邂逅

 光の柱に足を踏み入れた俺は浮遊感に包まれた。ゲートと言うからには光の先に大きな扉があってそれを潜るのかと思っていたがそんなことはなかった。

 

 例えるならば階段から足を踏み外した感覚だろうか。視界が光に包まれ落ちていく。

 しかしそれはほんの一瞬の出来事だった。

 視界を覆っていた光はすぐに晴れた。気がつくとそこは神殿のような場所だった。

 

 建築様式とかには詳しくないが、石造りの神殿だった。

 部屋の中心にある周りより一段高くなっている場所が祭壇だろうか。

 地面には巨大な魔術式がびっしりと書かれていてる。

 そこに俺は、俺たちは居た。


「……え?」


 隣から震えた声が聞こえた。そこにはひと足先に召喚されていたサナがペタンと座っている。現れた俺を見て瞳が揺れていた。


「……レ……イ?」

「久しぶり。サナ」


 俺はなるべく優しい声音を心掛けて言った。サナは召喚された直後だ。俺とは違い何の事情も知らない。ここが異世界だと言うことももちろん知らない。だから安心させてやりたかった。

 

 サナの目が潤み、涙が溢れる。そしておもむろに立ち上がると飛びついてきた。俺はしっかりと抱き止める。

 バケモノの肉片を取り込んだことにより、肉体は前とは比べほどにならないほど成長している。

 自分ごと倒れるなんてヘマはしない。


「今まで連絡しなくてごめん」

「ホントだよ! レイのばかぁぁぁあああ!!!」


 サナの叫びが神殿内にこだました。俺は落ち着かせようと背中をさする。


「なんでいなくなっちゃったの!? 私……! 私……! 本当に死んじゃったんじゃないかって! 最後にお見舞い行ったときあんな痩せちゃってたし! クマも凄かったし! ていうかここどこ!? わけわかんない!」

「俺が全部説明する。だからまずは落ち着いて?」


 完全に混乱している。だから俺はサナが落ち着くまで背中をさすり続けた。


 しばらくすると地面の魔術式が輝き、また人が現れた。


「わるい。ちょっと遅れた……って感動の再会か?」


 茶化したように言うカナタにサナが目をぱちくりとさせた。すぐに自分がしていた行動に気がつくと顔を真っ赤にして俺から離れた。


「なんでカナタまでいんの!?」

「まあ俺もよくわかってないんだけどな。レイ。任せていいか?」

「ああ」


 そう言って俺は祭壇の下に居た召喚者に向き直る。そこには三人の人間がいた。

 簡単に言うと騎士と神官と姫だろうか。


 騎士は頑丈そうな鎧を身に付け、腰に剣を差している大柄の男だ。立ち姿から強者であると一目でわかる。だけど俺やカナタには及ばない。


 神官は金の刺繍が施された純白の法衣を纏った女性だった。手には巨大な宝石が付いた杖を持っている。

 

 そして姫。その子の事を俺は知っている。

 もちろん実際には会ったことはない。話で聞いただけだ。


 輝く銀髪にキメ細かい雪原のように真っ白な肌。それに加えて人形のような美しさ。

 瞳は陽光を反射して輝く澄んだ海のようだ。

 

 とてもよく似ている。違いと言えば少し幼さが残っているところだろうか。だがそれすらもこの子が持つ可愛さへと昇華している。

 

 彼女からその存在を聞いていなければ間違えていたかもしれないと思うほどに。


『アイリス第二王女ですか?』


 俺の言葉にアイリス王女が目を大きく見開いた。


『いかにも私はアイリス=ラ=グランゼルです。その言葉、貴女はチキュウの人間ではないのですか? それに何故、私の名前を……』


 声もとてもよく似ていた。久しぶりにラナの面影が見えて頬が綻ぶ。


『アイリス王女。勇者に説明は?』

『こちらの都合で呼び出した事を謝罪したところです。説明はまだ……。あの……お二人も巻き込まれたのですか?』


 アイリス王女の瞳は不安に揺れていた。

 勇者召喚は罪深い魔術だ。状況だけ見るならば人間を拉致しているとも捉えられる。


 アイリス王女はラナの妹だ。聡明で心優しい彼女の妹ならば状況を正しく理解し、心を痛めているはずだ。

 しかもそれに巻き込んでしまった人間がいたとなれば尚更だ。


 アイリス王女が頭を下げようとしたので俺は手を挙げて止めた。

 自分から巻き込まれたのだ。謝られるのは筋違いも甚だしい。


『謝罪は大丈夫です。俺はこちらの世界に来るために勇者召喚を利用したに過ぎないですから。こいつも勝手についてきただけですし』

『そうですか』


 アイリス王女は胸に手を当ててほっと息を吐いた。顔に安堵の色が浮かぶ。


『では貴方の目的を伺ってもよろしいでしょうか? それはわたくしの名前をご存知なのと関係が?』

『関係あります。一応確認ですがここはグランゼル王国で間違いないですか?』


 アイリス王女が頷く。

 

 状況は最高だと言えるだろう。もし帝国に召喚されようものならその場で暴れていた自信がある。

 けど召喚者はラナの妹だ。であれば協力して貰える可能性が高い。


『なら結論から。俺の目的はラナを救う事です』


 俺の言葉にアイリス王女が目を皿のようにして驚いていた。

 騎士が前に出て剣を抜き放つ。神官も杖を向けてきた。その杖には膨大な魔力が渦巻いている。


『貴様何者だ!? なぜラナ様のことを知っている!』


 騎士が声に怒気を孕ませながら吼える。

 

 ……まあ当然の反応だな。


 なにしろ勇者召喚に介入してきた挙句、自分達のことも知っていて尚且つこの世界の言葉を話す人間。それに加えて誘拐された第一王女のことを知っている。

 どこからどう見ても理解不能な存在だ。彼等の混乱は察して余りある。


 騎士に反応して刀を構えたカナタを俺は手で制する。


「大丈夫だ。敵対だけはしないでくれ」

「任せていいんだよな?」

「ああ」


 カナタは武器を消すと完全に警戒を解いた。

 武器を持った仮想敵を相手に完全に警戒を解く。簡単にできることではない。それはひとえに俺への信頼だ。

 だから俺は応えなくてはならない。


『まず、俺は貴女たちに敵対する意志はない。それでも信用できないのならば拘束してくれても構いません』

『いえ。それには及びません。しかしなぜお姉様を知っているのですか?』

『話せば長くなりますが構わないですか?』

『……では場所を移しましょう。その前に一つだけ質問させてください』

『なんなりと』

『貴方はグランゼル王国の味方ですか?』


 その問いに俺はしっかりと首を横に振る。その瞬間、騎士と神官が臨戦態勢に入る。騎士は殺気を丸出しにし、神官は杖の先に魔術式を記述した。

 それでも俺とカナタは動かなかった。

 警戒を解いていてもこのぐらいは脅威でもなんでもない。


『やめなさい! 無抵抗の人間を攻撃することは許しません!』

『『……失礼しました』』


 騎士と神官が不服そうに武器を下ろし、アイリス王女の背後へと下がる。


『申し訳ございません。部下が失礼を』

『いや構いません。俺もこれだけははっきりとさせておきたいですし』

『では……』

『俺はグランゼル王国の味方ではありません。あくまでラナ個人の味方です。たとえこの国が戦火に包まれようとも俺はラナを最優先に考える。……まあでもラナが愛している国だから最善は尽くしますが』


 俺の言葉にアイリス王女が初めて顔を綻ばせた。


『それが聞ければ十分です』


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