【伝わらなかったを選択】美夜子に分岐:
美夜子ルート①:けほけほ ヤミちゃん
「けほっけほっ」
ぼーっとした頭で薄暗い和室の天井を見上げながら、美夜子は咳き込んだ。
真昼間から布団で寝ているのは時に背徳的な喜びとなりえるが、それが口に体温計を咥えた状態となればしんどさしかない。
「…………三十八度」
耳などにあてて一瞬で計れる体温計がある今時に、口で計る体温計なんて使っている家がいくつあるのか。
(ほんと、あっちもこっちも古い家ね)
心の中で小さな悪態を吐きながら、美夜子は体温計を持っていた手をへなへなと布団に落とした。大きくて広い家屋には彼女以外の人の気配は感じられない。両親は仕事に出ているし、お手伝いさんもいない。普段なら居るであろう祖母は、元々あった外せない用事で出かけてしまっている。
『病人はおとなしく看病されときな。なに? 自分の部屋には入って欲しくない? ああもう、それなら客室におゆき!』
『いいかい、美夜子ちゃん。なるべく早く帰ってくるからおとなしく寝てるんだよ? 必要な物は近くに置いておくからね』
割と病気に無縁で過ごしてきた美夜子が風邪を引いたとあって、いつもしかめっ面(に見える)の祖母が心配を顔に出していたのは珍しい。危うく空也まみれのマイルームが暴かれるところだったので、そこだけは死守するハメになったが。
懇意にしている医者を急に呼び出したぐらいなのだから、相当気にかけてくれているのがわかる。
「……お父さんとお母さんは至っていつもどおりなのにね」
美夜子は別に悲しいわけではない。父と母が娘を酷くないがしろにしているわけでもなく、親子関係が荒んでいることもない。
仮に両親が仕事に行かず家に残って美夜子を看病しようとした日には、むしろ美夜子の心は休まらないだろう。
『風邪を引いたぐらいで大げさよ。家に居たって私が治るわけじゃないのだから、仕事に行った方がずっと有意義じゃない』
もしかしなくとも、そんな憎まれ口を叩いてしまったかもしれない。
『うつっちゃうとアレだから』『でも、ありがとう』と、思っても素直に言えないのが闇属性の茅実 美夜子という娘である。
しかも風邪の原因が原因だ。
「運悪く大雨にあたってしまった」と真でも嘘でもない説明はしたものの、まさか気になる相手に付き纏おうとしたらライバルの告白現場にショックを受けて――などと家族に言えるはずもない。
乙女には秘密が多い物だが、今回のは家族に言えない理由ランキングの中でも相当な上位だ。ベストテン入りも難しくはないだろう。
「……はぁ~……けほけほ」
喉は痛いし鼻水で鼻はつまる。総じて呼吸はしにくい上に、体温は高いはずなのに身体は震えそう。だるい身体はお昼になっても食欲がわかず、ひとまず飲み物で渇いた喉を潤しつつ薬を飲むぐらい。
「しんどいわね……」
身体もそうだが、精神が。
クゥちゃんエネルギー(仮称)が全然足りないと美夜子は自覚していた。ただ、あんな場面を見てしまった手前、どう接すればいいかとも悩んでしまう。空也はもちろん、佳鈴とも。
「風邪が治ったあとに、クゥちゃんとあの女の雰囲気が変わってたら……」
――やだなぁ。
そんな最悪な気分のまま、闇属性の少女の意識は黒いものへと沈んでいった。
◇◇◇
おやつの時間より後。
気だるげに身体を起こしながら瞼をゆっくりと持ち上げて、美夜子は目覚めた。
外からは多少の雨音が聞こえてくる。
寝ている間に雨が降り始めたようで、長い黒髪が湿気によってうねうねだ。
(あれ……私、電気を点けながら寝た?)
薄暗くてちょっとボロい――言い換えるなら畳や襖に障子と味わいのある客室は明るかった。思い出してみれば、少なくとも美夜子には電気を点けた記憶がない。
「誰かが点けたのなら……おばあちゃんかしらね」
時刻的には帰ってきていてもおかしくはない。
美夜子の様子を覗う際に電気を点ける可能性は十分にある。ただ、その祖母の姿は部屋の中にはなかった。
ただ、美夜子の下へ近づいてくる足音がする。少し席を外して、今戻ってきたのかもしれない。
そう考えた美夜子は先に声をかけた。
「おばあちゃん。帰ってきたのなら、私を気にせずゆっくりして。風邪がうつると大変だから何度も病人のいる部屋に入らない方がいい――――」
言い終わらない内に、襖が開く。
そこにいる人物が誰なのかを確認して、美夜子は少なからず固まった。
何故か相手も困惑していた。
「こ、こんにちは、美夜子ちゃん」
なんとか絞り出したような挨拶は、よく知っている男の子のものだった。
「ふぇ?」
佳鈴がその場にいたら「可愛すぎかよ☆」とからかうであろう声が、
重愛なヤンデレの口から零れるレアイベントが発生した。
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