タイヤの秘密

 どんよりとした雲が広がった土曜日の放課後、僕とタケシはタイヤ跳びをして遊んでいた。


 校庭の東側に半分埋まって並んでいるタイヤの上を、次から次へと飛び移っていく遊びだ。


 「ケンちゃん、またどっちが速く跳び終えるか競争しよう!」


 「それ、タケシの方が不利じゃない? こっちは端っこのが無くなってるし」


 「あ、そっか」


 そうなのだ。二列のうち、僕が跳んでいた側のタイヤが一本抜けていたのだ。


 「でも、どうしたんだろうね。昨日まではあったはず」


 タケシが首を傾げる。


 「うん。あれ? ねえあれ見てよ、何かおかしくない?」


 校庭の西側にある校門の前を、タイヤを転がしながら歩いている人物が見えた。


 「本当だ。あれ高崎さんだよね、何してんだろ?」


 高崎さんとは、木間暮小で働く用務員のおじさんで、僕等とも入学してからの付き合いだ。


 「ねえケンちゃん、あのタイヤってもしかして」


 「それ、おんなじ事思った。ちょっと後をつけてみようか」


 「マジ?」


 「マジだよ。だって面白そうじゃん」


 そう思ったのは、図書室で借りて読んだ『怪人二十面相』が頭を過ぎったからだ。


 「そうだね。でもそれなら、普通に訊けばいいんじゃないの?」


 「それだと面白くないよ。少年探偵団みたいな事、一度はやってみたいじゃん」


 「う〜ん……うん」


 こうして僕等は、校門を出た高崎さんの尾行を開始した。




 「あ、タケシ! あの店だ」


 横断歩道を渡った高崎さんが入ったのは、木間暮町に昔からあるカー用品専門店だった。


 「よし! ケンちゃん僕達も」


 「待って」


 僕はタケシの腕を引き寄せ、信号脇に立つ電信柱の陰に隠れた。


 「焦りは禁物、ここで待つ事にしよう」


 「わかった。でも、転がしながら入ってくなんて、やっぱり怪しいな」


 それから信号が十回くらい変わった後、お店から手ぶらで出てこようとする高崎さんが見えた。


 「きっとタイヤを売ったんだ! ケンちゃん!」


 「うん! これは犯罪の臭いがするぞ。行こう!」


 僕等は青信号を渡ると、お店の入口に駆け寄った。


 「あれ? ケンにタケシじゃないか。何してんだこんな所で?」


 「ねえ、あのタイヤ校庭のでしょ、どうしてここまで持ってきたの?」


 と、タケシが僕より先に質問をした。


 「ああ、なんだ見てたのか。それでここまでつけて来たのか?」


 高崎さんが、無精髭の生えた顎を撫でながら訊き返した。


 「うん。ケンちゃんが少年探偵団やりたいって言うから、僕も付き合ってやってんだ」


 よく言うよ。自分の方こそ、その気になっているくせに。


 「なるほど。でも、俺は逮捕されるような事は何もしてないぞ」


 「何もしてないってさケンちゃん!」


 急に話を振られて動揺した僕は、ぎこちない口調で質問をするはめになった。


 「そ、そ、そう言うけどさ。あ、あのタイヤ、校庭のやつ。売っちゃったんでしょ?」


 「お、おう売ったよ。そういう決まりだからな。あそこのタイヤは俺がうえたんだ。そこはボランティアでな」


 「うえた?」


 「ああ、うえた」


 「全部?」


 「全部」


 これまた驚いた。校庭の二列のタイヤは、高崎さん一人の手によるものだったなんて。いやそれより、って何だ?


 「うめたじゃなくて?」


 「ああ植えたんだ。こいつをな」


 高崎さんは作業着ズボンのポケットに手を突っ込んでから、様々な色の粒粒を取り出して見せた。


 「それ何?」


 「種だよ。この中の黒いやつが、タイヤの種だ」


 「種? タイヤに種なんかあるの?」


 「あるよ。これを植えて肥料をやったあと雨でも降りゃ、成長して半分程地上に出てくる。でも、中には全体が出てきちゃうのもあるから、それをお店に売ったり何かのお返しに上げたりするんだよ」


 「あ!」


 と、タケシが急に声を上げた。


 「思い出した! 前に伯父さんが農作業用の軽トラを運転しててさ、荷台にタイヤが積んであったんだ。『採れたての貰った』とか言ってた!」


 「ああ、キクジさんか。仁三尻小の大石さんが、前に南瓜やら大根やらのお返しにあげたとか言ってたな」


 どうやら、他の学校でも同じ事がされてるらしい。


 「そんときは、たたの冗談だと思ったけど、本当だったのか……」


 「そう。でもな、南瓜や大根は土壌や肥料によって育ち方が変わるが、タイヤってのは、そういった影響を受けないくらい強靭なんだよ」


 「全然知らなかった! 校庭のタイヤにそんな秘密があったなんて……なあケンちゃん!」


 タケシが興奮気味に言ったけど、僕はさっきから少し気になっていた事を訊いた。


 「でもさ、抜けた分はどうするの?」


 「新しいのを植えるんだよ。あそこのも、もう植えた。おや、降ってきたな」


 高崎さんは種をポケットに戻すと、僕とタケシをお店の中へ誘った。


 


 青空が広がると、僕等は店員さんに雨宿りのお礼を言い、学校まで戻った。


 が、裏門から入った僕等の目に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。


 「な、なんだえありゃあ!」


 僕とタケシは揃って声を上げた。


 「あれ……間違えた。土壌が適してなかったから、あんなズングリムックリになったが」


 それは、地面から半分顔を出したタイヤと、同じ大きさで同じ形の"雨上がりの虹”だった。


 「黒じゃなく、七色の種を植えちまった」




 (了)


初稿:SSG:2020/09/26


第二稿:カクヨム:2022/12/17



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