三十七話 楽々と沙羅の実家 二泊三日の旅 ➁
「で、これがのう、二人がカブトムシを初めて獲ってきた写真でな」
「わ、凄い、こんなに大きな!?」
初めの厳格な雰囲気はどこへやら、三郎さんは嬉々として楽々と沙羅のアルバムを引っ張りだしてきていた。
俺としても見ているのは凄く楽しいので飽きないが、当の本人たちは違うらしい。
「ねーもーいいよー」
「そうですね、ちょっと……流石に長いです」
これこれ数時間なので、確かに長いのかもしれない。
咲さんは相変わらず微笑んでいる。今は癒しモードなのだろうか。
ただ、三郎さんは「そ、そうか……」と申し訳なさそうに肩を竦める。
けれども、俺のことを気に入ってくれたみたいで、鬼のような形相はもうしていない。
「いやあ、しかし遠路はるばる大変だったの。色々言ってしまったが、歓迎だ。ゆっくりしていきなさい」
「あ、はい。すいません、お世話になります」
優しいというのは本当なのだろう。というか、ここまで楽々と沙羅のことを愛していたのに、都会で二人暮らしさせるのは寂しくなかったんだろうか。
……いや、寂しいはずだ。三郎さんは二人のことをみて本当に幸せそうだからだ。
「しかし律君のような若者が傍にいてくれてありがたいよ。都会には何があるかわからんからな」
それから楽々と沙羅は、俺を二階に部屋に連れていってくれた。
以前、二人が住んでいた部屋らしい。
二人が出て行ってからほとんど触っていないという咲さんの言葉通り、ベットやテレビ、教材机はそのままになっていた。
子供時代のアニメのシールや、筆箱が置いてあり、なんだか懐かしい気持ちになる。
「まだそんなに経ってないはずなのに、すっごく懐かしい。ねえ、ほらみてみて中学の卒業写真」
楽々が見せてくれた全校生徒の集合写真は、かなり少人数だった。ここへ来る途中もわかっていたが、相当な田舎だ。
インターネットが通じていることすら驚いたくらいに。
しかしそこで、違和感に気づく。
「あれ、沙羅ってこの時は眼鏡だったの?」
写真には、眼鏡姿の沙羅が写っていた。三つ編みで、今よりも大人しそうに見える。
「そうですね、今も目は悪いのでコンタクトですが」
「ふふふ、それがねー高校生になるからコンタクトにする! っていって、色々と大変だったんだよー」
「ちょっと、楽々!? それは秘密ですよ!?」
「えっとね、眼科に行ったら、怖くて入れれないよーって泣き出して、数時間かかったし」
「泣いてないですよ! 怖かっただけです!」
恥ずかしそうに俯く沙羅だったが、それよりも俺はかなり驚いていた。
沙羅が俺と同じように高校生になるきっかけで、変わろうとしていたのだと。
「そ、それを言うなら! 楽々だって少し離れた場所の美容室で髪の毛切ってきたじゃないですか! 私に着いてきてほしいって泣いて頼んで!」
「な、な、な! 泣いてないもん!」
「いーや、泣いてました。遠くて怖いから、沙羅お願いーって泣いてました」
「泣いてないもんー!」
無邪気に言い合う二人は、まるで幼い子供だ。
実家という安心感がそうさせるのか、おかしくて笑ってしまう。
「くっくく、ははは、ほんと意外だね」
「あー! 律が笑ったー! いけないんだいけないんだー!」
「そうですよ律くん! さすがにそれはダメです!」
高校生デビューをするぞと気合を入れていたが、何も特別なことではなかった。
楽々と沙羅でさえ、変わろうとしていたのだ。
「いや、嬉しかったんだよ。二人とも俺と同じだったなんて」
「同じ? 何が?」
「はい、どういうことですか?」
「秘密。たまにはね」
「えーずるいー! 教えてよー!」
「楽々の言う通り、それは良くないです!」
◇
到着が遅かったこともあり、日はすぐに落ちた。周りは山だらけなので、照明もなく真っ暗だ。
猪も出るとのことだったので、今日は一歩も外に出ないことになった。
それで咲さんが早めの夕食を用意しますねと言ってくれたのだが、完成したそのご馳走っぷりに言葉を失った。
「どうぞ、律くん。楽々ちゃん、沙羅ちゃんも手伝ってくれてありがとうね」
「ううん、咲さんの食事美味しそう! いっぱい食べるよー!」
「私もです。はうう♡ 涎が出ちゃいます!」
二人がテンションが上がるのも無理はない。お頭付きのお刺身から、唐揚げ、エビフライといった定番の揚げ物。
出し巻卵にお漬物、豆腐に南蛮漬け、サラダに魚、とにかく豪勢極まりない。まるで宴会だ。
「凄いですね。ご馳走すぎてどれから手をつけていいのか悩みますよ」
「そうじゃろう、咲の料理は天下一品だからのう。律君遠慮せずな」
ニコニコしている三郎さん。楽々と沙羅もお手伝いをしていたらしいが、咲さんには足元にも及ばないという。
なるほど、二人の料理上手はここからきているのか。
そしてエプロン姿の咲さんは、おそろしく美人だった。
「それじゃあ、
「いえ、大丈夫です」
冗談交じりで、それでいてしっかりと声をかけてくれた。三郎さんは、二人の言う通り優しい人だ。
「それでは、頂きますを言う前に――」
「はーい! じゃあ頂きまーす!」
「ちょ、ちょっと待たんか!」
楽々が勢いよく箸を伸ばし、咲さんもそれに続く。三郎さんは困っていたが、最後には笑顔で俺にどうぞと合図してくれた。
本当に良い家族だ。暖かくて、それでいて心地よい。
うちも仲が悪いわけではないが、海外赴任で家族が集まれるのは一年に一度くらいだ。
お刺身は近くの漁師さんから直接譲ってもらったものらしく、一口食べると新鮮なのがすぐわかった。
揚げ物もサクサクで、出し巻卵はしっかりと味がしみ込んでいる。
南蛮漬けも美味しく、何もかもが最高だ。
「律くん、ようこそ我が家に」
「ありがとう、沙羅」
食事中、沙羅が笑顔で言ってくれた一言が、本当に嬉しかった。
その夜、お風呂を終えた俺は二階の一間を貸してもらい、久しぶりに布団で横になっていた。
ベットと違って、なんだか落ち着く。小さいころは、両親とこうやって川の字で寝ていたものだ。
なんだか、ちょっと寂しくなる。
その時、扉が開いた。現れたのは、楽々と沙羅だった。
「律、行くよー!」
「はい、行きますよ。この時間なら、猪は出ないので」
「え、どこに行くの?」
二人ともお風呂あがりで、髪の毛がいつもよりストレートで濡れている。俺を外に連れ出したいらしいが、いつもより強引だ。
急かされて会話もほとんどできないまま、近くのベンチに案内された。
空を見上げると、満天の星が綺麗に輝いていた。
「すげえ……」
都会ではビルが多くてほとんど見えないので、あまりの綺麗さに言葉を失った。
楽々と沙羅が見ていた日常が、俺の実体験として刻み込まれていく。
「うふふ、律と一緒に見れて嬉しい。願いが叶ったよ」
「え、願いって?」
「また律くんと会えますようにって、何度も願ってたんですよ。こうやって、楽々と星を見上げて」
そんなことを願ってくれていたのかと嬉しくなる。再び空を見上げると、まさかの流れ星が通る。
「「あ!」」
二人が声をあげる。俺は咄嗟に願いごとを、三回心の中で囁いた。
「早かった……二人とも言えた?」
「ダメでした……律くんは?」
「言えた。でも、秘密」
「えーずるいー! なんて言ったの? ねえなんて?」
「はい、気になりますね……」
「二回目の秘密だ」
「ずーるーいー!」
「気になってしまいますね……」
結局、俺はその日の願い事を決して言わなかった。
言葉にすると叶わないと、聞いたことがあるからだ。
――どうか、楽々と沙羅が「ずっと幸せでいられますように」
【とても大事なお願い】
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『三郎さんと咲さんが優しい!』
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