第10話…さよならが来る日まで
図書室までのわずかな道中、私とネヴィル様の後方をジャクリンと殿方がついて歩いて来る。
殿方はネヴィル様の同部屋の方で、世話係のような役目らしい。所謂、ジャクリンと同じ。入学してからというもの、ネヴィル様はこうしてよく私に会いに来てくれる。
意識不明に陥った件がよほど両親の不安を煽ってしまったのだろう。ネヴィル様がついているのなら、という条件で入学を許可された。
だが、私の本心としては入学への希望が薄らいでいたのは確かで、とても楽しい寮生活が送れるとは思えなかった。
ところがいざ入学してみると、令嬢達との時間や学びはもちろん、そこで出会う初めての経験がそんな私の不安を吹き飛ばしたのもまた確かだった。
だからネヴィル様と過ごす時間は昔の二人と変わらず、穏やかな優しい風が流れる錯覚を起こすのだ。本当なら私ではなく、エマ様との時間の方を優先したいだろうに、今はそのエマ様が家の方に帰っていて、ここにはいない。
入学してからずっとネヴィル様は私の身体を心配してばかりだ。それはもしかしたら婚約者という建前のせいなのかもしれないが。
「フロタリア、寮生活には慣れたかい?」
「えぇ、もうずいぶん経ちますもの。ジャクリンがいてくれるから心強いし、デュークはおもしろい書物を色々と薦めて下さって視野も広まったような気がしています」
「デュークはフロタリアに会いに行っているのか?」
「図書室で初めてお話したのをきっかけに知り合いました。私が本を探していた時によく前を見ずにぶつかってしまいましたのに、デュークは気にする素振りもなく一緒に探して下さいました。それから時々、私の知らない世界へと引っ張って連れて行って下さるのです」
「彼の事はデューク、と呼んでいるのかい?」
「とても気さくな方で、貴族ぶらないのです」
「フロタリアは彼を気に入っているようだね」
「そのような事は……。ただ、一人の人間として尊敬できる方だと思っています」
どうしてこんな、ネヴィル様に向かってデュークを誉めるような言い方をしたのか、自分でもよくわからない。エマ様との噂もあって、私の中に妬みや恨みのようなものがあったのだろうか。
「ネヴィル様はお帰りにならないのですか?」
聞くつもりのなかったはずのそれを思わず口にしてしまったのは、私の心が距離を置きたいと思っているからなのかもしれない。あの恐怖を感じた日からずっと拭えない違和感と。
それはネヴィル様に対してというより、ネヴィル様を通して何かが見えてきそうな恐怖が私に纏わりつくのだ。
エマ様が怖い? 違う、そうではない。
私は何を怖がっている? わからない。
何かとても重要な、私の命より遥かに。そんな何かを忘れている気がする。
「俺はフロタリアの側にいると約束したよ」
「私はもう平気ですわ。身体は健康そのものですもの」
「君は俺の側にいればいい。拒否権はないよ」
「ネヴィル様は我が儘ですわ」
「フロタリア。失うのがわかっていても、それでも手放したくないのも我が儘なのだろうか」
「流れに逆らわずに生きるように教えられてきましたわ」
「だとしても、君はいつか俺の側からいなくなってしまう」
それはネヴィル様の方ではないのかと問いたかったが、彼の真剣な眼差しを見ている内に、ネヴィル様が今ここではない、見えないどこか遠くに想いを馳せているのがわかった。
そういう時の直感とは当たるものだ。
あぁ、私はネヴィル様とさよならをするのだ、と。今ではなかったとしても、いつかそう遠くない未来に。
だからエマ様がここにいるのだ。
ネヴィル様に寄り添うエマ様の姿がとても温かい心地がするのはきっとその為だ。
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