選択授業

 アカデミーには数多の講義がある。それに相応しく施設も多様な授業に対応できるよう装備から教室まで手抜かりのなく備えられている。


 私とリディアはそのような〝設備を使う〟選択授業に出席した。


「あ、あの……テリアさん?」


「どうしましたの?」


「この授業は……どうして受講しようと言ったんですの?」


 リディアは目の前にある道具を見て混乱した。


 確かにそんな疑問あるはず。この授業は決闘とは何の関係もないから。決闘どころか戦闘そのものと縁が全くない内容を教える授業だし、直ちに鍛錬が急がれるリディアとしてはこのような授業に参加するのが理解できないだろう。


 まぁ正直、今回の授業は私のための方が大きいけど。それでも根本的にはリディアを助けるために自分なりに悩んだ結果だし、上手くいけば確実に進展があるはずだ。


「気分転換だと思えばいいわよ」


「気分転換をするには……は、早すぎじゃないですの?」


 リディアは全く納得できない様子だったけれど、私が何度も話すと結局席に座った。


 それを待っていたかのように担当の先生が入室した。


「さあ、皆さん。ご静粛に。新学期が始まって初めての出会いですね。去年からお会いした方はお久しぶりです。そして初めてお会いする方々、お会いできて嬉しいです。私は料理の授業を担当するリデル・エイプロストです」


 料理。


 多様な科で受ける選択授業だ。普通は他科の女子生徒が多く受けるけれど、意外と騎士科では男女を問わず多く受講する。趣味……もあるけど、実は現場で非常時の炊事能力を備えるのが騎士団の必須教養だからだ。


 私はその必須教養に自分自身の興味も加えてこの科目を選んだ。貴族である今は言うまでもなく、一生病室の身分だった前世でも料理とは縁がなかったから。


 そしてリディアの〝悩み事〟を引き出させるにも意外と使えるところがある科目だ。


「今日は簡単なシチューをはじめ、簡単な料理をいくつか作ってみます。レシピを覚えるよりは包丁の使い方や火の使い方など、基本的な技術そのものを学ぶと思ってください。友達と一緒にしたいなら自由にしてもいいですが、五人を超えないでください」


 授業が始まるやいなや普段から私と親しい騎士科の生徒たちが近づいてきた。他にも私やリディアに興味を持ったような生徒たちが何人かいた。


 少し見たけれど、やっぱりほとんどは平民や男爵家の子供のようだった。顔ぐらいは知っている伯爵家の子供は二人ぐらい。そんな人たちの間に公爵家の子供が二人もいれば興味を引くに値する。


「おはようございます、テリア様! 今日もよろしくお願いします!」


「ふふ、よろしくね。そういえばエシルは料理が趣味だって言ってたよね? 楽しみにしてもいいかしら?」


「いいえ、そこまでじゃないですよ。ここのベノンが最高です」


「お、おい! 急に何を……」


「あら、ベノン。料理上手って聞いたことないけど、貴方も趣味なの?」


「ふふふ、こいつ言葉で言わなかっただけで、実はすごいんですよ。特にデザートの方は真心たっぷり……うぐっ?!」


「黙れ!」


 騎士科の生徒たちとそんな感じで雑談を交わしていると、他の生徒たちも躊躇なく会話に参加した。


 よかった。公爵家の令嬢だからといって他科の生徒たちと交流できなかったらどうしようかと心配したのに。まだ少しためらっている様子はあるけど、みんないい子たちのようだ。この状態だとかなりいい感じだけど?


 みんなリディアにも興味があるようだったけど、彼女は平民の生徒よりも萎縮していたので簡単に話しかけなかった。でも女の子の何人かはむしろ目を輝かせている……保護本能みたいなものかしら?


「この人はリディアなの。騎士科の生徒は知っていると思うけど……いや、騎士科の生徒たちもちゃんと挨拶したことはないよね?」


「テ、テリアさん?!」


「リディアさん、あまりグズグズする必要はありませんよ。みんないい子たちで、今はただの料理の授業ですからね」


 まぁ実は料理で手を動かすのは私だけで、みんな雑談が主になってしまったけどね。それでもこのような授業は社交の場の役割もするので、最初から手放しで話をするのでなければ先生たちも気にしない。リデル先生はむしろニコニコしているし。


 そして、とりあえず私は一生懸命調理しているわよ。うん。


「お、おお、おはよう、ございます。リディアは……リディアです。その……」


 ……リディア、ずっとこんな風なら進展がない。


 仕方ないね。ここでは少し強硬手段を使ってみようか。


「フルネームはリディア・マスター・アルケンノヴァなの。優しくしてあげてね?」


「て、テリアさん、リディアは……」


 そんな感じでリディアを引き入れた。リディアは依然としてためらっていたけれど、こっそり誘導すると私やリディアについても少しずつ話が出てきた。


 そんな中、一人の子がふと思い出したように話を切り出した。


「そういえばリディア様、ディオス様と決闘されると聞きました」


 その瞬間、リディアの顔色が著しく悪くなった。私はそんなリディアの姿を適当に隠して相づちを打った。


「ディオス公子を知っているの?」


「ええそうですよ。あのクソ人間……」


「おい、ちょっと待って!」


 慌てて口をふさぐ子供たち。


 まぁ、四大公爵家の令嬢である私の目の前で他の公爵家の令息に文句を言うのは気まずいだろう。取り巻き同士ならともかく、この子たちは私とそんな関係でもないから。


 しかし、私としては先に出て悪口を言いたいほどなのに。


「大丈夫。遠慮なく話してね」


「あ、ああ、はい。その、ディオス様は普段から評判が悪いんですよ。身分の低い人を見下したりいじめたり、アカデミーの恩恵などを勝手に奪ったり……そちらの取り巻きたちもお零れもらおうとしているし、本気で従う人はいないという噂もあります」


 まぁ、そうなるだろう。 ディオスはお世辞でも人柄が良いとは言えない人間だから。


 一方、私の後ろで話を聞いていたリディアは、何か言いたいようにビクビクした。まさかまた習慣的にディオスを擁護しようとするのかしら。


 その時、リディアの顔色を窺っていたある女子学生が、何か決心したような顔で口を開いた。


「リディア様!」


「きゃあ!」


「あっ、申し訳ありません! 驚かせようとしているのではありませんでした!」


 リディアが尋常でない悲鳴を上げれば女子生徒もびっくりして謝罪した。そして、そのままお互いに顔色を窺う時間が始まった。


 いや、貴方たち。そうしてるうちに会話が途切れそうになったじゃない。


「どうしたの?」


「あ、その……」


 女子生徒に声をかけ、リディアの肩に手をのせた。リディアは少し驚いたように私を見上げた。私が微笑むと少し安心したようなため息と共に震えが減った。


「大丈夫。話してくれる?」


「は、はい。あの、その……リディア様……」


 もう一度勧告すると、女子生徒は慎重に話し出した。


「勝ってください!」


「……え?」


 予想外の発言に私もリディアも少しぼーっとしてしまった。


 一方、生徒たちは女子生徒の言葉に真剣に頷いていた。中にはさらに「踏みにじってください」とか「ぶっ倒してください」とかの発言までいた。


 ディオス、いったい何をしていたのよ貴方……。


「あ、あの、それはどういう……」


「リディア様を応援します! あのクズ公子が何も言えないようにしてください!」


「リディアはそんなことできません」


「いいえ、できます!」


 女子生徒の目が輝いた。それだけでなく、騎士科の生徒たちはみんなリディアを期待に満ちた目で見ていた。リディアはその視線にも怯えていたけど。


 でも意外だね。みんなリディアの勝算を真剣に信じているのかしら?


 私の疑問はすぐに解けた。


「戦闘術の授業のアレを見ました。アルカ様とテリア様を相手に手合わせされているものです」


「えっ!? り、リディアは何もできませんでしたけど……」


「弾き出したりする時、すごく鋭かったし魔力も強かったじゃないですか。間違いなくあの憎らしい公子に勝てるはずです!」


「あ、あうぅ……」


 意外だね。あの時のあれだけでもリディアに対する評価がこうなったなんて。


 確かにジェリアの言うことは一理あるみたい。それだけでもこの程度なら、単純にリディアが力自慢をする姿を見せれば、より大きな反響を呼ぶことができる。


 私がそのような計算をしている間も、生徒たちはリディアを称賛していた。……いや、それより事情をよく知らない他科の生徒たちが騎士科のみんなの話だけを聞いてすごく期待しているような……。


「さあ、みんな落ち着いて。リディアさんが困っているじゃない」


 生徒たちを落ち着かせながら調理用の魔道具を点検した。よし、火の調子がいいね。このままもっと煮るだけでいい。


 ……あれ? 何か違和感が。


「何か美味しそうな匂いがしますけど……これテリア様が作ったんですか!?」


 ある生徒が調理台を見ながら嘆声を発した。


 調理台の上にはいつの間にかよく整理されたサラダや直火で素早く焼いたハンバーグのような簡単な料理が完成していた。そして調理用の加熱魔道具の上ではビーフシチューがぐつぐつ沸いていた。対話する間に私が作ったものだ。


「えっ、どうやってこんな短い時間に……」


「本当にすごいです! オステノヴァ公爵家は料理もされるんですか?」


「違うの、違うの。まぁ趣味でやる場合もあるけど、上手ではないわよ。私はただ経験があるので。食べてみる?」


「大丈夫ですか!? で、では失礼します。……美味しいです!」


 ハンバーグを小さく切ってあげると嘆声が出た。他の生徒たちも興味を持っている様子だった。みんなに分けてあげたいけど、量が少なくて残念だ。


 みんなきらめく目で私を見た。まぁ、公爵家の令嬢が簡単だとはいえ、料理をすること自体が意外だろう。そういう料理を食べてみるのも珍しい機会だし。私はあれこれたくさん作ってみたので例外なだけで……。


 あれ? 今私の考え、ちょっとおかしくなかった?


「て、テリアさん」


 その時、リディアは私の裾をそっと引っ張った。振り向くと、少しぼーっとした顔で私の料理を眺めていた。口から唾が流れそうだ。


 ハンバーグとサラダを少し取ってリディアに渡した。反応は消極的だったけど、確かに美味しいという感じだった。ふふ、簡単な料理でも反応がいいから嬉しいわね。


 その時、イシリンがこっそり割り込んだ。


【貴方、料理したこと全然ないでしょ?】


 〝私はあれこれたくさん作ってみたので〟


 ……あ。


 その時になってようやく、私は違和感の正体に気づいた。


 確かに私は料理をしたことがない。前世も、現世も。興味を持ったのも、前世は庶民だったのに料理をしたことがなかったからだ。


 また調理台の上を見た。完成した料理も、まだ煮込んでいるビーフシチューもすべて自分の手で作った。料理自体は簡単だった。でもいくら簡単でも何も知らない人がただできるほどではない。


 これは一体どういうこと……あ。


 その時、私の頭に『バルセイ』のシーンが思い浮かんだ。


―――――


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