第十八話 フレンチ料理

 いつのまにか日が落ちていた。

 そもそも美容室を予約した時間も遅かったが、パーマとかを掛けるとあんなに時間がかかるんだな……。


 でも、自分的には凄く大満足なので、少しワクワクしている。


 ゲームの発売日前みたいな、いつもとは違う高揚感だ。


 二人と待ち合わせしている場所は、ここから少し歩いた先だ。


 なんとこの前のSNS投稿をきっかけに、ホテル系列の飲食店からサービスを受けられることになった。

 と言っても何もしていないんだけれど、広告効果? が凄まじいらしく、そのお礼にとのことだ。

 今どきっぽいなあと、少し俯瞰的に思ってしまったが、嬉しい出来事には変わらなかった。


 ただ紹介された先は、高級フレンチ料理店。

 それもあって身なりを整えようと決意した。


 楽々と沙羅は、髪を切ったことに気づいてくれるだろうか……。


 流石にスーツは畏まりすぎだったので、父親の黒いジャケットを無断で借りている。


 そんなことを頭で巡らせていると、いつのまにか待ち合わせに着いていた。

 少し早かったのでスマホを触っていると、いつのまにか隣に楽々と沙羅が立っていた。

 声をかけようとしたが、様子が少し変だ。


「思ったより早く着いちゃったね。沙羅、時間は?」

「そうですね、まだちょっとありますよ。ふふふ、律くんびっくりするかなあ?」


 楽々は肩だしの真紅のワンピースドレス、沙羅はパープルの透け感のあるワンピースドレスを着ていた。

 見たことがないので、確かにびっくりした。

 でも、二人が俺を見てくれない。


「ええと……さ――」

「この前の律、すっごい恰好良かったよね」

「そうですね……本当に恰好良くて素敵でした」


 話し掛けようとした瞬間、楽々がとんでもないことを言い放つ。

 それに同調した沙羅も言葉を被せて、俺は顔を真っ赤にしながら俯いた。


 もしかして、二人とも気づいてない!?


「そういえば、花嫁姿喜んでいたね、叔父さん」

「そうですね。ただ、お世話になった二人に……本当の結婚式を呼びたいですけど」

「沙羅は結婚したいなって思った人いる? 私はいるけどー」

「え? そ、そうなんですか? だ、誰です?」

「えへへー、誰だと思う?」

「……まあ想像はつきますけど」

「じゃあ、いっせーのっでっで言わない?」

「……いいですよ。同時なら」


 何やらとんでもないことを言おうとしている。

 恥ずかしがっている場合じゃない、すぐにでも声をかけないと聞きたくないことを聞いてしまう。


「せーの、り――」「り――」

「楽々、沙羅!」


 次の瞬間、二人が俺に顔を向けた。


 上から下までまじまじと眺めて、そして、同時に。


「律!?」「律くん!?」


 目を見開いて声をあげた。


「ええと……はは、そうです」


 二人は自然を目を合わせ、再び俺に顔を向けると、静かに言う。


「恰好いい……」

「恰好いいです……」


 あれ、なんか好印象!?


 ◇


「こちらオードブルのパテドカンパーニュでございます」


 白い清潔感のあるテーブルの上に、茶色の四角い食べ物が運ばれてきた。

 給仕をしてくれた男性は年配で気品が溢れ、店は高級感を思わせる白を基調とした装飾で彩られている。


 香りはとても良く、食欲もそそられていた。

 中は豚肩ロース塊肉、玉ねぎ、 鶏レバーが使われているらしい。


 八つほどあるナイフとフォークの外側をゆっくりと掴むと、丁寧に切り分けていく。


 食べようと口に運んだ瞬間、楽々と沙羅の視線に気づいて思わず困惑する。


「ど、どうしたの? 食べないの?」

「律、もしかして上流階級の生まれなの?」

「確かに……凄い所作が綺麗というか、もの凄く慣れていませんか?」


「ああ、父親が料理人で勉強のためだって色んなとこに連れていってくれたんだよね。それで色々とマナーを覚えたんだ。といっても、俺が料理できるわけじゃないけど」


 二人の羨望の眼差しが、なんとなく恥ずかしい。

 しかし物怖じしないという点において、両親に凄く感謝した。


 店員さんからの説明もあったが、楽々と沙羅に使い方を説明すると、二人は器用に使いこなす。

 今まで田舎生まれだったから、かぶりついてたもんねーという楽々の主張が嘘だと思うほどに、三品目には俺よりうまくなっている気がした。


 おそるべし、相崎姉妹。


 メインの肉料理、スイーツも食べ終え、最後にSNSの為に投稿を取らせてほしいと言われたが、丁寧にお断りをした。

 流石に次は言い訳ができない。


 修はまだしも、大勢の楽々派、沙羅派に無残な姿にさせられるのだけは避けたいからだ。

 お店側は悲しんでいたが、私たちだけなら構いませんよ、と二人は撮影してもらっていた。

 元々繁盛しているだろうが、また電話が鳴りっぱなしになるんだなあと思った。


 ◇


「おいしかったねえ。私は特にお肉が最高だった!」

「そうですね。私は甘い物ですかね。やっぱり、はううう♡ 思い出すだけでも最高です!」


 二人の好みが見事に分かれているところが、微笑ましかった。

 もうすぐ初夏になるが、まだ少し肌寒く、身震い仕掛けた瞬間、沙羅と楽々が両腕を掴んで来た。


「ふふふ、それよりもやっぱり、律が恰好よくてびっくりしちゃった。もしかして、私たちの為にお洒落してきたの?」

「はい、私も同意見です! なんというかその、やっぱりお顔が良く見えているのが、良いですね!」

 

 いつもよりハイテンションな沙羅と、嬉しそうな楽々を見て頬が緩んだ。

 頑張って良かった。そして、美容室のギャルのお姉さんに心の中で感謝。


「二人のドレスも似合ってるよ。俺なんかよりね」


「あー! 律がお世辞いってる!」

「私たちを喜ばせる罠ですねこれは」

「本音だけど……」


 こうしてイメチェンは大成功。

 翌日、修にも誰だか気づかれなかったので、相当変わったらしい。 

 クラスメイトにも誰だかわからなかったと言われて、恥ずかしかったが嬉しかった。


 そしてまた、SNSの投稿がバズりにバズり、楽々と沙羅の人気は学校の天井を突き抜けそうだった。

 

 

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