第10話 奇妙な旅人

「分かっています。誤解されやすいのですが、彼はあなた方に対する敬意を欠いているのではありません。彼はただ、こうしたければ他者に影響され過ぎるのです」


 長は弁明した。申し訳なさそうにしてはいるが、ウィルトンやアントニーの不快よりも、べナリスの都合を優先する気なのは見て取れる。


 荒事師の長としては、その方が良いのだろう。我々は敬意を払われる英雄ではあるが、彼女の仲間ではないのだから。ウィルトンはそう思った。


「よくそんなので荒事師なんてやっていられるな」


 ウィルトンは、率直な思いを口にした。わざわざ口にしたのだ。


「そうでしょうか? 荒事師だからこそ、多少は変わり者でも許容されるのだと思います」


 アントニーが言った。二人とも、べナリスに言いたいようにさせておくが、自分たちも言いたいように言うと決めたのだった。


「それはそうだな。だけど他人に影響されやすいのは致命的だ。そう思わないか?」


「さあ。冷たいようですが、私がとやかく言うことではないので」


 冷たいとはウィルトンは思わなかった。それこそが自他の区別がついている者の考え方だ。たまたまめぐり合ったよく知りもしない荒事師たちに、余計なお世話をするものではない。


 その時、これまで黙っていた、べナリスの仲間の三人目が口を開いた。


「ああ、どうかお気になさらず。彼にはちょっと事情がありましてね」


「そうか、まあいい。これからどうするんだ? この木の上に集落を襲った大蜘蛛がいると、お前たちも目星をつけているんだろう?」


「まあ、そうですが、せっかくこうしてデネブルを倒して太陽を取り戻してくれた英雄とお近づきになれたのですから──」


「大蜘蛛はどうするんだ?」


 ウィルトンはやんわりと制した。その態度は冷たいかも知れなかった。しかしここは大蜘蛛の巣がある場所なのだ、おそらくは。親交を温めている場合ではない。


 幸い、三人目の男は愚かではなかった。すぐに頭を切り替えてきた。


「そうですね、今はそれどころではありません。私の名はミラージ、魔術師です。長の名はアラニス、ご迷惑をお掛けしたのはべナリスです。二人とも手練の戦士です。覚えておいででしょうか?」


「覚えている。まだ昼に会ったばかりだ」


 さして強い関心を抱いていたわけではないが、さっさと忘れ去るほど薄情でもない。そうした意味だった。


 ミラージはうなずく。


「大蜘蛛がここにいるだけなら何の問題もありません。なぜ集落やその近くまで来て、役人や宿にいる者たちを襲ったのか。我々はそれを知る必要がありますよね?」


 ウィルトンの相手を見る目が変わった。アントニーも同じくだ。こいつはなかなか切れる奴だな、と。二人とも思いを同じくし、それをお互いに分かっていた。互いに顔を見合わせただけで、その程度は通じ合うのだ。


「そうだな。この大木にある巣を焼き払って終わりってわけにはいかないだろう」


「こうして自然の中にいる虫を根絶するのはまず無理です。その点では、大きいのも小さいのも変わりはありません。ご存知だとは思いますが。なぜ来たのか、理由を探らなければ根本的な解決にはならないのです。我々はこの木を調べてみようと思いますが、あなた達の考えをお聞かせください」


 ウィルトンは再びアントニーの顔を見て、目線を合わせた。


 お任せします、と盟友は目礼で伝えてきた。


「宿の主人のサダソンから、奇妙な旅人の話は聞いたか?」


「はい、知っています。しかしそれに関しては今のところ手がかりが何もありません」


「手がかりかも知れない情報がある」


 ウィルトンは、大蜘蛛に襲われていたところを助けた母娘の娘のほう、ロズミナから聞いた話を伝えた。


「なるほど、そのベールの人物がその奇妙な旅人かも知れないのですね」


「ロズミナは、ベールの人物がいた場所は覚えていた。集落の近くの白樺の大木に隠れるように立っていたそうだ。その白樺には大きなうろがあり、目立つので覚えていたと彼女は言っている」


「分かりました。ではいったんこの場を離れて、白樺の大木に行きましょう。そこから足跡をたどれるかも知れません」


「いいぞ。俺たちもそう考えていた」


「ですが、先にこの蜘蛛の大木の周りを調べませんか? 人間か、人間に似た誰かの足跡が見つかるかも知れません。それがベールの人物で、骸骨のような旅人の足跡なのかも知れませんから」


「ここから逆に、白樺のうろのある木まで、足跡をたどれるかも知れないな」


「そうです。その途中に、何かがあるかも知れません。あるいは、誰かが」


 ミラージはニコッと笑う。


 ウィルトンは、ここに来て三度目にアントニーと目を見交わした。二人の眼差しには、明らかな称賛の色がある。


 それはミラージたちにも伝わっているはずだった。

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