その手を もっと……。

しらたま*

1人旅は2人旅へ

 新幹線の窓に小さな雨粒が当たる……。


 今日は、私の誕生日。

 何となく遠出がしたくて5日間のお休みを取り、最小限の荷物で新幹線に乗ると九州方面へ向かった。


 東京から新幹線に乗った私。

 どれだけ西に向かっても、窓の外には霧のような雨が降り続き、今日は変な天気。


 晴れない車窓にも飽き、私はそっと目を閉じてそのまま眠りについた。


「──まもなく終点……博多……」


 ぼんやりと聞こえる終点という言葉。

 約5時間、私はずっと眠っていたようだ。


 眠い目をしょぼしょぼとさせながら起きると、目の前には見覚えのある顔があった。

 サラサラの髪の毛に、優しい目をした爽やかな男性。


夢路メロ?起きた?もうすぐ着くよ」


 私は、目の前の顔とその声にカッと目を見開いた。


「ふぇ?!あ、え、え、え、えっと……え?な、なんで?」


 1人で来ていたはずなのに、名前を呼ばれて「着いたよ」と??


 しかも、そう言うのは人気イケメン俳優の真中楓マナカ カエデ

 私が今一番推している俳優でもある。


「大きい声出すなよ、びっくりしたなぁ。寝惚けてるの?ほら、もう着くから足元の充電器外して、降りる準備して」


 私は、現状が理解出来なかった。これ、夢?

「充電器外して」とか、すごく現実的な事を言ってくる。


 理解不能のまま私が固まっていると、楓君が私の足元にあるコンセントから充電器を外してくれた。


「もう、片付けるよ。寝すぎたの?大丈夫?」


 そう言う楓君の膝元には私の鞄があり、慣れた手つきで私の充電器を片付ける。


「え?あ、えっと……」


 驚きのあまり言葉が出ない。


「終点————」


 終点のアナウンスが聞こえると、楓君は私の鞄を返してくれ、立ち上がり、荷物棚から大きなキャリーケースと私のボストンバッグを下ろした。


「夢路、ほら、行くよ」


 そう言って、楓君は私に手を差し伸べる。

 私はその自然な行動に、何故か私も自然と手が出た。

 そのまま手を引かれて立ち上がり、私と楓君は一緒に新幹線を降りた。


「あ、ありがとう……ございます」


 イケメン俳優を目の前に照れつつも、やっと言葉らしい言葉が出せた。

 そして、繋がれていた自分の左手を離そうと思い、手元を見ると更に驚いた。


「私、指輪してる……」


 楓君は、私の顔をまた覗き込む。


「ねぇ、本当に大丈夫?これから新婚旅行だよ?」


 私は、言ってる意味がわからなかった。

 一人旅に来た……はずなのだが、ん?し、し、新婚旅行?!


「ま、待って。ひ、人間違いではないでしょうか」


 その言葉を聞いて、楓君は一瞬寂しそうな表情を見せた。

 が、しかし、すぐにTVでも見せるような優しい笑顔を見せて口を開いた。


「嘘じゃないよ、新婚旅行。ほら」


 そう言って見せてきたのは、携帯に入っている2人の結婚式の写真。その写真は、楓君の待ち受け画面でもあった。

 他にも、2人で撮った写真が何枚もあり、そこに写っているのは明らかに私である。


 私の右目下にある涙ぼくろ、楓君のグッズである小さなぬいぐるみを持っている写真には、私の手作りのお気に入り衣装を着せており、今も持ち歩いている物と全く同じものだった。


「……なんで?」


 私は理解が出来ず、不安な表情で楓君の顔を見た。


「ここでは人通りも多いから、まずはドライブでもしない?レンタカー予約してあるから」


 そう話す楓君の表情は、嘘をついているようには見えなかった。優しい表情の中に、どこか寂しさを感じ、なぜか今の私はこの人のそばに居ないといけない気がした。


「……わかった。行きましょう」


 私の言葉に楓君は笑顔になり、また私の手を引いて歩いた。

 TVやイベントでしか会ったことがなく、プライベートで逢える事が奇跡と言いえるのに、少し前からそばに居たかのような空気感と安心感に、私は不思議な気持ちになった。


 それに、繋がれている手からは優しい温もりも感じられた……。


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