最強の中ボス公女の転生物語~悪役令嬢に転生しましたが、戦闘系の中ボスだったので最強になって悪者を全部やっつけることにしました!~

ヒース

第一章 中ボス公女様と始まり

プロローグ テリア・マイティ・オステノヴァ:ライジング

 降り注ぐ雨の中、一人の少女が歩いていた。


 真っ白なコートは水を吸って重かった。しかし、少女の足取りは軽かった。髪の毛が濡れて体にくっついた姿は服装とは関係のない妖艶さを感じさせた。


 しかしその両手に持ったのは、美しく妖艶な少女には似合わない双剣。そして彼女の前に立ったのは武装した人間たちの集団だった。その数は約百人。


 先頭に立っていた男が口を開いた。


「本当に来るとは。恐怖を忘れた女だな」


 少女は答えなかった。ただ口角を上げて唇だけの微笑を浮かべただけ。男もまた長々と話さなかった。


「殺せ」


 男が命令し、武装した集団が一斉に動き出した瞬間。


 少女は、雷光になった。


 ゴロゴロと、文字通り雷鳴が鳴り響いた。体と剣に紫色の雷電をまとった少女が動くたびに、数人かが血を噴き出して倒れた。抵抗しようとする者は武器ごと剣に斬られ、雷電に焼かれてしまうだけだ。百人を超える武装集団が落ち葉のように流される姿は一見虚しくさえあった。


 死者は誰もいなかった。ただ一人残らず腕や足を斬られて無力化されただけ。しかし大人数を相手にしながら一人も命を奪わず制圧しているという事実自体が、少女と集団の格差を如実に示していた。


 そしてついに最初の男だけが残った。


「逃げなかったことだけは褒めてあげるわ。でも部下を浪費したのは悪手だったの」


 少女がついに口を開くと、男は鼻で笑って手を動かした。彼が背中に担いだ大剣の取っ手に強健な手が触れた。


「どうせ俺の戦いには邪魔になる奴らだ。力を消耗させる道具としてしか役に立たないぞ」


「どうせ貴方も同じ格好になると思うけど?」


「戯言を!」


 男が先に剣を抜いて斬り下ろした。だが少女の剣がそれを簡単に防いだ。すぐに剣を引いた男が相次いで剣を振り回した。


 頭、首、脇腹、肩、みぞおち。猛烈な剣撃は嵐のように周辺をめちゃくちゃにした。しかし、少女は雷光になった剣でそのすべてを防御した。


 いや、防御だけで終わらなかった。


「くっ!」


 剣撃の間、ほんの少しの隙。雷光の剣がその隙を正確に突いた。男は慌てて体を後ろに引いた。しかし、刃先が少し首筋をかすめた。その瞬間、紫色の雷電が男の体を襲った。


 ほんの少し、少し遅くなったくらいの影響。しかし、少女はその短い瞬間を逃さなかった。華麗に爆発した雷光と剣閃が男の体を貫いた。


「くああああっ!」


「ほら、私が言ったでしょう?」


 少女は倒れた男に近づいた。彼の首筋に刃が突きつけられた。冷たい眼差しが男の顔を睨んだ。男は動けない状態になったが、目だけは依然として炯々としているまま少女の視線を受け取った。


「くぅ……バケモンのような、奴め……」


「私のことをどう思っているのかなんて興味ないわよ。私の妹がどこにいるのかだけ言って」


「その程度の力を、持ちながら、せいぜい、家族なんて……」


「うるさいわ。質問に答えて」


「くくく……そんなに、妹が、大切なのか?」


「もちろんよ。私にとっても、世界にとってもとても大切なのよ。貴方なんかは百年経っても分からないはずだけど」


 そう、少女の妹はとても重要だ。色んな意味で。それを分かっているのはこの世でたった一人、姉の少女だけだが。


 少女はその事実を……世界一重要な記憶をまた思い出した。


 


 ***


 


 後悔のない人生だった……という言葉は語弊があるだろう。一生不治の病で病室にだけ閉じこもって暮らしていたのに、後悔するようなことができたはずがないじゃない。


 ……泣き声が聞こえる。


 ママとパパと、実の姉ではないけれど本当に大好きなカリンお姉ちゃん。いつも私にバレないようにこっそり泣いていたこと、実は知っていた。でも今日だけは結局隠すことができず、私の前で泣いてしまった。私のせいで泣くと思うと私も少し悲しくなる。


「ごめんね、ごめん、ね……」


 ママが必死に呟いた。ママは何も悪いことをしていないのに。


「……大丈夫、ですよ、ママ……」


 声がよく出ない。それでも必死に声を出すと、ママが手を握ってくれた。私の冷たい手とは正反対に暖かく、……涙にぬれてジメジメした。カリンお姉ちゃんがその上に手を重ねてきた。


「もう少し、もう少し耐えてみて。前に言ったDLCももうすぐ出るよ。やりたいって言ったじゃない」


「それは……楽しみ、ですね……」


「そうでしょ? だから、だから……」


 必死に泣をこらえていたお姉ちゃんだったけれど、結局言葉を続けられずにしまった。実の姉どころか、何の血縁関係でもないお姉ちゃんがそうしているので、私も少し泣きそうになってしまった。


 一生病室で過ごした私に多くのことを見せてくれたお姉ちゃん。私の大好きなゲーム『バルメリア聖女伝記』、略して『バルセイ』を作った社長。偶然私の事情を知ったお姉ちゃんは見知らぬ人なのに毎日のように訪ねてきて話相手をしてくれたり色々な本とゲームをプレゼントしてくれた。


 ……『バルセイ』の最後のDLC、見たかったのに。こうなると知っていたら、正式発売を待つと意地を張らなければよかったのに。


 そんなどうでもいい後悔を考えながらパパを見た。無口なパパはいつも声を殺して泣くけど、いつも声が少し漏れたりする。


 私のために泣いてくれる家族とも、もうお別れだね。不思議なことに、それは淡々と受け入れることができた。


 ……自分自身を諦めたのがいつだったのかはもう覚えていない。


「……私、すごかった、でしょう……? 医者先生も、長く耐えたって……びっくりし、ました。奇跡、だ、と……」


 ママは必死に首を横に振った。多分これが私の最後の言葉だということを……もう終わりが来たということを否定したいのだろう。


 今までこんな私を愛してくれた両親だから、今聞こえる「行かないで」「ダメ」とかの言葉が、私の幻聴ではないはず。


 ……いっそ私を嫌っていたら未練なく去ることができたのかな。こんなに、泣きそうな気分にならなかったのかな。


 そんなことを考えたら思わず口が動いた。


「……ごめん、なさい……。今まで……私のせいで痛くして。気苦労ばかりさせた悪い娘でごめんなさい」


 ゆっくり、でも確実に伝えられるように。最後の言葉だけははっきり伝えられるように力を込めた。


 なんだか体に力が少し戻ったような気がした。


「ありがとうございます、お姉ちゃん。こんな何でもない私に優しくしてくれて。そしてごめんなさい。こんな私のせいで悲しませて。だから……だ、から……」


 また力が抜ける。一瞬の奇跡は虚しく終わってしまい、視界がだんだん曇っていった。それが目まで故障してしまった証拠なのか、それとも涙のせいなのか……私もよく分からない。


 最後に伝えたいのに。たとえ祝福されなかった人生だったけれど、それでも……こんなに愛されて……。


「……、……私は、幸せ、でした……」


 ママ。パパ。ごめんね。カリンお姉さんも、ごめんね。


 こんな言葉しか残せなくて。ただ愛されるだけで何も返せない私で。


 言いたいことさえ終わらせられないのが、言いたいことがただこういうことだけだというのが涙が出るほど悔しかった。


 そんなくだらない考えを最後に、私の十六年は幕を閉じた。


 


 ……そんな前世の記憶が浮かんだのが、私が八歳だったある朝だった。


 前世、そうだ。私は地球という所で死に、この世に生まれ変わった。病弱だった前世の体とは正反対に元気で活気に満ちた体で。


 率直に思い出した時は私狂ったのとかの心情だったけれど、一方では嬉しくもあった。この世界は前世の私が一番好きだったゲームの世界だったから。


『バルメリア聖女伝記』、略称『バルセイ』。前世の私が好きだった乙女RPGゲーム。そして私はそのゲームの登場人物であるテリア・マイティ・オステノヴァ。主人公を妨害して殺害される悪役令嬢であり中ボスだった。


 ……悪役であることはさておき、前世の私が一番嫌がっていたキャラ。


 その事実に気づいた時は本当に複雑な気分だった。その上、『バルセイ』の計六つのルートのうち、私の末路が違ったルートは一つもなかった。中ボスとして主人公を邪魔し、ついに断罪されて死ぬだけ。


 八の頃に自分の死を予見したのも憂鬱なことだけど、これを人に相談することもできないことに気づいてしまった。こんな話をしてしまったら、よく言っても妄想、悪く言えば狂ったと言われるから。


 ……でも、私は悪役に転生した者。ということは、私の選択で悪行を犯さないこともありうるという意味だ。その事実ともう一つ、『主人公』の存在だけが私の唯一の希望だった。


 そう、今私のところに走ってくるあの子。


「お姉様!」


 可愛くて愛らしい少女が私の腕の中に飛び込んだ。剣を置いて頭を撫でてあげるとニッコリ笑った。可愛い。


 でもこの子は『主人公』。強大な力と才能を持ち、悲劇に直面した数多くの人々を救う救世主。この世の希望。言い換えれば――率直に言えば一人で思う存分献身し犠牲になる席だ。


 ……ふざけないで。こんなに愛しい子に重い犠牲なんか押し付けないでよ。


 それで私は決心した。私の為に、人々の為に、この子の為に強くなろうと。そして何よりも、病弱だった前世の恨みをこの健康な体で晴らそうと。


 実は私、退屈をゲームで癒すハードゲーマーだったんだ。『バルセイ』はRPGでもあっただけに、パーティーを育てる為にかなりの努力をしていた。そんな私がたかが・・・中ボスという位置に満足するわけないじゃない?


 やるなら一位を。誰もついていけない最強を。そしてそんな力があれば、ゲームで多くの人を傷つけた悲劇も何とかできる。


 私の欲望も満たして、人々も救う。みんなの為のウィンウィン。せっかく転生したんだから、そのくらいはしてあげないといけないんじゃない?


 それで私は剣を持った。


 


 ――この物語は、二人の主人公が傷ついた者を救う物語。


―――――


本作は本来別のアカウントで連載していた小説なのですが、該当アカウントが削除され、新しく連載しています。

もしタイトルを見てまたお越しになった既存の読者の方がいらっしゃれば、本当に本当にありがとうございます。

そして新しく来られた方々、お会いできて嬉しいです。歓迎します。


既存の連載分をまとめて更新するには現在私が多少忙しいですので、初日の今日だけで5話程度更新します。後は1日2~3話のペースで更新しようと思います。


これからもよろしくお願いします。

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