第36話:あたしのヒーロー⑥


「時銘くん……あたしの名前、なんで……」

「なんでもなにも同じ中学校ですし、何度も会った事あるじゃないですか」

「ずっと……話してなかったじゃん?」


 少なくともあたしが高校デビューして以降は一度も。

 それに今みたいなビジュアルになったのも伝えてはいないし、聞かれたこともない。誰か経由で知ってたとか? それなら可能性はなきにしもあらずだけど。


「光笠さんはいつも忙しそうにしてたし」

「だ、だしょー? だから時銘くんとまともに会話する時間もなくてさ、大分疎遠になっちゃったし……てっきりあたしの事なんか忘れてるんだろうなーと」

「忘れる、ですか?」

「ずいぶんとっつきづらくなったんじゃない? 今のあたし、前と全然違うっしょ。だから……」


 以前のあたしの方が、時銘くんの好みだったりしたのかなぁ。

 なんて自分勝手かつ自虐的に少しは思ってたりしたわけですよ。


 そしたらさ、クーちんはこう言ったんだわ。


「確かに違いますね」

「うっ……」


「もっと可愛くなってます。それこそ噂の“女神”みたいじゃないですか」



 ――――――ふっ。

 たらしかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!


 ああ、思い出すだけで顔が赤くなる。

 恐るべしクーちん。正面から堂々とそんな戯言を照れずに言える男の子がどれだけいるん!? いや、いない! 少なくともその辺には絶対いない!!


 しかも何?

 夜の裏路地で? 怖い先輩に絡まれてるところに駆けつけて? 先輩達を適度に引っ掻き回して(ついでに一部ボコった)逃げ出すのに成功し? 二人っきりの公園(ベンチ)で久方ぶりにまともに話したかと思ったら、

『もっと可愛くなってます。それこそ噂の“女神”みたいに』的な台詞を吐く???


 朝の女の子向け番組でもそんなん中々いないっつーーの!!

 もうね、馬鹿でしょ!? 普通にキュンキュンしたわ、あたしも馬鹿じゃね!!(※ただいまヒートアップ中)


 ……とまぁ、今でこそクーちんがそういうヤツだってわかってるけども。

 当時のあたしはまだ耐性がないので、クリティカルヒットしちゃったわけよ。女の子はいつだって夢見る乙女で、いつの時代もそういう風なこと言われたら嬉しくなるもんなの! わかってこの気持ち!!


 つまり何が言いたいかというと、あたしは中学の時だけではなく、高校デビューしたあとも堕とされてしまったわけッ。

 この無垢で無邪気で子供っぽい、だけど本当に助けてほしい時に来てくれる、


 ――このヒーローにさ。


「時銘くんさ……まだ時間ある?」

「大丈夫ですけど?」

「じゃ、じゃあさ……もう少し一緒にいてもらっても、いい?」

「ええ」


 ほんわか気軽に返してくれるクーちんがどんな気持ちなのかはわからないけれど、少なくともあたしは心臓ドキドキ状態だ。乙女ドライブ全力稼働中。高校デビューした結果がこれよ。心の障壁ガバガバにも程があるってーの。


「あの! ちょっとお願いがあるんだけど!」

「はい! なんですか!」


 私の大きな声に合わせたのか、ニコニコクーちんが元気よく返してくる。

 負けじとあたしは更に声をはりあげた。


「あたしと……友達になってくれませんか!!」

「え!? 僕達って友達じゃなかったんですか!?」


 クーちんの仰天顔に「しまった、そうきたか」と心の中でがっくしする。

 でも、気持ちを立て直してあたしは続けた。


「そ、そうだね友達だった! じゃあ改めて仲良しフレンズでよろしくするとして……その、これからは名前で呼んでくれたら嬉しいなって!」

「名前ですか?」

「そそ。そっちの方が仲良し度が上がるっしょ」

「じゃあ……佳鈴さん?」


 ウッ”。

 いけない、心臓にダメージが! 人為的に引き起こされた不整脈じゃないよねコレ! 破壊力たっか!1


「う、うん、それでOK。じゃああたしは……空也く――ううん」


 普通すぎる。せっかくだからあたしだけの呼び名にしたい。

 そう呼べば、彼があたしだってすぐに気付いてくれるような呼び方に。


「クーちん♪ これしかないっしょ!」

「な、なんか可愛いすぎませんかね……? 初めてそう呼ばれたからかなぁ」

「可愛すぎることはないけど可愛いっしょ? はい、じゃあけってーい。これからはガンガン呼んでくからよっろしくね~」

「佳鈴さんもよろしくですよ」


 さっきまでの騒動でまとわりついた重たげな空気を吹き飛ばすように、あたしはしばらくそのまま、あたしのヒーローと笑いあったのだった。


 めでたしめでたし。


 ◇◇◇


 なーんて終われば平和だしハッピーエンドっぽいよねぇ。

 いやまあ、その後の事を考えれば十分すぎる程にハッピーだったんだけども。


 クーちんとはグッと距離が近づいた(当社比)。

 あの日以降からあたしは積極的にクーちんと接することができるようになったのだ。他クラスだろうが周りにからかわれようが知ったこっちゃない。


 それからあたしに絡んできた悪い先輩ズだけど。警察にとっ捕まったり彼氏が寝取られたなんだのの真相が発覚したり(やはり嘘つきはあの中にいた)とそれ相応の天罰が下った+そもそもあたしは関係ないただの被害者なので、向こうから報復だのされる事はなかった。


 ただ、噂というのは怖い物で気づいた時にはあたしは《NTR好きの女神ギャル》と一部で呼ばれ始めていたのよね……がっでむ!


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