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「いやぁ、エルディ殿。今日もありがとうございます。息子もエルディ殿に教わるようになってからようやく鍛錬に励むようになって……どうだい? 冒険者など辞めて、うちで剣術指南と護衛でも」

「いやぁ、ははは……依頼ならギルドまでどうぞ」


 貴族の父親が割と本気で誘ってきているのに対して、エルディは乾いた笑みを浮かべて誤魔化しつつ、踵を返す。

 以前ギルドの依頼を通して一度剣を教えた貴族のバカ息子であるが、何故かエルディのことを気に入ってしまい、以降は週に一度、ご指名で剣術指南の依頼が舞い込むようになった。指名であるし、しかも貴族の依頼ということもあって当然断ることもできず──また他の依頼よりも単価が高いこともあって──毎度、依頼を受けることになっていた。それが今度は引き抜きときたものだ。

 あまり人にものを教えるのはそもそも得意ではないし、柄でもない丁重にお断りしたかった。あくまでも冒険者として依頼を引き受け、その依頼を達成するために教えているに過ぎない。毎日バカ息子の指南など、それこそ気が滅入ってしまう。

 柄ではないし得意でもないが、どんな依頼でも熟すのが一流の冒険者というものだ。やる気がない貴族のバカ息子にどうやって剣に興味を持たせて鍛錬を積ませるかどうかも腕の見せ所である。

 今回は『行く行くは実戦を想定した特訓を』というのが依頼主からの要望だったので、最初は剣の鍛錬よりも、エルディ自身の経験談を話すことに注力した。どんな魔物と戦い、どんな風に戦って、どう勝ったか、どうピンチに陥ったかなどを聞かせるうちに、剣に興味を持ち、次第に鍛錬もちゃんとするようになった。そして、その結果……こうして妙に依頼主からも気に入られてしまったのである。

 自分ではあまり自覚はないのだが、エルディはどうやら他の冒険者よりも柔軟性が高く、熟せる依頼の範囲が広いらしい。アリアはいち早くそれを見抜いて、エルディに色々な依頼を投げてくるのだが……正直、もうちょっと冒険者っぽい依頼も受けたいものだな、という本音もある。戦っていないと、あまり働いた気にならない、というのもあった。

 無論、〝マッドレンダース〟のような上昇志向のあるパーティーに属していれば、こんな簡単な依頼は断っていた。こういった危険度の低い依頼では、パーティーランクの昇格にはほとんど響かないからだ。

 だが、今エルディは家と家族を持つ身。えり好みなどしていられないし、自分自身依頼に関する拘りもなくなっていた。それでいうと、貴族御用達の剣術指南師というのも悪くはないのだが……エルディは何分、冒険者以外の仕事をしたことがないし、選択肢として他の職を考えていない、というのもあった。

 ちなみに、剣術指南など、エルディがひとりでできる仕事の日、ティアは家でお留守番である。最初の頃は留守番を嫌がって街中ですることもあったが、最近はちゃんと言いつけを守るようにもなっていた。うっかり飛んでイリーナとフラウにその翼を見られたということもあって、危機意識を持つようになったのだろう。良い傾向である。


(さて、どっかでティアに土産でも買っていくかな)


 同居する美しい堕天使の少女を思い浮かべ、リントリムの大通りを目指した。市場へと続く大通りにあまり人気がないカフェがあって、そこが確か持ち帰り用のシュークリームを販売していたのを思い出したのだ。

 いつも甲斐甲斐しく働いてくれるティアに何か労いの品でもと思うのだが、堕天使が何を貰って喜ぶのかなど、わかるはずがない。訊いても「私になんてお金は使わなくていいですから」と答えられるだけだし、意外にも贈り物は難しい。

 シュークリームくらいなら安いし気を遣わないだろう。それに、彼女はふわふわした食べ物が基本的に好きなようなので、案外シュークリームが合っているかもしれない。新しい服でも、と思うのだが、彼女がどんな服を好むのかもさっぱりわからない。

 そうして、そろそろシュークリームを売っているカフェ〝ユイマール〟に着こうという頃──ふと行列が視界に入ってきた。目を凝らしてみてみると、その行列はエルディが行こうと思っていた〝ユイマール〟から伸びている。いつも閑古鳥が鳴いていそうなカフェだったのだが、何があったのだろうか。


「あら、エルディくんじゃない」


 声を掛けられ振り返ると、そこには赤い巻き髪が特徴的なギルド受付嬢の姿があった。


「おお、アリアさんか。休憩か?」

「ええ。エルディくんは剣術指南だっけ?」

「ああ、そうだよ。あんたのせいですっかり板についてきた剣術指南の依頼だよ」


 エルディはジト目でアリアを見て言った。

 色々気に掛けてくれるのは有り難いのだが、他の冒険者がやりたがらない仕事を全部こちらに回してくるのがこの敏腕受付嬢のアリア=ガーネットである。家の購入資金の融資という餌に釣られてしまったというのもあるが、彼女は実に口車に乗せるのが上手い。


「まあまあ、そう言わないで。定期的に入ってきて危険も少ない上に報酬もそこそこ良い依頼なんて、なかなかないでしょ? 私なりに気を遣ってエルディくんに回してあげたんじゃない」


 悪びれた様子もなく、アリアが言った。定期的に入ってきて危険が少なく報酬も良い依頼は確かに少ないが、文句ばかり言うバカ息子をその気にさせて訓練させるのは、戦闘よりも労力が高い。


「まあ、別にいいけどさ……ところでアリアさん、このカフェの行列は一体何の冗談だ? 店主の婆が脱いだのか?」


 エルディは反論を諦めて、視線を〝ユイマール〟の行列に移して言った。


「それだと余計に人が集まらないでしょ。誰が見たいのよ、そんなの」

「いや、むしろ怖いもの見たさで見たくならないか? 石の裏とかにうごめく昆虫みたいに」

「気持ち悪い事言わないでよ……」


 アリアはエルディの軽口にうんざりだというような表情を見せた。

 意外にも想像力が豊かなのか、こういう冗談を言うとその場面を想像してしまうらしい。


「で? 婆が脱いだんじゃなければ、この行列は何だ? 大道芸人でも呼び寄せたか?」

「……え? もしかしてエルディくん、本当に知らないの?」


 アリアが意外そうな顔をして、目を瞠る。何やらエルディが知っていて当然だという風な言い回しだが、当然朝から剣術指南の依頼を受けていたので、知るはずがない。


「ん? どういうことだ?」

「あー……なるほど、理解したわ」


 エルディの反応を見て、アリアが苦い笑みを見せた。


「はあ?」

「まあ、要するに……店長のお婆さんがひとりで店を回すのが大変になったから、とっても可愛らしい女の子を看板娘を急遽入れたって話よ」

「なるほど、その子見たさで人が集まってるってことか」

「そういうこと。愛想も良くて可愛らしいから、『天使が舞い降りてきた』って一気に噂が広まったのよ」

「……天使?」


 アリアが意味ありげに言ったその言葉に、ぴくりと耳が反応する。

 何だか嫌な予感がしてきた。エルディは勇気を出して訊いた。


「もしかして、その看板娘……俺のよく知ってる子じゃないよな?」

「さあ? 自分の目で確かめてみれば?」


 アリアはどこか楽しそうにして言った。

 いや、もうこの嫌な予感はほぼ確実だろう。確信に近い気持ちで列の外から店の中を覗き込んでみると──


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