2話

自分が落ちていくのを感じながら、僕は目が覚めた。

 また、この夢だ。

 兄が死んでから、この夢しか見ていない。

 うなされるという程ではないが、あまり気分の良いものではない。自分が今まで生きていて、一番嫌な出来事が毎夜、夢で繰り返される。

 もう何回この夢を見ただろうか。兄は何回、僕の夢の中で命を絶っただろうか。

 何故、兄が笑っていたのか、理由は分かっているけれど、気持ちは理解出来ず、また共感も出来ない。

 それに、あの時、僕は悲しくなかった。肉親である兄の死を目の前で見ても、全く悲しくなかった。これでは、まるで、人でなし、人間失格だ。そんなタイトルの小説があったが、呼んでいない。読んだとしても、何かが変わる訳ではないと思うから。

 人の気持ちなんて、一生分からないままだろう。

 

 兄が命を絶った一か月後、まだ残暑の厳しい9月の半ば、祖母の家で療養中となっている14歳の僕は、そんなことを考えていた。

 ただ無気力に、そう考えていた。



「おはよう、凛ちゃん」

 祖母が優しい声で、僕に声をかける。僕はもう中学二年生で、そもそも男で「凛ちゃん」なんて呼ばれると反抗しても、おかしくはないのだが。

「おはよう、お祖母さん」

 僕は、素直で良い子な孫の如き笑顔を祖母に向ける。

 夫を失い、丁度、話し相手が欲しかった時に、突然、孫がやって来て喜んでいる老婆の気持ちを汲んだかのような笑顔。

 たとえ、それが嘘っぱちの、精巧な作り笑いであっても、孫の笑顔というものは嬉しいものらしいから。

「今日の朝ご飯は、凛ちゃんの好きな卵焼きよ」

「わー、ありがとう」

 別に卵焼きが好きという訳ではない。そもそも僕に好きな食べ物などというものはなかった。けれども、僕は可愛い孫を演じるため、笑う。


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