第二十八話 千堂律は二人を守る。

「りっちゃん、昨日のアニメ見たか?」

「ああ、ウルトラ魔法少女みりんちゃんだよね? 面白かった。いじめっこをやっつけるとこなんて、爽快だった」

「だよなあ! ネットでも盛り上がってたぜ」


 いつもの休み時間。

 修と他愛もない会話に花を咲かせていた。

 次に、話が前回の勉強会の変わる。

 あの後、楽々と沙羅が泊まったことは秘密だ。さすがに、言えるわけがない。


「おかげ様で赤点は免れたぜ」

「そ、それは良かった。俺もいつもよりいい点数が取れたよ」

「そういえば、楽々と沙羅とはどうなってるんだ?」

「え? どうなってるって?」

「とぼけんなよ。お前たち、明らかに仲いいだろ」


 ニヤリと笑みを浮かべる修に、俺は動揺を隠せなかった。

 慌てふためくとまではいわないが、仲がいいのは間違いない。


「仲はいいけど……友達だよ」


 そう、友達だ。特別な関係ではなく、幼馴染に近いというだけ。

 好意的には思ってくれているだろうが、そこまでだ。


「ふーん、俺から見れば二人は完全に律に惚れてるんだがな」

「ほ、惚れてる!?」

「ったく、りっちゃんは鈍いねえ」


 惚れてる? 惚れてるってなんだ? 好き? 好きってことか?

 ありえない。もしそうだったとしても、多分あれだ、弟とか、兄とかに抱くようなやつだ。


「もし、もしだ、もしの話していいか?」

「い、いいけど……なんか怖いな」

「楽々と沙羅から付き合ってほしいって言われたらどっちを選ぶんだ?」

「つ、付き合う!?」


 あまりの衝撃的な質問に、思わず立ち上がって叫んでしまう。

 座っていた椅子がひっくり返り、教室内に響き渡った。遠くで友達と話していた沙羅と楽々が、不思議そうに俺を見る。


 しかし、修が機転を利かせ、「剣道の話で盛り上がりすぎちまったなあ。突きあう、やっぱ突きだよな!」と誤魔化してくれた。


「りっちゃん、声がでけえよ。で、どうなんだよ?」

「ごめん……。どうって……」


 そんなこと、考えたこともない。

 実際、楽々と沙羅と付き合ったら、どんな感じになるんだろう。


 楽々となら……一緒にいて心地よいだろうな。ずっと笑っているだろう。

 沙羅となら……趣味も合うし、どんなことにも興味を持ってくれるだろう。


 ただ間違いないのは、二人とも優しくて素敵だということだ。


「そんなのわからないよ。そもそもありえないし」

「そっか。まあ、甲乙つけがたしだよな! そういえば、ここだけの話、一部から女子から理不尽なやっかみをうけてるらしいぜ」

「……やっかみ? どういうこと?」

「まあよくある話だけどよ。特に非がなくても目立つ場合は文句を言われたりするだろ? そんな感じだ」

「そうなんだ……」


 そんな話、二人から聞いたことはない。しかし、妬みや嫉みというのは間違いなくある。

 それはネットでも、リアルでも、大人の世界でもだ。


 ふと――思い出す。

 昔いじめられていた時のことを。


 もし二人がそんな目に遭っていら……俺は勇気を出して助けることができるんだろうか。


 ◇


 放課後、片付けを終えた後、新刊が入ってるとのことで図書館へ向かった。

 沙羅の姿はなかったので、おそらくだが生徒会だろう。


 家に帰って読むこともできたが、我慢ができずそのまま着席、そして没頭してしまった。

 ふと視線を窓に向けると、野球部の修たちがグラウンドを片付けていた。


「うわ……もうこんな時間?」


 スマホで時間を確認すると驚いた。

 気づけば二時間、あっという間に過ぎていたのだ。


 急いで帰らないといけないわけではないが、あまり遅くなるとその分寝るのも遅くなる。

 本を片付け、近道で旧校舎を通っていると、空き教室から女子の声が聞こえてきた。


「ねーまじむかつくよねー」

「ほんっと、最悪」

「ねえ、悪戯しちゃわない?」


 たしか――別クラスの少し不良っぽい子たちだ。

 前を通って帰ろうとしたが、話している内容があまり良いものだとは思えなかったので、反対側に戻ろうとしたら、聞きなれた名前が聞こえた。


「相崎さんたちの靴にさ、嫌がらせしない?」

「ははっ、いいね。てかさ、流石に調子乗りすぎじゃない? 何でもできるって顔してさ、確かにイイヤツって話だけど、それがまた腹立つよねー」

「でもさ、どうせああいうのが裏で悪いことしてんじゃん?」


 正直、耳を疑った。

 言っていいことと悪いことがある。

 楽々と沙羅が裏で悪いことをしている? そんなことをするわけがない。

 つい最近だって、休日にもかかわらずボランティアで子供たちのために一生懸命だった。


「てか、実はじゃじゃっーん! 二人の上履き、持ってきてますー」

「ぎゃっは! こいつ悪っー どうする? 窓から放り投げとく?」

「ありあり、ありよりのあり」


 腹の底から感じたことのない憎しみが湧いてくる。

 気づけば俺は――教室の扉を開いていた。


「きゃっ!? だ、誰こいつ?」

「あー、一組の千堂じゃない?」

「なに? 何か用?」


 とぼけた顔をしている。サッと後ろに隠した靴を見逃さなかった。俺はゆっくり近づいていく。


「出せよ」

「は? 何お前?」

「いいから、二人の靴を返せ」


 それで見られていたことに気づいたのか、三人は困ったように顔を見合わせた。

 しかし開き直ったかのように、ふふっと笑い出す。


「はあ? なんで?」

「てかさ、やっぱ噂通りじゃん。二人の家来なんでしょ? それとも彼氏? どっちがちゅきなんですかー?」


 ぎゃははと笑う。なんでこんなことをするんだ?

 いつも臆病な俺だが、今はそんなこと頭から消え去っていた。


 いじめってのは本当に理不尽だ。非があるとかないとか関係なく襲ってくる。


「いいから、返せよ!」

「ふふっ、あ! 雄二せんぱーい!」


 すると、後ろから身長180センチはあろうかと男が入って来た。

 確か……三年生で不良扱いされている人だ。

 怖いから誰も近づかないと噂を聞いたことがある。


「あー? なんだ?」

「こいつに絡まれてるんですよー。助けてもらえませんか?」

「絡む? お前、何してんだ?」

「……な、なにが」

 

 ああ、俺は最低だ。

 自分より弱い立場だったらすぐ反抗できたくせに、大きな男になると怖くて震えてしまう。


 昔いじめられていた主犯格のやつも、俺より背が高かったのだ。

 それがトラウマになっているのかもしれない。


「おい、聞いてるのか?」


 でも今は俺のことは関係ない。

 沙羅と楽々はいつも仲良くしてくれている。大切な二人だ。


 勇気を出せ。口を動かせ。足を動かせ。


 負けるな!


「……絡んでない。こいつらが、楽々と沙羅の靴を奪ったんだ。お前たち、ちゃんと返せよ」

「は? そんなことしてないし。ねー?」

「こわーなにこいつ?」


 俺は無理やり靴を返してもらおうと近づいた。しかし、女子たちは震えるような素振りをして、嘘をつく。

 そして、雄二先輩が俺の肩を掴む。


「おい、どういうことだ? 嫌がってるだろ」

「うるさい、邪魔するな」

「あ?」


 雄二先輩は威圧感を出してくる。

 女子たちは、ついにあることないことを言い出した。


「さっきこいつに触られたんですよ」

「ほんと……ありえない」

「もう、どっかいってよ!」


 雄二先輩が、ついに鬼のような形相をした。


「ちょっと、どういうことだあ? おい」


 いいさ、構うもんか。

 殴られても、何をされても、俺は引かない――。


「りっちゃん、こんなとこで何してんの?」


 聞きなれた声。ドアから現れたのは、修だった。

 そのままこっちへ向かってくる。


 そして雄二先輩に――愛想よく挨拶した。


「雄二先輩っ、ちっす。りっちゃんが何かあったんですか?」

「修か。何だ、お前の知り合いか?」

「そうっすよ、俺の親友です」

「こいつが、女子たちに絡んでるらしいんだ」

「……はい? そんなこと、りっちゃんがするわけないっすよ」


 修が、俺の味方をしてくれた。

 女子たちはあることないこと言い出すが、修はありえないと言う。

 そして後ろに隠した靴にすぐさま気づき、さっと動いてそれを奪い取った。


「これは、二人の……。はーなるほどね。雄二先輩、こいつら相崎姉妹の靴を盗ってたんですよ。それで、律が怒った。そうだろ? 律」

「あ、ああ。そうだ……」


 雄二先輩はようやく納得したらしく、女子たちに睨みを利かせた。

 続いて俺に顔を向け、大きな背を丸くして頭を下げる。


「すまない。俺が悪かった。確認もせずこんなことを」

「そ、そんな!? こちらこそ勘違いさせてすいません」


 雄二先輩は頭を揚げると、再び女子たちを睨んだ。


「てめえら、ちょっとこい。俺は手を出さねえが、矢吹んとこ連れてってやる」

「え、えええ!? 矢吹先輩!? い、嫌です!」

「や、やめてください!!」


 矢吹先輩とは、三年生の怖い女子だ。噂を聞いたことがある。

 恐ろしい目に合う事だけは……わかった。


「じゃな修、あと千堂だっけか? 悪かったな」

「うっす、またっす」

「あ、ありがとうございます」


 雄二先輩は、女子たちを連れていった。まるで死刑囚のように足取りは重そうだった。


 ◇


 帰り道、沙羅と楽々の靴を無事に元通りにしてから、修にお礼を言った。


「ありがとう、それに雄二先輩って、いい人だったんだ」

「ああ、誤解されやすいけどな。正義感が強くて、少しやり過ぎちまうことあるけど、いい人だよ。俺の地元の先輩なんだ」

「そうなんだ」


 人を見た目で判断してはいけないと思っているが、いつもやってしまう。

 今後はもっと反省しよう。


「しかし、格好いいねえ。りっちゃん、一人で立ち向かったのか?」

「……多分、二人のためだからかも」

「やっぱいい奴だな。ほんと、凄いよ」

「そんなことない……。あと、二人には黙っててもらえるかな? あんなことされたの知らないほうがいいだろ。多分あいつら、もう二人に手を出さないだろうし」

「とことん優しいねえ。まあ、そうしとく。ったく、俺にもその性格を分けろ んで、沙羅と楽々みたいな双子姉妹を用意しろ!」

「そ、そんな無茶な……」


 修はそう言ってくれたが、俺はまだまだ悪いところがたくさんある。

 人を外見だけで判断するし、なにより弱虫だ。


 けれども、修、沙羅、楽々のおかげで変わっていっている。

 修は――俺のことを親友だと言ってくれた。

 本当に嬉しい。


 これからももっと、良い方向に変わりたい。


「りっちゃん、お疲れ様」

「ありがとう、修もお疲れ様」


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