勇者とシチュー(死中)

 現在、俺は身動きも取れず誤解も解けないまま、ひたすら無心で天井と睨めっこを続けている。


(ああ、終わった......本当に困った)


 部屋に掛けてある時計に目を移す。

彼女が部屋を飛び出してから約二時間が経過していた。

俺が馬鹿なことを口走ってからもう二時間。


「......もうそろそろ、ご飯の時間なのかな?」


 深いため息を吐く。

 ミリアはきっとまだ勘違いしたままだろう。

こういうのは時間が経つほど厄介だ、ご飯を持ってきてくれた時にでも誤解を解いておかなければならない。

しかし、まともに会話をして貰えるだろうか?

そもそも面会拒絶され、違う人が持ってきたらどうしよう。どうしようもないが、最悪だ。


(本当馬鹿! 俺の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!)


 感情に任せて頭を掻きむしろうとしたが、思いの外勢いが良かったらしく、満身創痍の体に稲妻のような痛みがが走った。

来てくれなかったら、最悪明日まで誤解は解けないかも知れない。

そんなことを考えている時だった。

 

コン、コンコン


「!」


 少し緊張したような、優しく控えめなノック音が部屋に響いた。不意だった為、、心臓が飛び跳ねる。


「ど、どうぞ!」


 声が裏返ってしまった。

やはり俺も意識してしまっているみたいで、鼓動も段々と勢いを増していくのがわかる。


キィ......。


「えと、こんばんは勇者さん。その、晩御飯......できました」


 入ってきたのはミリアだった。

若干頬を赤らめ、恥じらうようにゆっくりと入ってくる。なんとか会話はできそうだ。

ベッドの横の小さな机に美味しそうなシチューを乗せたトレイを置くと、ミリアに隙ができる。

今だ!今しか、チャンスは無い!!


「あ、あぁありがとう、えーっと......」

「あ、あの! 先に、ご飯! どうぞ!」


 何かを察したように話を逸らそうとしてくる。


「え、さっきの事なんだけど......」

「冷めて! しまい!! ますので!!!」

「は、はい」


 あまりの迫力に思わず敬語になってしまう。

というか、話を阻止されてしまった。ご飯が冷めてしまうという理由は最もなのだが。

俺の手をジーっと見つめて何か気づいたようにミリアは呟いた。


「あ、手......痛みますよね。一人で、食べられますか?」

「だ、大丈夫! ミリアの手当てのおかげでそれくらいはできるから!」


 本当は腕を動かすたびにズキズキするのだが、あの発言の後に食べさせてもらうとかなんて事ははあってはならない。決して。


「それじゃあ、頂きます!」

「どうぞ、召し上がれ?」


 ほくほくと湯気が上がり、一口サイズの肉や野菜が沢山入ったシチューをスプーンですくい、口に運ぶ。


美味うまい!」

「あ、よかったです!」


 ミリアはホッとしたように笑い、嬉しそうに手を叩く。

疲れた身体に優しい牛乳のまろやかさやコクが染み渡る。野菜も肉もそれぞれにしっかり味が付いていて、ガツガツとスプーンを運ぶ手が加速していく。


「にしても本当に美味しい、これをミリアが?」

「はい、昔から母に仕込まれてましたので」

「へぇ、ミリアは凄いな」


 ただの感想をありのままに伝えた。

それだけなのだが、ミリアは顔を再び真っ赤にして俯いてしまう。


「いえ、そんな......別に、とか......」


 あれ? そんなこと言ってないぞ?


「ミ、ミリア......さん?」

「もう、からかわないでください!!!」

「ふごぉ!?」


 訂正しようと思った矢先、照れ隠しなのかシチューの隣にあったパンを口に無理矢理押し付けられた。


「と、とりあえず先のことは食べてから話しましょう!」

「ふが、もご(息できない、死ぬ)」


 押し付ける手が強くなり、目の前にパンを食べることだけに意識を集中しないと死ぬ、ていうかミリアさん力強!! 確実に殺される。

目を見開き、やっとの思いで完食する。

ご飯ってこんな命がけでしたっけ?


「ごち、そうさまでした......」

「お粗末様でした。そ、それでですね......さっきの件なんですけど」

「は、はい!」


 食べ終わった瞬間にまさかミリアから切り出して来るとは思ってなかった俺は、またもや敬語になる。

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