある。私が親しい少数の高位貴族というのが四大公爵家の子たちだということだ。


 四大公爵家は王家と共に五人の勇者の末裔が成し遂げた家柄であり、その影響力は言葉では言い表せない。少し大げさに言えば、この国には王が五人いるのと変わらないレベルだ。当然だけど、これほど影響力のある貴族なら、誰と親交を結ぶかによって勢力図が変わることもありうる。ましてや、それが公爵家同士の交流ならなおさら大きい。


 そのような観点から見れば、私の親交はオステノヴァがフィリスノヴァとアルケンノヴァに手を差し伸べたのと同じだ。これがもし公爵本人たちの連合だったとすれば、手を握って反乱を起こし国を手にすることも可能なほどの大勢力だ。


 その上、リディアと関連した問題は結局ディオスの人格を攻撃しただけで、私がアルケンノヴァに影響力を及ぼそうとしているということを否定しなかった。オステノヴァのイメージを利用して威嚇しただけで、いざ私が直接言葉で説明したことが足りなかった。


 最初助けたきっかけはディオスのせいだったとしても、その後実際にリディアは自分の継承権と去就について明確に公言しなかった。そうしながら私とずっと深い親交を維持しているから、疑われるのも仕方ない。


 まぁ、ディオスがこれを突いたら、その時はそれなりに反論する言葉はあったけどね。


 ……それにしても、本当に大事なのはこれからだ。


〝……この世で私の秘密を唯一共有する人。それがケイン王子になったら?〟


 この前、私が思ったこと。そう思ってから、私は多くのことを悩んだ。そして転生以来初めて、自分で立てた規則に反する決定を下した。


 その決定を振り返り、私は静かに話しかけた。


「結界を展開してもよろしいでしょうか?」


 ケイン王子は指パッチンをした。瞬く間に魔力が出て彼を包み込み、音を遮断する結界が展開された。


 さすがケイン王子。気が利く。


「防音結界を展開しました。これでよろしいですか?」


「直接結界を展開してくださるなんて、ありがとうございます」


「簡単なことなので気にすることはありません。私の方が話を要請した立場ですから」


 あまり意味はないけれど、深呼吸を一度した。


 今から話すことは誰にも……少なくとも人間にはしたことがない。攻略対象者の中では前世の私が嫌いだったキャラである彼にこの話を初めてするというのは皮肉だけど、のんびりと彼の好感や信任を得るのは面倒だ。


 そして悩んだ末に決定を下した。今から話したいことを、もし人に話すことになったら……その対象は必ずケイン王子でなきゃならないと。


 彼は次期国王に最も近い男だ。つまり影響力も、動ける人や範囲も格が違う。重要な話をたった一人だけにすると仮定したとき、最も役に立つ人。それが誰かを選んでみろと言われたら、ケイン王子以外にはいられない。


 ……彼が味方になってくれるかは定かではないけれど。


「信じるかどうかはケイン殿下の自由です。恐らく気軽に信じることは難しい話になるでしょう。ただ、これからの話は冗談やいたずらが一切ない真面目な話だということだけはお含みおきください」


「ご心配なく。王子という地位にいると、とんでもない話も結構聞きますからね。ある程度の話には耐性があります」


「それが未来のことだとしてもですの?」


「……ほう」


 未来予知のような便利な特性が存在していたら説明しやすかっただろう。残念ながら、そんな能力はこの世界にはない。似たようなことはできるけれど、正確な未来を予知することはいかなる特性でも不可能だ。特に長期的な未来はなおさらだ。


 その点で私の『バルセイ』の情報は貴重な未来の話であると同時に、信頼を得ることがあまりにも難しい話でもある。


「簡単には、あと数年で大きな災いが訪れるでしょう。私はそれを知ってから、どうすれば防げるかずっと悩んできました」


「未来……ですか。それをどうやって知ったんですか? 予知能力でもありますか?」


「そんな童話の能力はありません。けれども、限りなく似たようなことは特性をいくつか組み合わせれば可能ですの。詳しいことは家の秘密なので言えませんが、予知といっていいほど正確度の高い予測だと言えますわよ」


「ほう。つまり災いを防ぐためには四大公爵家の勢力が必要なので、彼らを抱き込んで準備をしている。そう理解すればいいのですか?」


「やっぱり詳しいですわね」


 ケイン王子は私の話を聞いてしばらく黙って考え込んでいた。


 どのように災いを突き止めたのか、災いはどのようなものがあるのか、具体的にどのように防ごうとするのか。思い浮かぶ疑問は多いだろう。そもそも私の話は説明も根拠もなく、ただのでたらめとしか聞こえないということは私の方がよく知っている。


 しかし、私の目的はケイン王子に私の〝計画〟に関心を持たせること。正直、彼の関心を得ることができれば、ディオスが広めた噂の真偽などはどうでもいい。


 ケイン王子は関心がなかったり警戒する価値がない人には一抹の注意も払わないキャラであり、そのような彼の信任を私が主導して得るのは面倒で疲れる。それなら逆にケイン王子の方が私に関心を持つ方が楽だ。


 ケイン王子は少し長い考えの後、一言言った。


「その〝災い〟の例を一つ教えていただけますでしょうか」


 来た。想定していた質問の中でももっとも理想的な質問である。


 私は心の中で会心の笑みを浮かべながら答えた。


「アカデミーに邪毒災害が起こってジェフィス公子が命を落としますの」


―――――


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