求:回復術師 〜絶対見捨てない為に、僕が今できる事〜
まめつぶいちご
[ 000 ] プロローグ
「おい! 早く回復させろっ!」
盗賊団がメンバーを担いで牢屋の前へやってきた。今日だけで何人回復させたか……僕は魔力が枯渇寸前だった。
「あの、少し休ませてください……」
「ああッ!? テメェ……見殺しにする気か?!」
「ご、ごめんなさい……」
そんな押し問答をしている間に少しだけ魔力が回復した。これなら……。全身から小さな魔力を集めて絞り出すように回復魔法をかける。淡い光と共に盗賊の男の怪我が回復していく。
『見殺しにする気か』か……
僕は生まれ変わっても、この言葉を投げつけられるのか。
――前世、僕は子供の頃から医者になる事を親に強要されて育った。医者になれば金持ちになれるからと。僕は親の期待に応えるために頑張った。頑張ったんだ……。
昔、こんな意地悪クイズがあった。
母親と恋人、二人が崖から落ちそうです。
一人しか助けられません。助けるならどっち?
答えなんて無いと思う。でも、医者である僕は突然その選択を迫れることがある。理不尽だとか言ってられない。最速で選ばないと、どちらも死ぬからだ。
「ううう……痛いよぉ」
「おかあさーーん」
「うちの子が運ばれていませんか?!」
「早く見てくれぇ! 足が動かねぇんだ!」
ここ都立帝国病院は、かつてないほどの大量の怪我人で埋め尽くされていた。
大勢の悲鳴や怒号が飛び交う中、待合室のテレビの音がやけにはっきりと耳へ届いた。
『東京で発生した直下型地震は、推定マグニチュード七とされており。現在各地で停電、断水、火災が発生しております。各地の避難所は以下の通りです』
今朝、過去最大の大地震が東京を襲った。未曽有の大災害の中、マニュアル通りに原稿を読むアナウンサーの声に苛立ちを覚えた。
「先生! 何してるんですか早く!」
「あ、ごめんなさい! 今行きます!」
担架が足りず床に倒れこむ怪我人も大勢いる。彼らを避けながら集中治療室に向かうと、ふいに白衣を掴まれた。引かれた方に振り向くと、六十歳ほどの主婦らしき女性が鬼の形相で睨んでいた。
「どこ行くのよ! うちの旦那を助けなさいよ!」
「お、落ち着いてください。旦那さんはどちらですか?」
「そこよ! こんなに血が出ているじゃない! ずっと待ってるのに誰も診察してくれないのよ! 早く助けて!」
女性の指さした担架を見ると、男性の右手首に付けられた黒のトリアージタッグが目に入った。
大災害の現場では、誰を最優先で見るべきか、その判断が非常に需要だ。医者が一人づつ見ていたのでは、助けられる人も助けられない。そのためトリアージナースと呼ばれる専門スタッフがトリアージを行い生存率の区分けがされる。
大まかに、緑は歩行可能で軽傷。
黄は、歩行不可能で緊急性は無いが処置が必要。
赤は、生命にかかわる重篤状態で最優先患者
そして黒は……。
「申し訳ありません。治療の順番はトリアージナースにより識別されておりますので、お待ちください」
親族の方にはトリアージタッグの意味を教えてはいけない決まりとなっている。
「何よ! いいから助けなさいよ! 医者なんでしょ! 高いお金払ってるんだから助けなさいよ! 何のために医者やってるの!」
その言葉に僕はいらっとして、ついトリアージタッグの意味を口走ってしまった。
「僕だって! 助けられるなら助けたいですよ! でも! 黒のトリアージタッグを付けられた人は! 死亡または、生命微候がなく処置を行っても救命が不可って、あ……」
「し、死亡? 何言ってるの?! うちの旦那が死んでるっていうの?! まだ生きてるわよ!」
「それは……」
「先生! 早くオペ室へ! バイタルが危険域です!」
こんなことをしてる場合じゃない。早く行かないと……焦る気持ちが出てしまい、白衣を掴んでいる女性の手を少し強めに振りほどいた。
すると背後から女性の怒号が飛んでくる。
「見殺しにするの?! 人殺し! 訴えてやる!!」
その声を背中に受けながら足早に立ち去るが、女性の言葉が脳に残る。
僕だって……助けられるなら全員助けたいに決まってるだろ! こうしている間にもどんどん失われていく命があるんだ! 一人でも多く救うのが、僕の今やるべきことだ!
そう自分に言い聞かせながら、オペ室の前で看護師から目を通して欲しいとカルテを手渡された。なるほど、先週容態が急変した女の子か。
「先生、患者さんは酸素吸入器の電源が一時的に止まって危険な状態です! それと輸血も在庫が少ないため、他の病院から現在緊急搬送を要請しています」
「そうか。わかっ……」
看護師から手術用の手袋を受け取り、一歩進んだ時だった。
ドンッ!と、誰かが背中にぶつかってきた。背中に違和感……。ゆっくり振り向くと、先ほどの女性が僕の背中にメスを突き刺している。
「きゃあああ!」
「ぐっ……」
「うちの旦那を見殺しにした報いよ! あんたも死ねばいいのよ!」
嘘だろ……。
全身の力が抜けて、その場に崩れるように倒れ込んだ。手探りで背中へ手を回したが、よほど深く刺さっているのか、メスはほとんどが僕の体内に埋まっている。
何してんだよ……。これから助けなきゃいけない人がたくさんいるのに……! 僕がやらなきゃ……いけないのに。
僕の助けを待ってる人が……。
そこで僕の意識は途切れた。
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