第32話  チュスの回想

 ファティマ帝国の皇太子から、妃にならないかと打診を受けた姫様は、

「帝国の妃になりたいのは山々ですが、皇子は来年には運命の出会いを果たし、真実愛する人をこそ伴侶に迎えたいと願うことになるでしょう」

と、予言をされたのだった。


 北東に位置するソラリア侯国が、かつては自国の領土であったファティマ帝国北東部のダマラ州奪還作戦に出た為に、兵を率いて戦場へと向かった皇子が戦いに勝利する事になったのだが、そこで血で血を洗うような戦いの末に捕虜となったソラリアの王女カルラを皇子は見初める事になったらしい。


 王女カルラを皇妃として迎えるために、ダマラ州の一部を敗戦国となるソラリアに譲渡したと言うのだから、皇子の本気度が分かるというものだ。


 皇太子に呼ばれて帝国に向かう事となったセレスティーナ姫は、カルラ王女を娶る事で敵となる人間と、これから王女に危害を加える人物の予言を行った。


 姫様曰く、過去、八回も繰り返しているだけに、このような情報は頭の中に染み付いているのだという。

 そうして、自らの娘こそ皇妃に相応しいと考え、カルラ王女の排除に乗り出した面々は、いつの時でも先手を打たれ、最終的には身分を剥奪されてしまったという。


 皇子の信頼を勝ち取ったセレスティーナ姫は、家族と自国民の亡命を帝国に受け入れて貰えるように差配した。


「セレスティーナ、我が帝国は予言の力を持つお前自身を保護したいと考えているのだが?」

皇子の言葉に姫様は諦め切ったような様子で答えていたのが印象的だった。


「帝国に逃亡したいのは山々なんですけど、絶対にうまく行かないように出来ているんです。運命は、聖国が滅ぼされるのと同時に、私はバレアレス王国に輿入れする事と決められていて、その後、私は過去六回、バレアレス王国で処刑をされ、過去二回、逃亡中に犬に噛み殺され、暗殺者に胸を刺されて死んでいるんです」


「次期皇帝である私に不可能はない、お前の命を守るなど私にとっては瑣末な事でしかないのだが?」

「次期皇帝といえど、光の神には勝てぬでしょう?」


 聖国カンタブリアの王家は神の血筋とも言われ、特に王女は姫巫女とも呼ばれて尊ばれる。


「私の運命はある程度まで決まっているし、それを変える事が出来ないのは過去八回で検証済みなのです」

「それでは、殺されるのが分かった上でバレアレスに輿入れするのか?」

「いえ、そんなつもりはないのですが・・・」


 妃として輿入れする姫様がバレアレスの国王と交流を持つ回数など無いに等しく、顔合わせをして互いの意見を述べ合う機会も、結婚の儀を終えた後の一度だけ。後は初夜もなく放置される事が決定しているという。


 姫様は自分の髪色と同じカツラを作るために、山の魔物とも呼ばれる巨大蜘蛛の繁殖にまで手を出し、粘糸の精製にも成功し、副産物で多額の資金を得る事が出来て、

「これで、バレアレス王国を出た後もお金で苦労せずに済みそうね!」

と、満面の笑顔で言っていた。


 王国に輿入れさせる為に迎えにきたバレアレスの騎士を笑顔で迎え、途中で自分の身代わりになる死体を拾い、棺桶に入れて運びながら、姫様は生き生きとされていた。


「どうせ私以外の真実愛する人との結婚を望む方なのだもの。亡国の姫である私が王国に到着したものの、病で死んだ、毒で死んだという事になっても、何の問題もないわよね!」


 姫の頭の中では、バレアレスの国王はすでに他に愛する人がいる状態でありながら、重鎮の思惑を無碍にもできず、仕方なしに聖国の姫を娶ったという物語が出来上がっているようで、


「邪魔者はさっさと辞退しなくちゃ光の神にも怒られちゃうわよ!」


などと言っていたけれど、私にはどうも、アデルベルト陛下が姫様以外の者に好意を持っているようには見えないのだった。


 正直に言って、陛下は姫様を心底愛しているようにしか見えないのだ。

 姫様の過去の人生での陛下がどうだったのかは知らないけれど、今の人生では、確実に、陛下は姫様を愛している。


 姫様のために聖国カンタブリア復活のために動き、聖国を滅ぼした侯国への報復行為に出ているわけだし、姫様が陛下の恋人なのだと断言した子爵家の令嬢は、すでに断罪が済んでいる。


 子爵家や宰相の一族は首を切断する処刑の後、その遺体は油をかけられて炎で焼かれてしまったのだ。


 光の神を信奉する我々にとっての一番の罰は『切り離し』と言われている。

 首を切断した後に燃やす行為は神との繋がりを断ち、輪廻の輪へと導く繋がりを燃やすのだと言われており、最大の罰であると教典にも記されている。


 姫様は、子爵家の令嬢であるリリアナ、ビスカヤ王国の王女であるマリアネラ、至高の聖女であるカンデラリアの三人が陛下の恋人なのだと言っていた。


 姫様には伝えていないが、すでにリリアナはこの世の人ではなくなっている。とすると、残りは二人、そのどちらかを陛下が愛せば、姫様の断罪が始まるのだという。


 私自身、リリアナ嬢の処刑の立ち合いをしたのだが、バレアレス王国の公開処刑は苛烈だった。集まった市民との距離が近いだけに、投げられる石礫で処刑台に上がった人間はすでに血だらけの状態となっていた。


「嘘よ!嘘よ!嘘よ!私はヒロインなのよ!私はヒロインなの!アデルベルト様!助けて!助けて!」


リリアナ嬢は最後まで陛下の名前を呼びながら首を切断されていた。


 これを、もしかしたら過去六回も、姫様は繰り返していたのだろうか。

 首を切断されて、その後、十歳前後に戻るのだと説明を受けたけれど、端的に言って、それは処刑される結末が決まっている地獄のような日々を繰り返している事になるんじゃないのか?


 就寝中の姫様が、ぐっすりと眠れたのは陛下が寝所を共にしたあの一度だけ。

 陛下が共寝した事に気が付いていない姫様に対して、知らないままにしているのは、侍女頭のマリアーナ様と私の意思だ。


 最近の姫様はこの先の断罪に怯えて、精神的に不安定になっている。

 夜は眠れず、食欲も低下し、顔色も常に悪く、すっかり痩せ細ってしまわれた。


 料理人がどう工夫しても、姫様が好んで食した物を外から購入してきても、姫様は食べる事が出来ない。


「いつもだったらそろそろ牢屋に入れられる頃だから、体が自然に牢屋仕様になっちゃうのかしら」

姫様は冗談まじりにそんな事を言っていたけれど、冗談でもそんな事は言って欲しくない。


 誰も姫様が怠惰だとは思っていない、税金を無駄遣いする穀潰しとも思っていない。使用人にも人当たりが良く、文官からの信頼も厚い。


 宰相一派が排除された今、姫様の事を悪く言う者は誰も居ないというのに、まるで処刑台に上がる寸前のように、何千人という人々から罵声を浴びせられ、憎悪を向けられているかのように怯え出す。


 気分転換にと王妃の間を案内したマリアーナ様は、セレスティーナ姫こそが王妃に相応しいのだと暗に含めて言っている事には気が付いていた。

 だけど、姫様はそんな風には考えられない。

 間もなく訪れる断罪に、姫様は怯え続けているから。


「姫、気分転換に庭園を散歩されては?」


 窓の外に広がる庭園は王族のみが楽しめる物であり、薔薇の花が咲き誇る姿が美しい。

 王妃でありながら一度も足を踏み入れた事がないのだと姫様は言っていた。

 過去八回、王国に輿入れしながら一度も入った事がない王国の聖地のような場所。


 前の王妃が薔薇の生育にも携わったという事もあり、三十種類を超える品種のバラが見事に咲き誇る姿は圧巻だった。


 その美しい薔薇の庭園を歩いて行くと、奥の方から、輝くばかりに美しい黄金の髪の毛を結い上げた、純白の聖衣を身に纏った女性が歩いてくる。


「カンデラリア様・・・」


 姫様はその時、確かに、至高の聖女の名前を呟いていた。


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