[ 086 ] 行方不明

「ハリルベル! ロゼは戻ってきた?」


 グートの宿に戻ると、無言で首を横に振るハリルベル。彼の顔にも疲労感が強い。魔力が枯渇するほどの戦闘の後だ無理もない。


 最終リフトで地上の街ランツェルへ降りた僕らは、ギルドや宿、武器屋などのお店を回ったが、ロゼさんの手がかりは何もなかった。


 今日この街に来た僕らのことを知る人の方が少ないのだから無理もない。


「どこに行っちゃったんだ……」


 結局見つからず、グートの宿に戻ってくるとハリルベルに帰還の確認をして、宿のエントランスに腰を下ろした。やはり樹上の街アストでもう少し探すべきだったか? そう思った時、アストを探していたリュカさんが戻ってきた。


「はぁはぁ……。ロイエさん、目撃証言がありました!」

「本当ですか?!」

「あの時、市役所の裏口から黒いマントの人が、ぐったりとした若い女性を連れて行くのを見たと言ってる方がいまして」

「黒いマント……?」


 ブリュレはその時、僕らと一緒にいた。彼じゃない。


「目撃者の話から、怪盗ノワールじゃないかと」

「怪盗ノワール?! どうしてロゼさんを?」

「それは……わかりません」

「怪盗ノワールが狙っているのはアルベルタ商会だけのはずです。なにか事情を知ってるかもしれません。行ってみましょう」

「はい」


 ロゼさんが戻ってきた時のためにリュカさんを宿に残し、ハリルベルとグートの宿を出ると既に外は暗く、あちらこちらの店や屋台から夕食を楽しむ声が聞こえてくる。


 Cエリアをでて、Bエリアにあるアルベルタ商会を目指して走っていると、テンションの高い声が僕たちの足を止めた。


「おー?! 君! そこの君! 封印教団に入りませんか?!」


 ああ、もう……忙しい時に変なのに捕まった。


「ミルト、彼らは今朝断られましたよ?」

「いや! 気が変わってるかもしれないじゃん?!」


「ごめんなさい。今、仲間を探してて先を急いでますので!」


 走り出した僕らの背後から、聞き捨てならないセリフが聞こえてきた。


「あー、ノワールが拐った女の子って、君たちの仲間だったのかー」

「ど、どうしてそれを……」


 思わず足を止めざるをえなかった。僕らも今さっき聞いた情報なのに……。


「信者から、色々と情報が入ってくるのですよ」

「そゆこと! 封印教団に入るなら教えてあげても良いわよ? ふふん!」


 絶対入りたくない……。でもいまはロゼの身の方が大切だ……。入った後に抜ければ良いか。


「封印教団に入ることでデメリットはありますか? お金を払わなきゃいけなかったり、何か僕が失うものはありますか?」

「私達を何か変な宗教と勘違いしていないかね? 活動のためにお布施は頂いているが、金額は任意だしデメリットより、教団のネットワークを利用できるメリットの方が大きいと思うけどね?」

「そうよー! こんなにお得な話は無いわよー?!」


 ミルトがふわふわ帽子をふわふわさせながら、クルクルと回り始めた。ルヴィドはカバンから入信の紙を取り出して、なにやら分厚い説明書を用意し出した。


「ロイエ……怪しくないか?」

「でも、怪盗ノワールの話は僕らもさっき知ったばかりだし、彼らの情報収集能力は本物だと思う」

「それはそうだけど……」


 彼らの『地震の後にモンスターが出る』という話も、何か引っ掛かるものがあった。情報を得るためには致し方ない。


「入信します」

「よろしい。では、こちらの書類にサインを、今は急いでいるみたいなので重要な情報のみ、お伝えしますね」


 何か小さな文字がつらつらと書いてある怪しい書類へサインした。読んでる時間は無い。乱暴に書類をルヴィドへ渡すと、にっこりと微笑まれた。


「はい、確かに。ロイエさん、入信おめでとうございます」

「やったわね! ルヴィド! これで五人目よ!」

「え……。ご、五人目」

「あっ……。きょ、今日五人目って話よ!」


 やはり、やばい教団に入ってしまったかもしれない。


「とにかく、怪盗ノワールが拐った女性について教えてください」

「もちろん、私たちがその情報を貰ったのは、樹上の街アストの市役所職員の信者からです」


 やはり……。リュカさんが話を聞いた職員と同じか。


「シルバービーの襲撃があった際、二十歳くらいの若い女性の近くに黒いマントを羽織った男性が近寄って、雷魔法で麻痺させると、気を失った女性を抱えて裏口から逃げたそうです」


 リュカさんが聞いた情報よりも詳しい。が、気になる点がある。


「男性……?ということは、顔を見たんですか?」

「いえ、体格ががっしりしていたのと、呪文を唱えた時の声が男性だったとの事です。顔は仮面を被っていたそうです」

「仮面ですか……。他に何か情報はありますか?」

「ロイエさん達が午前中にアルベルタ商会を出た後、怪盗ノワールから予告状が届いたそうです」

「まさか……」

「内容としては……」


『お前の女を貰っていく、返して欲しければお前の大事な物を渡せ。怪盗ノワール』


「とのことです。アルベルタ商会の会長は、愛人を警備員で固めましたが、怪盗は現れず……というのが私たちの持つ情報です」


 完全に勘違いでロゼさんが拐われてる。


 怪盗ノワールにどうすれば会えるんだ……。彼が探してるいるのはアルベルタ商会の持つ何かだ。それが手に入れば……。


「ロイエさん、アルベルタ商会へ行ってみましょうか?」

「ええ、ここで悩んでいても仕方ないです。行きましょう」

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