彼と彼女らの後悔
アカデミーには多くの研究室がある。騎士科もまたそのような研究室を多数保有しており、その中でも最も活発なのは魔物を解剖し調査する魔物研究室だった。直接戦う立場だからもっと相手をよく研究しなければならないものだから。
そのような研究室の一つに巨大な腕と翼があった。
「大きいだな」
「そうですね」
ボクの独り言に答えた人は隣にいたロベルだった。
テリアは治療を受けながら寝ている。トリアはテリアがあの格好になってから著しく動揺し、ずっとテリアの傍を守っている。
どこか超然とした感じだったトリアがソワソワする姿は少し面白かったが、きっかけがきっかけだからそのまま放っておいた。
そういえば、ロベルはあまり動揺しないんだな。その格好になったテリアを初めて見た時はロベルも少なからず当惑したが、意外とトリアよりすぐ冷静さを取り戻した。後始末も全く集中できなかったトリアの代わりにロベルがほとんど処理した。意外に冷静な奴か?
「どうしたんですか?」
「君は思ったより冷静そうだからな」
「そういうジェリア様こそ何ともないようですが」
「ボクは自分でも他の奴でも怪我には慣れているからな。執行部は意外と実戦と近い方だぞ。それに君たちと違ってテリアと知り合った期間は短いからな」
……実際にはボクも少し平静を失ってはいたが。
ボクもあくまでただの生徒だ。単なる怪我くらいならともかく、友人が命が危ないなんて慣れてるわけがない。
ただ……テリアが怪我をしたこと自体よりも別のことに気を取られてしまって、むしろ冷静になれた。そして部長として毅然とした姿を見せなければならないという義務感で何とか虚勢を張っている。
再び巨大な腕に視線を向けた。落ちた一部であるにもかかわらず、まだ残留している魔力が強く感じられた。
正直、今あの腕に残っている魔力がボクの魔力量の半分程度だ。切られた腕一本であれくらいなら、万全の状態ではボクより数十倍の魔力量を持っていただろう。つまり、テリアはそんな奴を一人で倒したという意味だ。
もしテリアではなくボクが戦ったとしたら……。
「僕も冷静ではありません」
「うむ?」
ロベルの声が妙に熱に浮かされているような気がした。それだけでなく、怪物の残骸を眺める目の中に魔力が揺れた。
「結局僕は何もできなかったですから」
「引き受けた仕事自体が違ったから仕方ないだろ。そもそも君は遠くにいたぞ」
「結果論に過ぎません」
ロベルはそう言って黙っていた。
まぁ、仕える主が満身創痍になったから落ち着かないだろう。会ったばかりの他人であるボクとしては、その心情をすべて察することはできない。それに今のボクには人を配慮する余裕がない。
……何もできなかったのはボクだ。
ロベルよりも、トリアよりも近くにいたにもかかわらず、あの子を逃した。もし一緒に戦ったならテリアもあれほど一人で無理はしなかっただろう。テリアがあんな魔物を一人で相手にし、目的だった魔道具まで破壊して持ってくる間、ボクはただ外でザコを相手にしただけだ。
もし空間のドアが閉まる前について入るほど早かったとしたら。
あんな魔物を相手にできるほど強かったら。
もしその時に入ったのがテリアじゃなく他の誰かだったら。あの魔物を相手にできない人だったら。考えただけでも鳥肌が立ち、テリアでよかったと思う自分に嫌悪感が湧く。
強くならないと。
何があっても、どんな敵に会っても立ち向かう力を。
誰かに任せなくてもいい力を、ボクが乗り出して人々を安心させる力を。そして……ボクの方が先に友達だと宣言したくせに、結局その友達に何の役にも立たなかった自分の不足を克服する力を。
……二度とこんな気持ちにならないようにしてくれる力を、得たい。
***
どうすればよかったのだろうか。
ジェリア様の言う通りだ。そもそも僕は全く別の場所で任務に修行した。お嬢様の状況を知る方法もなかった。なら最初から離れないのが正解だったのか?
僕が必ず離れていなければならなかったわけではない。しかし僕も単にお嬢様を補佐するのではなく、執行部員として加入した立場。そんな僕がお嬢様を補佐することだけに集中して執行部員としての任務を投げ捨てれば、お嬢様の名誉にも傷がつく。
最初からお嬢様と同行して調査を引き受ける任務を提案すればよかったのだろうか。しかしお嬢様なら僕がずっとついているよりは、他の仕事をしてほしかったのだろう。
〝お嬢様の目標がお嬢様の安全を脅かすなら〟
……そういえば安息領が襲撃してくる直前にそんなことを考えた。今の状況はその憂慮のままだ。
お嬢様が帰ってきて半日が過ぎた。まだお嬢様の意識は戻っていないが、トリア姉貴の言葉では意識を失う前まで状況を説明したり捕虜を引き渡したりしたという。その状態なら多分今回大怪我をしたからといって折れることはないだろう。
折れないからなおさら大変だ。お嬢様ならきっと他のことにも足を踏み入れるだろうから。ということは、いつでも今回のようなことがまた起こる可能性もあるという意味だ。
「ジェリア様は……怪我に慣れているとおっしゃいましたよね? 自分でも他の人でも」
「うむ? そうだった。それが何だ?」
「もし死ぬかもしれないと思うくらい怪我をしたことはありますか?」
ジェリア様は苦笑いして「いや」と切り出した。
「正直言っては全然。修練騎士団だとか実戦的な活動だとか威張っているが、実状は本当に危険な活動は騎士団で監督して保護してくれるからな。一番大きな怪我ならティロンが腕一本が切り取られたくらいだ」
いや、腕が切り取られるのは十分大変なんじゃない!?
考えを顔に出してしまったのか、ジェリア様がクスと笑った。
「まぁ、むしろ腕一本だけ綺麗に切られるくらいは治癒能力者を連れてくればなんとかなるからな。テリアのように全身がめちゃくちゃになるとか、敵の特性魔力のため治癒まで妨害されるのがはるかに大変だ」
「でも動揺くらいはしたと思うんですけど」
「それは……正直、そうだったな。ボクもその時はもう少し幼かったし」
「あの時はどうしましたか?」
「どうも何も、何もできなかったぞ。思う存分自虐ばかりした。しかし心を治めるのは意外と簡単だった」
心を治める……か。
ジェリア様が単純に感情を落ち着かせるなどで満足したとは思えない。交流は短いが、なんとなくそんな感じがした。恐らく次を約束する決心が心を落ち着かせたのだろう。
返事を期待してジェリア様を見ると、彼女は突然腕を上げ、筋肉を自慢する姿勢をとった。
「強くなればいい。結局人を傷つける奴らを自分の力で全部倒せれば人が怪我をすることもなく、ボクが危険になる可能性も減る」
「一理ありますね」
「まぁ……それでも現実はこうだがな」
ジェリア様は苦笑いした。そんな思いで強くなろうと努力していたら、なおさら今回のことが気になるだろう。
それでもジェリア様の眼差しは強かった。多分この一度くらいで折れる人ではないだろう。
「力……か」
恐らくお嬢様はまたこんな危険に飛び込むだろう。
放っておくわけにはいかない。それだけは確かだ。しかし、放っておかないと何ができるだろうか。
お嬢様を制止する? 可能かどうかはともかく、ただお嬢様の安全を理由にお嬢様の意志をくじくことはできない。きっと悲しむなるはずだから。ただ生きているだけの人生を差し上げたくはない。
その上、お嬢様がもしその知恵と力で人を守ろうとするのなら、お嬢様を制止することは人を救わない結果につながりかねない。
……僕がもう少し図々しい性格だったら、人のことなど気にせずにお嬢様のために動けただろうか。
〝人を傷つける奴らを自分の力で全部倒せれば〟
気楽な論理だ。しかし、その通りでもある。このすべての状況を解決するほどの力が僕にあったら、僕が代わりに解決できたはずだから。
しかし、いくら個人が強くても仕方ないことが世界にはあるものだ。そのようなことをすべて処理するためには、単なる力だけでは足りない。
幸いにも僕はオステノヴァの執事長候補。一人ですべてを解決しなければならない立場ではない。
僕が利用できるすべてのものを利用してお嬢様を守り、お嬢様の意思を執行する。これから僕のすべきことはそういうことだろう。
***
眠っているお嬢様の顔はあまりにも穏やかに見えた。まもなく死ぬ人のようだった血色も少し前から少しずつ生気が戻ってきており、時々苦痛に苦しんでいたものも今は消えた。お嬢様自身の治癒の力に外部の治癒も重なっているので、すぐに回復されるだろう。
「……なんでそんなことされたんですか」
思わず言葉が漏れた。もちろん意識のないお嬢様が答えるはずはない。でも……虚空にでも問い詰めなくては耐えられなかった。
「少なくとも私に連絡して助けてもらうことはできなかったんですか?」
もちろんできるはずがなかった。閉じた異空間では外に連絡できないから。思念増幅器も外でだけ効果があるだけだ。
むしろ私が最初から一緒に入っていたらよかったかな?
どうせ私が外を防御したとしても、その前に侵入した奴らだけでもこの風になった。それならいっそ最初から一緒に入っていたらお嬢様を守ることができただろうか。
もちろん実際にそうしていたら安息領の奴らがもっと多く講堂に入っただろうし、中から避難できなかった生徒たちを救うことが難しくなっただろう。知っている。それでもしきりに他の方法がなかったのか悩んでしまう。
〝どんな脅威があっても、私の手で全部壊してお嬢様の意思を果たすだけだ〟
「壊してって全然できなかったじゃない」
思わず苦笑いがあふれる。
命には問題がない。『治癒』の力で後遺症も残らない。すぐお目覚めになるだろう。
頭では分かっているが、どうも心が乱れてしまう。お嬢様の体に巻かれた包帯を見ただけでも後悔が湧き出る。
「でもお嬢様は……次もこんな仕事をされるでしょう?」
昔からそうだった。一つを決めたら決して曲げることがなく、何があってもついにやり遂げてしまう人。
幼い頃はただいたずらをするだけだったが、三年前に突然妙な雰囲気に変わった後は言動が真剣になった。十一という年齢に比べて異常に強くなったのも、結局お嬢様の才能が執念と努力に出会って花を咲かせたおかげに過ぎない。
「次からは覚悟してくださいね」
次は必ずお嬢様を一人にしませんから。
どんな手を使ってでも、どんな方法を動員してもお嬢様を助けてしまいますからね。二度とお嬢様がこんな傷を負わないように、……二度と私の心がこんなにきしむことがないように。
お嬢様が望むことを遮るものが現れたら、どんな手を使ってでも撲殺してしまうから。
今度こそ。
―――――
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