第14話 選抜試験 2
顔を上げた途端、花は木藤リオンと視線があった。
やっぱり、あのときの人だ。
そう思った。コンクール会場の舞台袖で、踊りを褒めてくれたダンサー。
あのときよりも、今日はまぶしく威厳があるように見えた。足を組んで椅子に座り、くつろいだ雰囲気で審査をおこなっているというのに、緊張とオーラを発している。
あのときは褒めてくれたけれど、今日は笑われてしまう。
花にはそう思えた。
なぜなら。
花はバッグの中から、赤いトウシューズを出して、右足に履いた。
片足にだけトウシューズを履いて躍るなんて、前代未聞だろう。そんなバカみたいなこと、誰もしない。
花が片方だけのトウシューズで立ち上がると、スタジオ内にざわざわとざわめきが
起こった。
「どういうこと? なんであの人、片方しか履かないの?」
「忘れたんだ。ばっかみたい」
「ウケる」
嘲りの声ばかりだった。小さな子どもの中には、指差してきゃらきゃらと笑う者もいる。
美佐子さんと双子も、声を上げて笑っている。
用意をすませると、花は顎を上げて、ピアノ奏者に顔を向けた。
なぜか、立ち上がってみると、覚悟が決まった。
笑うなら笑えばいい。
練習した成果を披露するだけ。
ただ、それだけ。
うなずいた奏者が、てのひらを鍵盤の上に置く。
音楽が始まった。
花が送ろうとした応募用紙には、キトリのバリエーションと記してあった。難易度が高いのはわかっていたけれど、あえて挑戦してみようと思った。この選抜試験は、自分にとっては最初で最後かもしれない。そう思ったから、難しい踊りを踊ってみたかった。
ところが。
流れてきたのは、ゴージャスなイントロ。
あ、これは。
花は瞬間、息を詰めた。
リラの精だ。伊集院さやかが踊った、ついさっき、完璧に踊ってみせた曲。
花は絶望的な気持ちになった。もう、勝負は決まったも同然だ。伊集院さやかの踊りのすぐあとで、同じ曲を躍るなんて。
見ている誰もが、ついさっき受け取った感動と比べるだろう。
それは、木藤リオンだって、同じはず。
瞬間、身体の動きが鈍ったが、花は踊りだした。花に、フリのわからないバリエーションはない。
高く脚を上げると、スタジオ内が、一瞬静寂に包まれた。
きっと、みんな、伊集院さやかと比べてるんだ。
カッと羞恥心が湧き上がったが、花は動きを止めなかった。
流れてくる音に、もう、身体が反応してしまっている。羞恥心よりも、音に乗る快感が勝る。
右の爪先、赤いトウシューズを履いた爪先で立つパが多かったが、花は左足を強調するように踊った。目には見えない透明なトウシューズを履いているつもりで、丁寧に爪先を伸ばす。
最後のポーズを決める。
ピアノの音が止んだ。
その瞬間、盛大な拍手が湧き上がる。
「すごい、ブラボー! 花ちゃん!」
ベランダの窓越しに、萌の声が聞こえる。
花にはわけがわからなかった。
拍手の音、誰もが花を見て目を輝かせている。
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