第四話③『実行』
「嶺歌さん、感謝致しますの。本当に有難う御座います」
「お安い誤用ですよ! 見守らせていただきましたけど、いい感じでしたね」
「まあ! そう思いますの!? ねえ兜悟朗! 貴方も同じ感想なのかしら!?」
「ええお嬢様。
「ふふ! まあまあ! 二人して
平尾が立ち去った後で形南と合流し、現在はリムジンの中で会話をしていた。形南が自宅まで送らせてくれと嶺歌をリムジンに乗せたのだ。嶺歌もお言葉に甘える事にしていた。形南はあれ以降ずっと気分を高まらせながら嬉しそうに顔を緩ませている。そんな彼女の姿を見るのは何だか可愛らしく、楽しかった。
(いい仕事したな)
そう思い、窓から見える景色を眺める。形南の依頼はこれで終了だ。彼女と平尾は今後時間をかけてゆっくりと互いの距離を近くしていけるだろう。形南の姿を見て自然とそう思えていた。だが嶺歌は、これで彼女との関係を終わりにするのは何だか寂しかった。そのまま形南の方に顔を戻し「あの」と言葉を口にする。
「どうしましたの? 嶺歌さん」
形南は頬を仄かに染まらせながらこちらを見返す。嶺歌は意を決して彼女に言葉を放った。
「依頼は終わったと思うんですけど、お茶を飲みに行ったり、ショッピングに出掛けたり……そういう友達とするような事を形南様としたいと思って。というかあたし、形南様のことはもう友達だと思ってるんですけど」
自分の発言に我ながら顔が赤くなる。小っ恥ずかしい事を口に出した嶺歌は柄にもなく顔を赤らめながら形南に向けていた視線を逸らした。すると形南は口元に手を当てながら「まあ!」と言葉を発する。
「聞いておりました!? 兜悟朗!!? 嶺歌さんの方から
先ほどのように興奮気味になった形南は目を輝かせながらこちらを見つめる。すると直ぐに兜悟朗の言葉が返ってきた。
「聞いておりましたお嬢様。夢では御座いません。和泉様は確かにお友達であると貴方様に申し上げられました。
「まあまあ! そうよね! 嶺歌さん有難うですの!
そう言い、嶺歌の両手を握ってくる。形南は両手を手に取るのが癖なのかもしれない。嶺歌はそんなことを思いながら「ありがとうございます」と言葉を返す。しかし
「あの、あたしを怪しい人物とは思わないんですか? まだ会って三日も経ってないのに財閥のお嬢様にしてはガードが緩いのではないかと……ああ、いや、すみません。不快にさせるつもりはなくて」
嶺歌は失礼のないように言葉を選びながら問い掛けてみる。しかし失礼のないようにとは言っても言い方以前に質問の内容が相手にとっては気分の良いものではないかもしれない。焦った様子で言葉を返した嶺歌にしかし形南と兜悟朗は笑いながらこんな言葉を返してきた。
「嶺歌さんお心遣い感謝いたしますわ。ですがご心配は要りませんの。
「お嬢様の仰る通りで御座います。ですので
「えっ!? そうなんですか!?」
予想外な回答に嶺歌は驚く。しかし事前に調査をされていたという事に不思議と不快感は生まれなかった。これは相手が形南であるからなのかもしれない。嶺歌は二人の回答に納得すると「それなら良かったです」と言葉を返した。二人がここまで自分を信頼してくれているとは思っていなかったため、正直こそばゆい思いになり身体は強張っていた。だがこんな状況も決して嫌ではなかった。
「ふふ、ご安心いただけたようで何よりですの。ですが今後の信頼の為に申し上げておきますわね。貴女様を今後、無断で勝手にお調べする事はしないとお約束致しますわ。他にも何かご要望があれば言って欲しいのですの」
形南はそう口に出すとこちらに顔を向け小さく首を傾けた。その仕草はお嬢様である彼女が行うとひどく可愛らしい。しかし彼女の言葉に焦った嶺歌は「ないですよ! 怪しかったら勝手に調べても問題ありません!」と言葉を返す。だが形南は「いえいえ。神様に誓ってそのような事は二度と致しませんわ」と上品な言葉遣いでそう宣言すると「それでは早速ですが、週末のご予定は空いていまして?」と遊びの約束を提案してきた。
「週末は空いてないんです」
週末は友人との予定が二件入っている。嶺歌は申し訳ない思いで頭を下げると来週以降でお願いしたいと彼女に伝えた。しかし形南は顔を歪める事なく分かりましたと声を返してくれていた。詳細はまたレインでやり取りをしようという話になったところでタイミング良く「和泉様到着いたしました」と言う兜悟朗の声が車内に響いた。いつも思う事なのだが、彼はタイミングが絶妙すぎる。もしかしたらタイミングの良さを計算しているのかもしれない。並みの人間にできる芸当ではないだろう。そんな事を思いながら「では形南様、また……」と言いかけたところで形南にこんな言葉を放たれた。
「
「え?」
「せっかくお友達になれたのですもの。堅苦しい呼び方は嫌でしてよ。
「それは勿論……! はい! 是非!」
「ふふ、敬語も今後は使わなくて宜しくてよ。貴女とは良いお友達になりたいのですの」
そこまで告げると形南は手を差し出して握手を求めてきた。その彼女の優しげな微笑みに嶺歌は胸が熱くなる。しかしお嬢様である高貴な方と対等な友人関係を築いても、いいのだろうか。
(いや…………)
その考えは彼女に失礼だ。彼女は今、自分の目の前で友好の証である握手を求めてきてくれている。これ以上の証拠はない。嶺歌はそのまま彼女の手を握り返すと満面の笑みを向けて言葉を返した。
「うん! あれな! 次の約束楽しみにしてるからね!」
「ええ! 嶺歌!
そんな友情を交わして、嶺歌はリムジンを降りた。気分はいつも以上に心地よく、新鮮なこの状況に嬉しい気持ちが湧き起こりながら嶺歌は去っていくリムジンを暫くの間見送っていた――。
第四話③『実行』終
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