[ 209 ] キーゼル採掘場

「あ! ロイたん!」


 キーゼル採掘場へ辿り着くと、エルツがピンクの髪を揺らしながら飛び出してきて……氷の壁に激突した。


「ふげっ」

「ロゼ……?」

「痛ったー! なにすんのよ!」


 赤くなった鼻を押さえながらエルツがロゼに迫ってきたが、珍しくロゼがエルツに対して怒りの表情をあらわにしている。


「エルツさん? あなたはリーベさんと婚約されたと聞きましたが?」

「ぅ、それは……」

「ロイエさんにベタベタするの、やめていただけますか?」

「いいじゃない。婚約してようがベタベタしたって」


 ロゼは前々から決めていたのだろう。ぎゅっと僕の腕に抱きつくと、覚悟を決めて宣誓した。


「わ、わたくしとロイエさんは一線を超えましたわ。もうわたくしのロイエさんに、ちょっかいを出さないでください」

「な、なんですって……ロイたん! ロゼとしちゃったの?!」

「えっ。そ、そんな事……直球で聞かないでください……」


 恥ずかしい……。ハリルベルだっているのに、堂々と聞かないで欲しい。


「こ、この反応……本当のようね……。いいわ、もうロイたんにちょっかいは出さないと誓うわ」


 納得したのか、ロゼが手を差し出すとエルツがそれを握り返した。どうやら女子たちには、あれが仲直りの合図だったらしい。それからは二人とも何事もなかったように会話をしている。


 うーん、僕にはまだ女心はわからない。


 なにやら話に花が咲いた二人を放置してキーベル採掘場の事務所の中に入ると、懐かしい土と埃の匂いが鼻を汚した。


 そういえば、ハリルベルに連れてこられて、ここで初めて親方にあって……。足枷を破壊してもらったっけ。


「おう、戻ったか」


 突然ドスの効いた声が頭上から降ってきて、僕は体をビクッと震わせた。


「ハリルベルも一緒か、丁度いい上がってこい」


 親方に呼ばれて、僕らは以前リーラヴァイパー討伐の際にも入った親方の部屋に案内された。ロゼはエルツと女同士の話があると、1階で待つことになった。


「で? お前らが揃ってナッシュに戻るたぁ、何かあったんだろ? 話せ」


 2階に上がり部屋に入るなり、親方は単刀直入に質問を投げかけてきた。


「実は……」


――僕らはここを出てからの話を細かく説明した。


 フォレストでルヴィドさんやミルトに会った事、親方からもらった白い魔石が役に立った事、重力魔法の師匠を見つけ失った事、デザントでのドタバタ。それと王都の暗躍について……。


「なるほどな。ハイネル村がやられたか……」

「えぇ、村人の大半はフォレストで橋の修理のために出張していたので、無事だと思いますが……」

「しかし、妙だな。ハイネル村にモンスターはいたか?」

「いえ、特にこれと言っては……」

「村に魔石は落ちていたか?」

「暗くてわかりませんでしたが、たぶん無かったような」

「そうか……」


 確かに妙だな。ハイネル村の人はフィクスブルートを崇めていた。古来より続く儀式も行い、魔力の奉納をしていたはずだ。高純度のフィクスブルートがあったはずだ。フォレストやデザントの比じゃないほどのモンスターが出ても不思議ではない。


「ちなみに、ハイネル村を襲った人物は水魔法の使い手でした。大量の水で魔石が流された可能性は?」


「なるほど、読めてきたな……。お前らが来る数日前から街の周りでブラオヴォルフの目撃証言が相次いでいる」


 そうか、フィクスブルートは周囲に人間が少ないとボスではなく、小型モンスターを大量に生み出す……。


「つまり、ハイネル村を襲った人物がフィクスブルートの魔力を奪った。その反撃として大量のブラオヴォルフが生み出されたけど、水魔法で流されたと……」

「可能性の話だがな。ちなみに、お前らナッシュに来るまでにブラオヴォルフに襲われたか?」

「いえ、ナッシュの手前までは空を飛んで帰ってきたので……」

「ロイエが気絶した後、ナッシュまでは街道を通ってきたけど、モンスターには襲われなかったぜ?」


 ハリルベルが捕捉してくれた。あの後も特に異変は無かったのか。ならば……。


「モンスターが嫌がる花、ラングザームの森を抜けてきたからですかね?」

「いや、ラングザームの香りは街の近くまでは効果がねぇな」

「確かに……」

「たぶんお前らが無事だったのは、最近王都からこの街に来たゼクトっていう仮面の女と、テトラってちびっ子のおかげだな。あいつからが街の周辺に現れてるブラオヴォルフを倒してるからだろう」


 確かにクルトさんと先ほどもブラオヴォルフの討伐の件について話をしていたな……。


「彼女らは何者なんですか?」

「さぁな。わざわざ王都からナッシュに来る理由なんて、まともな理由じゃねぇだろうな」

「ですよね……」


 王都でSランクまで上り詰めた人が、こんな田舎の街に来る理由に見当も付かない。いや、そういえば……クルトさんが、彼女は探し物をしているって聞いたと言っていたような。


「もしあるとしたら、騎士団の調査班がフォレストからヘクセライではなく、ナッシュ経由で移動してないか見張る監視役かもしれねぇな」


 確かに……。それなら少数精鋭でSランクのゼクトを配置した理由も、ゼクトほどの人がナッシュに止まっている理由も説明がつく。


「ってことで、あいつらにはなるべく情報を渡さねぇ事だな。クルトにも強めに言っておけ」

「わかりました」


 ナルリッチさんのレストランに行くついでに、もう一度ギルドに顔を出すか……。


「ところで。お前らは、こっそりナッシュ経由でヘクセライへ入るように言われたんだったな」

「え? えぇ、そうです」

「ジャックのバカが宴会をやると言ってたからぶっ飛ばしておいたぜ。隠密行動中に宴会やるアホがいるか……」


 ごめんよ、ジャック……。

 僕も絶対行くねとか言ってしまったせいだ。ごめん。


「今日ナルリッチのところに顔を出すのは仕方ないとして、なるべく中央エリアにも行くな。誰が監視してるかわからん」

「わかりました」

「船の手配はすでに始めているから、あと2、3日で整う。それまで大人しくしてるんだな」


 この後ナルリッチさんのレストランに顔を出せれば、あとはそれほど親しい人もいないし、船の準備が出来るまで大人しくするのは簡単だ。


「はい。明日以降はハリルベルの家かギルドにいますので、出航の準備が出来たら連絡をお願いします」

「ああ、任せろ」


 キーゼル親方は以前よりビックリするくらいよく喋った。ハリルベルいわく、嬉しい時はよく喋るらしいけど、それを言うと殴られるからやめとけとの事だ。


 親方は、ハリルベルを息子のように思っているのかもしれない。そんな信頼の絆を二人の会話から感じられた。

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