うさぎ男子に囚われて

平 遊

うさぎ男子に囚われて

「お~、いたいた!」


 大学のキャンパス内。

 次の講義までの空き時間を読書でもして過ごそうと、人通りの少ない木陰のベンチに座っていると、誰に居場所を聞いてきたのだか、弘二がフラリとやってきた。


「やっぱ、お前と二人で居る時が一番ラクだわ」


 弘二はそんなことを言ってカラリと笑いながら目を閉じ、いつものようにごく自然にあたしの膝の上に頭を預けてくる。


「ちょっと…」

「わりぃ、今日が提出期限のレポート、昨日必死こいて書いてたから、あんま寝てないんだよ。少し寝かせてくれ」

「えぇっ?!ここでっ?!」

「どこだろうが、お前の膝枕さえあれば、オレは秒で爆睡できんだよ」


 それから本当にいくらも立たないうちに、膝の上からは寝息が聞こえてきた。


 こんなとこ、誰かに見られたら誤解されちゃうじゃない!


 そうは思うものの。

 あたしは弘二が好きだから。

 いっそ、誤解されればいい、とも思ってしまったりする。

 だけど、誤解されたところで、弘二はきっとあたしを彼女だなんて認めてくれないだろう。

 あたしだって、女だ。

 好きな男から好かれたいと思うのは、求められたいと思うのは、自然なことだと思う。

 ただ一緒にいるだけで満足できるようなお子様でもあるまいし。

 

 手を繋いで。

 キスを交わして。

 肌を合わせて。


 思う様、弘二に貪られる自分自身を、何度想像したか分からない。


 でも。


 あたしの方から少しでも気のある素振りを見せたとたんに、いつも言うんだ、弘二は。


「オレ、そーゆーつもりじゃねぇからな?」


 って。

 そのくせ、これだもんなぁ。


「全く、暢気な顔して人の膝の上で爆睡しちゃって、さ」


 出会ったときから弘二は、親しさ全開であたしに接してきた。

 もともと人懐っこい性格だから、なのかもしれないけど、女友達も多い中、あたしにだけは特に甘えてくる感じで。

 これで、勘違いするなって言う方が、難しいと思うのよ?

 そうじゃなくたってあたしは、弘二の子供みたいな天真爛漫さといたずらっ子のような笑顔に、心を奪われていたっていうのに。


 あたしに対して全くその気がないなら、構わないでくれればいいのに、気持ちを切り替えて新しい恋に向かおうとしたとたんに、普通に口説いてくるんだから。


「どこ行くんだよ?誰と行くんだよ?お前がいないとオレ、つまんねぇんだよ。まさか相手は髭の生えた友達、じゃねぇよな?」


 とか。


「オレお前の笑い声聞くの、すげー好きなんだ。オレまで楽しくなるし!」


 とか。


「それ以上痩せんなよ?誰がなんて言おうと、今の柔らかさがちょうどなんだからな?オレにとって」


 とか。


 無自覚なのか駆引きなのか全くわからない。

 時に真剣な顔だったり。

 時に自然体だったり。

 時に冗談めかした感じだったりで。

 ほんと、参っちゃう。


 どうせね。

 このまま弘二のこと好きでいたって、弘二があたしの気持ちを受け入れてくれることは無いって、分かってるんだ。

 きっといつか、弘二はあたしじゃない他の誰かと恋に落ちて、あたしから離れて行くんだろうなって。

 あたしはただの繋ぎなんだろうなって。

 いつだって明るくはしゃいでいるように見えるけど、弘二は本当はものすごく寂しん坊の寂しがり屋だから。

 あたしが傍にいないと、寂しくて死んじゃう、うさぎ男子だから。

 そのくせカッコつけだから、あたし以外にはそんな素振りなんて、少しも見せない、捻くれ者。

 だから、みんなは知らないんだ。弘二がこんな、寂しがり屋のうさぎ男子だってこと。

 ひとりになると寂しくて仕方ないから、きっと弘二は何でも言う事きいてあげちゃうあたしの事、引き留め続けているんだろう。

 そんな、あたしの事都合のいい女扱い…ううん、女扱いすらしてくれない弘二のことなんか忘れて、違う人に恋した方が絶対にいいってことも、分かってる。


 分かっては、いるんだけど。それでも。


 あたしはやっぱり、弘二が好きで。

 ただ、いいように使われているだけなのかもしれなくても、この一緒にいられる時間も、実はすごく嬉しくて。

 だって、あたしにだけだから。

 弘二がこんなに、甘えてくるのは。


「…弘二?まだ、寝てる?」


 おそるおそる声を掛けてはみたけれど、返ってきたのは寝息だけ。


 …これくらい、いいよね?

 これくらいは、許してくれるよね?


 静かに少しずつ腕を動かして、そよ風が触れるようにそっと、弘二の髪に触れる。

 弘二はイヤだって言っていたけど、長毛種のウサギ、アンゴラみたいに柔らかいこの髪が、あたしは大好き。

 

 本当は、もっとずっと触っていたい。

 やめろよ、くすぐってーな!ってイヤな顔する弘二の頭をクシャクシャに撫で回してそして。

 そのまま胸にギュッと抱きしめたい。

 

 切ない妄想を必死に打ち消して、またそっと手をもとに戻す。


 これが、あたしの精一杯。

 こんなことしかできないのが、ものすごくもどかしいけど。


 でも、この恋。

 どうしたって、抜け出せない。

 あたしの膝の上で、無防備に寝顔を晒している弘二への想いは、同じ時を過ごせば過ごすほど、苦しいほどに膨れ上がるばかり。


 1番じゃなくてもいい。

 都合のいい女でもいい。

 だからせめて。

 女扱いくらい、してくれないかな。

 たった一度でも構わないから。

 ほんの気まぐれでもいいから。

 あたしに、弘二の熱を感じさせてよ。

 余裕綽々のすかした顔だけじゃなくて。

 子供みたいな弾けるような満面の笑顔だけじゃなくて。

 切羽詰まったような、焦がれるような、熱に浮かされた余裕のない弘二の顔が、見てみたいよ、あたし。


 そんな、叶わない想いを抱えて、きっとあたしは、このままずっと…


「なぁ。今度はオレが膝枕してやろうか?」


 いつの間にか目を覚ましていた弘二が、ニカッと笑ってあたしを見上げる。

 あたしの大好きな、あの、いたずらっ子のような笑顔で。


「たまにはオレも、お前の寝顔が見てみてぇな」


 そう。

 ずっと、この恋から抜け出すことなんて、あたしにはできないのだろう。

 ならばいっそ、自ら嵌まり込んでもがいてみるのも、悪くはないのかもしれない。


 倍速で胸を叩く心臓が、そんな未来をあたしにチラリと見せたような気がした。


【終】

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