第五話 相崎沙羅の本音

「あ、沙羅」

「あれ、律くん」


 楽々とは瓜二つだが、なぜかすぐに沙羅とわかった。

 話口調は違うが、表情で気付くのだ。


「図書室はよく来られるんですか?」

「ああ、中学生ぐらいから本が好きになって。もしかして沙羅も?」

「はい! フィクションの世界に没頭するのって、楽しいですよね。もちろん、ノンフィクションも嫌いではないですが」


 放課後、図書室に来ていた。

 始まりはライトノベルだったが、そこからどんどん引き込まれていって、ついには洋書まで手を出すようになっていた。


 有名なシリーズは大体見たし、新作だって買っている。

 とはいえ、高校生の身分で手当たり次第ってわけにはいかない。


 出来るだけ図書館に頼っていたが、この学校に入学してから、その本の多さに驚いたのだ。

 最高だ、と嬉しくてたまらなかった。


 それは沙羅さんも同じだったらしく、楽々は本は読まないんですよね、と嘆いていた。

 どうやら趣味は違うらしい。


「――そうそう。あのシリーズも最高だよね!」

「わかります、私も夜更かししてみちゃいました」


 楽々と比較するのはなんだか悪い気もするが、沙羅はどこか大人っぽさがある。

 誰に対しても敬語なのは、大好きな本で癖がついてしまったのことだった。


 昔見たとある小説の話で盛り上がると、次第にリアルのことにまで質問が発展した。


「え、二人で暮らしてるの?」

「はい、叔父と叔母の家は遠いですから。仕送りをもらってますけど、楽々と二人です」


 そういえばそうだなと思った。なぜ今まで気づかなかったのか。

 美人姉妹の二人暮らしか、それこそ小説みたいだ。


 そして俺も一人暮らしだと伝えた。

 理由は親が海外に出張しているから。これもまた、小説っぽい。


 とはいえ、それはここ最近の話。

 中学時代はずっと実家にいたし、仲も良かった。

 ちょっとだけ引き籠りだったが……。


「だったら、今度一緒にご飯でも食べませんか?」

「え、それはどういう……」

「そのままの意味ですけど、家にご招待するので」


 沙羅は、楽々よりも大人っぽい。だが、時々こんなことを平気で言う。

 とはいえ、言ったあとに相手の反応を見て、あれ? ? あ! と頬を赤らめる。

 天然なのところがあって、気づいてないのだ。


「あ……さ、さすがに突然過ぎましたよね……すいません」

「あ、いや、びっくりしただけで……」


 何とも言えない空気が流れ、二人とも気まずくなる。

 お呼ばれしたことは嬉しい。ただ、二つ返事するほど勇気が出なかっただけだ。


「でも、楽々も喜ぶと思いますし、どうですか?」


 すると、沙羅がもう一度言った。ありがとう、と心の中でお礼を言う。


「じゃ、じゃあお願いします」


 何故だか敬語で答える。それにはすぐ気づいたらしく、沙羅はふふふと笑った。


 お勧めの本を教え合い、二人で本を借りた。


「律くん、帰りましょうか」


 当然のように、沙羅が言う。恥ずかしい……けど、嬉しかった。


 互いに電車を使うほど遠くない場所に家があるとのことだった。

 その途中、小さな商店街の近くで、他校の女子生徒たちが、クレープを食べていた。


 写真をパシャパシャ、おそらくSNSに挙げるのだろう。


 楽しそうだなと思って見ていると、横に立っていた沙羅さんがいない事に気づく。

 振り返ると、沙羅さんが止まっていた。いや、よく見ると、クレープを見ている。

 それからはっ、と気づき、小走りで走ってきた。


「す、すいません。行きましょうか」


 可愛い、素直にそう思ってしまった。手持ちのお金は――よし、クレープ二人分ぐらいはいけるな。


「沙羅さん、クレープ食べたいんだけど、食べない?」

「え、でも……学校で買い食いは禁止ですし……」


 なるほど、確かにそうだ。といいつつも、沙羅さんはクレープから目を離さない。

 どうみても目がハートマークみたいになっているけど、我慢しているのだろう。


「ほら、あの小説でも書いてたじゃん。学校のルールは破るためにあるって」


 会心の一撃、沙羅は、確かに……と唸った。


 ◇


「……はう……美味しすぎます……♡」


 小動物のように、クレープに目も舌も奪われている沙羅。

 楽々と同じ顔をしているというのに、ここまで表情が違うのかとびっくりする。


 ただ、思っていたよりも見すぎてしまっていたようで、沙羅が頬を赤らめる。


「あ、す、すいません!? 何かおかしかったですか!?」

「ごめんごめん、美味しそうに食べるなあと思って」


 沙羅派と楽々派、こうやって決まっていくのだろうかと考えていると、突然、沙羅が近づいて来た。


「さ、沙羅!?」

「律くん、ほっぺにクリーム付いてますよ」


 そう言うと、俺のほっぺのクリームを手に取る。

 そして、自分の舌でペロリ。


「楽々もよくするんですよねー。あれ、律くんどうしました?」

「あ、いや、えっと」


 いつもの沙羅。時間差で、気づく。


「~~~~~~~~~ッッッ!? す、すいません!? い、いつもの癖でつい!?」

「あ、いやいや、大丈夫だけどね。ただ、俺のだから汚いかなって……」

「そ、そんなことはないですよ!? 律くんのだったら、なんでも食べられます! あ、いやこれもなんか……あ~~~ッッッ! ごめんなさい!」


 沙羅は慌てふためきながら、いつもの表情を浮かべる。

 やばい、沙羅派の気持ちがわかってしまうと、自分の中の勝手な天秤が傾いていく。


 それから少しして、沙羅が落ち着いてから言う。


「でも、なんだか懐かしいですね」

「懐かしい?」

「かき氷、一緒に食べたの覚えてますか?」


 そういえば、思い出した。

 お金がなくて、沙羅と二人で一つのかき氷を食べた。今思えば、リア充みたいなことしてるな……。


「ああ。あれは美味しかったなあ」

「実は……私、結構潔癖なところがあるんですよ。あんまり人と食べ物を共有したりできないんですよね」

「そうなの? でも、さっき……」


 俺の頬についていたクリームを、ペロリと食べたはず。


「好きな人には、そうならないんですけどね」


 満面の笑みを浮かべる沙羅。てんぱる俺。

 そして、沙羅はいつも通り少しして。


「あ、あああああああああ~~~~~~~~ッッッッ!? わ、忘れてください」

「え、ええええ……はい……」



 楽々派と沙羅派、これはやっぱり悩ましい。

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