第十話 ストロベリー柄
「ガタンゴトン、ガタンゴトンー!」
「楽々、電車の音をわざわざ口ずさまないの。それと誰もいないからって
俺たち三人は、電車で田舎へ向かっていた。
楽々は、はーいと返事を返すと、怠惰な体勢を整え、大人しく座り直す。だがすぐにソワソワし始め、「いっちご♪ いっちご♪」と謎の歌を歌いはじめた。
電車は貸し切り状態、外の景色は永遠に田んぼが続いている。
「ちょっと道中が退屈すぎるかな?」
「律くん、そんなことないです。楽々が子供なだけですよ」
「違うよ、楽しみなだけだもーん」
再び楽々のいちごの歌が始まる。はあ、と沙羅は溜息を吐いた。
「でも、本当にお邪魔させてもらっていいんですか?」
「今は閑散時期だから、大勢で来てくれるのはありがたいって言ってるし、大丈夫だよ」
田舎でいちご農家をしている叔母から、遊びにおいでと言われたのだ。
楽々も沙羅もいちごが大好物らしく、二つ返事でOKしてくれた。
「いっちご~♪ いっちご~♪」
「楽々、そろそろ怒りますよ。子供じゃないんですから」
「……はーい。でもね、でもね、律聞いてー!」
「ん? どうしたの?」
楽々が何か言いかける前に、沙羅が「ちょっと楽々!」と恥ずかしそうに叫ぶ。
しかし、楽々は構わずに言う。
「昨日の沙羅ね、ずーっと苺狩り楽しみって言ってて、夜は眠れないよーって嘆いてたし、朝は服はどうしよう? これでいいかな? ってうるさかったんだよ。でね、あれを二人でお揃いにして――」
「ちょ、ちょっと楽々! それは秘密ですよ!?」
「でもそっちのほうが嬉しいよ。無理やり誘ったかなって思ってたし」
「無理やりなんて!? 楽しみです!」
「ありがとう。それにあれをお揃いって? 何したの?」
「えっとねー」
「楽々、ダメですって!」
今日の沙羅のシャツはストロベリー柄だ。
服がお揃いということか? だけど、楽々は白いカーディガンを入っている。
結局、教えてはくれなかった。
「そ、そういう楽々だって!」
沙羅は慌てながら、楽々が持ってきた小さなピクニック鞄のようなものを指さす。
「ちょ、ちょっと沙羅! それはダメだよ!?」
沙羅は仕返しだと言わんばかりに鞄から何かを取り出す。
なんと、大きめの練乳チューブが入っていた。
思わず笑ってしまう。
「ははっ、楽々は食べる気満々なんだね」
「うう……沙羅のバカ……律に食いしん坊って思われたじゃんかー! でもね、一応だよ!? 練乳怒られるかもしれないし……」
「そのくらいで怒らないと思うよ。むしろ俺と同じで笑うと思う」
そうして二人の仲睦まじい喧嘩を見ているうちに、駅に到着した。
改札を出ると、すでに叔母さんが待っていてくれていた。
周りは本当に田んぼだらけで、電車で来る人はほとんどいないらしい。
「叔母さん、お久しぶりです」
「あら律ちゃん、丁寧にありがおtね。それにお友達さんって、こんな可愛い二人だったなんて」
叔母さんが二人に顔を向ける。楽々と沙羅はそ、そんなと謙遜した後、丁寧に頭を下げる。
「相崎楽々です。私が妹です」
「相崎沙羅です。姉です、すいません同じような顔をしているのでややこしいと思いますが」
叔母さんは、沙羅ちゃんと楽々ちゃんね、とにっこりと笑う。
何もない所だけどごめんねと言ったが、二人は田舎から来ているので、落ち着くんですよと嬉しそうだった。
それから近くで叔父さんが待っていてくれたので、挨拶をして、車に乗り込んだ。
◇
「凄い……いちご天国だね」
「本当ですね。これは夢のようです!」
ビニールハウスに入った瞬間、二人が目を輝かせる。
なんといちご狩りが初めてらしい。
四種類の品目があって、それぞれ形と味が異なる。
楽々は、丁寧にあ……あの、練乳とか付けても大丈夫ですか? もちろん、そのまま頂きたいんですが、練乳が好きで……と丁寧に訊ねていた。
律義だなと思っていたが、叔父さんと叔母さんはもちろん笑顔で大丈夫だよ、と答えていた。
「あっちで作業してるから、何かあったら言ってねえ。遠慮なくいっぱい食べてね」
「律! お前も隅におけねえなあ!」
「ちょ、ちょっとやめてよ叔父さん……」
叔父さんに髪の毛をくしゃりとかき回される。
小さい頃よく来ていたので、今でも俺の記憶は幼いままらしい。
「よし、食べるぞー!」
「最高です、ここは天国です、最高です……」
なんか沙羅が壊れてしまっているような気がするが、気のせいだろう。
教えてもらった通り、ヘタをくるりと捻って苺を取る。
一口食べると、甘酸っぱい味が口全体に広がった。
「はうううううう♡ 美味しすぎます♡」
「うまい! うまい!」
俺の言葉を遮るかのように、沙羅が悶えている。
楽々は某作品のパロディみたいに言葉を繰り返していた。
二人とも自分なりの表現で幸せをかみしめているらしい。
連れて来てよかった。心からそう思った。
途中練乳を楽々にかけてもらって味の変化を楽しんだりして、数時間後には三人ともお腹いっぱいになった。
一生分のいちごを食べたかもしれないと、楽々と沙羅が笑い合う。
ご馳走様を言うためにビニールハウスを出ようとしたら、どこからともなく強風が吹いてくる。
「え、わわわっ」
「きゃあああっ」
その時、楽々と沙羅のスカートが、捲れてしまう。
チラリと見えてしまった下着の柄は、二人ともストロベリー柄だった。
「律、見たでしょ」
「律くん、見えちゃいました?」
「え、いや、何も!?」
なるほど、お揃いって、これだったんだ……。
「律、正直に言ってごらん」
「律くん、見えたんですか……?」
帰りの電車、十回ぐらい同じ質問されたが、頑固として口を割らなかった。
その日、俺はいちごがより一層好きになったのだった。
それと、ストロベリー柄も。
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