[ 145 ] 昔話

 あまり騒がれても困るので、近くの人気のないベンチへ座り事情を説明することにした。


「……というわけで、幽霊屋敷の幽霊の正体が、このピヨなんです」

「あー、あの依頼ね。私、怖いの苦手だからスルーしたけど……。なんでこの鳥の事、隠してたの? 依頼主への虚偽報告になるし、モンスターの飼育は認められてないし、良い事ないんじゃない?」

「ピヨはモンスターじゃないピヨー」

「それは……」


 ピヨが今まで見てきたモンスターとは違う。明らかに人間臭さがある……。ピヨは覚えていないらしいけど、もし仮に元は人間で、星食い達の実験の一部として鳥にされていたとしたら、そう思うと放っておけなかった。


「あ、わかったー。今夜は焼き鳥の予定だったのね?」

「ピヨー?!」

「ち、違います」

「私がギルドに報告しちゃうよー?」


 このまましらばっくれてもいい事はなさそうだ。


「……とある悪い組織が人体実験をしている噂がありまして、ピヨはそこから逃げてきた可能性があるんです」

「人体実験? 悪い組織? それって王国騎士団に任せちゃダメなの?」

「え、えーと」

「あー、わかっちゃった。王国騎士団がその悪い組織と繋がりがあるんでしょ?あってる?」


 こわっ! 当てずっぽで当てる彼女の勘の良さが怖い。


「……」

「え? マジ? そ、そっかー。私、やばい山に足を踏み込んじゃったみたいね……あはは」

「なので、黙っておいて頂けると……」

「そうね。今日明日で解決できそうな話じゃないし、今を楽しみましょう! よろしくねピヨちゃん」

「よろしくピヨ」


 よかった。物分かりが良い人で……。


「あの、そういえば名前を聞いていなかったような」

「あ、そうだったね! よっと!」


 彼女は反動をつけてベンチから飛び上がると、くるっと空中で体をひねり、僕の方を向いて着地した。身軽な人だな……。


「私は重力魔法使いのレオラ。今年で十八歳よ」

「ロイエです。数日前にこの街に来ました。十四歳で重力魔法を練度★3まで使えます」

「え? 初心者の癖にランクEなの?!」


 初心者……。ギルドの最低条件が練度★3だから、まぁ僕は初心者になるのか、確かにそう考えると練度★3でランクEは場違い感あるのか。


「練度★6の方と一緒に旅をしていたので、おまけで実績が上がったようなものです」

「あー、そういうことね。なんちゃってEランクなのね」


 なんちゃってEランク……確かに。

 僕はソロで倒せるモンスターは限られてくる。一人でボスカルミールベアを倒せと言われたら無理だ。やはりルヴィドさんくらいの練度がないと厳しいな。


「じゃ、自己紹介も終わったところで依頼主のところにいきましょうか」

「はい」


 二人で噴水広場を出て東側地区へ入ると、違和感に気付いた。そうか最初きた時はあまり気にしなかったけど、後から作られた東側は建物の作りに統一性はなく、急ごしらえで建てた感じが強い。


 ただ、西側とは違ってちゃんと区画整理してから家屋を建てた為、馬車が通れる道幅もあり、商業区としては成功だと思った。


「私は東側も好きなんですよね」

「東側が……好きなんですか?」

「うん、西側って伝統的な場所ではあるけど、東側もこの街の新しい形って感じがして……」


 グイーダさんや店長の話だと、この街の住人は後から出来た東側に忌避感を持っているはずだけど……。


「もしかして、レオラさんは他の街から来たんですか?」

「うん、そうだよ。ヘクセライ出身なんだけど、子供の頃に読んだ絵本『砂の王』っていう絵本が大好きでね。モデルになったこの街に引っ越してきたんだ」

「へぇ、どんな本なんですか?」

「西側に砂の剣っていう剣が刺さってるの知ってる?」

「ええ、ポツンと刺さってましたけど」

「ちょー感動的な話があるんですよー! 話しても良いです?」

「はい、是非!」


 話が長くなるのか、東側の道端にあるベンチにレオラは腰を下ろしてしまった。語り始めたレオラを見て、僕は観念して聴くことに徹した。


――とある砂漠に、二つの部族が暮らしていました。


 一つは、太陽の民。もう一つは、月の民。


 彼らはお互いに、自分たちこそ砂漠の支配者だと主張し、長い間ずっと領土を争っていました。


 そんなある日、太陽の民の族長と月の民の族長が同時に毒殺された。


 犯人はそれぞれの族長の息子と娘。

 太陽の民の族長の息子、リハラ。

 月の民の族長の娘、マリル。

 実は彼らは裏で繋がっており、恋仲でした。


 この長きにわたる争いを止めるには族長の命を以って止めるしか無いと考え、互いに自らの父を毒殺した。


 これで争いは止まるかに思えた……。


 しかし、族長が死んだことで民の怒りは高まり、新たに族長となったリハラとマリルの静止も聞かず、殺し合いの戦いが始まってしまった。


 最小限の命で争いを止めるつもりが、より巨大な争いを生んでしまった。


 同じ砂漠に生きる人間。なぜ争わなければならないのか。


 二人は悩んだ。暗殺という手段が悪かったのか。ちゃんとこの長きに渡る争いを止めたいと、民に対して声に出さなかったのがいけなかった。


 ならばもう、取る手段は一つしかない。

 族長同士による一騎打ちを行うと宣言して、お互いの民を集めた。


 両軍の民が見守る中。太陽の民リハラが前族長を暗殺したのは自分達だと暴露した。そして、月の民マリルは血で血を洗う戦いをやめ、共存という道を歩みたい、血を流すのはこれで終わりにして欲しいと願いを込め……。


 互いに持っていた剣で、リハラはマリルを。マリルをリハラを突き刺した。


 両軍の族長が倒れる中、誰も介抱しなかった。

 動かなかった。

 いや、互いの民は動けずにいた。


 長きに渡り憎み合ってきた者同士が、若い族長の命で無かったことになど出来ない。ここで手を取り合ったら、散っていった自分の祖先の魂は報われない。


 年老いた民ほどその思いは強く、自分の意思というよりは、先祖のためにも動けないでいた。


 ならば、族長の敵!と攻め込めるか?と問われると、彼らがその命を犠牲してまで願った未来を、蔑ろにするような民はいない。


 下級の者達は、自分より上の者が動かないなら、勝手な判断で動けない。結果的に互いの民は誰も動けないでいた。


 互いの族長が倒れ血を流しているのに、助けることも戦うこともできない。大切なのは先祖の誇りか、いま消えようとしている二つの命か。


 その沈黙を破ったのは、子供達だった。


 互いの族長が倒れたのに、大人達が誰も動かない異常な状況。影から見守っていた子供達が、我慢できなくなって飛び出した。


 リハラとマリルは、争いに勝って領土を広げる事ばかり熱中している大人達より、子供達と遊ぶことが多く慕われていた。


 涙を流してお兄ちゃん、お姉ちゃんと泣く子供達を見て、一人また一人と大人達も駆け出した。次第にその流れは大きくなった。


 民のために、自らの命を差し出した勇気ある若者の二人。この二人こそ、砂の民の宝だと。彼らを助けたいその一心で、互いの民は初めて心が一つになった。


 男と女の筋力の違いもあっただろうが、リハラはマリルの決意を受け止めていたし、それはマリルも同様だった。


 お互いの決意に泥を塗るような真似は出来ない。下手な猿芝居で民を誤魔化そうなんて気持ちは、互いにカケラもなかった。だからリハラもマリルも、致命傷になる心臓へ剣を突き立てた。


 突き立てたはずだったが、マリルは生きていた。リハラがマリルの決意を無駄にするはずはない……。しかし、現実としてマリルは生きていた。


 実は、マリルのお腹にはリハラとの子が宿っていた。それをマリルはリハラには言っていなかった。だが、リハラはどこかで感じていたのかもしれない。


 互いの族長の間に産まれた子が、砂の民の道標になると……。


 その後、マリルが主導となり太陽の民と砂の民は統合され、砂の民として一つの街を作った。砂の民がもう他の部族と争う事なく、未来永劫安寧でありますようにとの願いを込め、記念として砂の剣が建てられた。


「っていう話なんですよー!」


 ど……どうしよう、すごく感動的な良い話を聞いたけど、僕がグイーダさんから聞いた話と全然違う。


 確か、昔……巨大なモンスターに街が襲われて、旅の冒険者が倒してくれた際に、村の守りにと置いて行った剣ってざっくりとした話だったと思うけど……。


「感動しなかった?」

「か、感動しました!」

「だよね?! 民のために命を投げ出す二人! 恋の力! 私もそんな恋がしたいなー」


 うーん、街案内に詳しいグイーダさんとは全く別物だから、あの砂の剣の起源ではなく誰かの創作な気がするけど、たぶん創作ですよなんて言える温度じゃないな……。まぁ本人がそれで納得しているなら良いか……。


「良い話ですね。この街の団結力の強さはそこからきているのかもしれませんね」

「うんうん、そんな二人の逸話がある西側も好きなんだけどね。さらにこの街をより良くしよう、発展させようって東側を作った市長はすごい決断力だよね!」

「そうですね。東側に住んでる人は昔話で言う他の部族と同じですよね。西側と東側の共存は、リハラとマリルが望んだ形の進化系ですね」

「うん、もうすこーし仲良くしてくれると良いんだけどね」


 うーん、店長の言動を見る限り、リハラとマリルの意思はあまり正確に伝わってないことはわかる。まぁ創作だろうから仕方ないと思うけど……。


「ごめんね、長々と話しちゃってピヨちゃんなんて、寝ちゃってるし」

「いえ、楽しい話でした。では依頼主の店に行きましょうか」

「はーい」


 自己紹介や昔話を通して、レオラの事が少しわかった気がした。

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