第二章 『総大将と第二ラウンドと敗北』

第三十七話

 呆気にとられた信玄。実の娘を総大将にする、その学園長の決断に驚愕していたのだ。

「――アノ人、何考えてんだ……?」

 礼安の性質上、間違いなく皆のために戦うことを優先するだろう。そこに、狙われ襲われる危険性の孕む総大将のジョブ。間違いなく噛み合わない。

「どうしよう……どう動いた方が良いのかな……?」

 困惑する礼安をどうしようか案じていた中、合流したのは透・丙良タッグと院・エヴァタッグの四名。今礼安が置かれている状況を、ざっと説明する信玄であった。三倍速で。

 その結果、帰ってきた四人のレスポンスは、口を開けて呆けていた。うち二名、丙良と透に関しては総ツッコミ状態であった。

「礼安ちゃん、何でそんな重要役職を!?」

「礼安、お前絶対大将なのにバカ凸するだろ!?」

 まだ何もしていないのにこの反応。礼安に重要役職は任せるべきではない共通認識が、仲間内であっても存在するのは何とも悲しい事実である。

 バカ凸、とは。FPSなどのパーティーゲーム内で数人一チームで動いている中、たった一人で敵陣に突っ込む行為のことを、非常に蔑んで言われるスラングである。別名単凸とも表現されるが、余程自分の実力に自信が無い限りタブーとされている。

 怒られた子犬のように委縮し「ごめんなさーい!」と謝罪しつつ、コメディチックにぽろぽろと涙を流す礼安。院と透はどこかその可哀そうな姿に『新しい扉』が開きそうな予感がしつつも、礼安を宥めていた。三タッグの二年次は、現状の情報共有を行った。これまた三倍速で。

 その結果。この一件に『教会』茨城支部が関わっていること。現状の英雄側の損害、そして今までの教会幹部や戦闘員以上の存在が多くいること、それらについて知った。

「――ありがと、慎ちゃん、エヴァっち。だいぶこっち側が人数不利抱えてんのは、大いに理解した。その分戦略考えてみる」

「――気を付けて下さいね、信玄さん。正直……信玄さんよりもヤバいベース能力持ちがいることは確かです。味方内で裏切りも――十分あり得るでしょうね」

 ただでさえフェイクに踊らされた味方は一定数存在。むしろ、礼安たち最強格以外全員と捉えてもいい。真に信じられるのは、ここの面子だけ。

 その旨を礼安たち一年次に伝えようとしていたが、丙良に肩を持たれ止められる。異を唱えようとした信玄であったが、丙良の表情は実に重苦しいものであった。

「……礼安ちゃんだけには絶対に伝えるな。あの子のことだ、絶対にその念力持ちの男に敵討ちをしに行く。あの子のことを、入学前から見てきた僕だからわかる。あの子は……院ちゃんや透ちゃんよりも、誰かを想う力が強い。自分の損害を一切顧みない、実に危ういほどにね」

 先ほど、都市部に向かおうとしていた彼女のことを思い返すと、最もわかりやすい。自分が力及ばない存在だろうと、誰かを助けようと体が動く。真正の英雄気質であるのだが、自分の命を一切顧みないため、まさに狂気的なのだ。

「――礼安さんは、自分以外の誰かに対して、『優しすぎる』んです。そして自分に厳しすぎる。だからこそ、誰かのために戦い続けるんです。今回ばかりは……止めるべきです」

 入学前、入学後から関わってきた二人の、心からの願い。あとは敗北の危険性が非常に高まるため、何より避けるべき行為≪タブー≫であったのだ。

 最も適しているからこそ、最も危うい。精神的に未熟な点も内包しているため、仮に『最悪』の事態に発展してしまったら。最後の砦である学園長が出張る事態も考えられる。

「――わーった、二人とも。礼安っちには絶対に喋らんとく」

「悟られる可能性もあるから、本当に注意してね」

「心配ご無用、今まで大小関わらず嘘はいくらでもついてきた」

 その言葉に込められた意味は、エヴァと丙良は知る由もない。

「――と、言う訳ですわ」「……オッケ」「頑張るよ、私!!」

 一年次三人が集まって何かを話していたが、信玄が近づくと途端に話をぶつ切りに。

「あー……ディープなガールズトークでもしてた??」

「まあ……そんなところですわ」

 院も透も、礼安同様嘘をつく顔が非常に下手糞。三人してまともに口笛は吹けていない上に、汗が滝のよう。全員端正な顔立ちをしているのにも拘らず、ひょっとこのような顔立ちに変貌。仲良しで何よりである。

「そうそう、まあ深くは追及しないわ。俺っち花園に男引き連れて、そこ踏み荒らす真似したかないし。百合の間に挟まったり、『ご無沙汰』な人妻寝取る間男ってマジで大ッ嫌いでね」

 何を語っているか全く理解できていない無知な礼安と、睨みつけつつ若干顔が赤くなる院と透の二人。

「じゃあ、ここの六人だけの作戦会議を始めようか。信じられる面子だけ、でね」


 事実上の四面楚歌状態。英雄チームの他タッグの殆どは、一度フェイクニュースに踊らされたため信じられない、裏切り者と見ていいだろう。無論信じられない。それらを情報や力で言い聞かせるように、茨城支部が頂点に鎮座する。問答無用の敵であることに変わりなく、ポイント奪取のために動いてもいい。

 しかし、ここで一つの疑問が生じる。確かにここにいる面子が信頼できるとはいえ、その証明が必要であるだろう。

「だから……『これ』をデバイスにインストールしてもらう」

 その場の六人全員にインストールされたのは、信玄自身が開発した自作のアプリ。とはいっても、流通しているものと比べたら非常にお粗末なもの。

「どういうものかってのは、ここでは言わないよ。ワンチャン盗聴されている可能性もあるからねん」

礼安がそのアプリを何も語らず開くと、丙良の変顔が映し出されていた。他面子も同様に開くと、同じ丙良の変顔が映し出される。丙良を除き失笑していた。

「どこで撮ったのこれ!?」

「え、数日前寮の窓から映った慎ちゃんの顔を、ちょちょーっと加工させてもらったやつ」

「――――後で覚えてろよ?」

「悪いねえ、俺っち記憶力悪ィんだ。あ、俺っちもうどこで撮ったか忘れた!」

「撮ったって白状したな今!?」

 苦情があったとしても、口頭でその顔の特徴を伝えるのは少々難しい。しかも考えは理に適っているため、丙良はそれ以上苦情を述べることはしなかった。それにそれぞれ加工した本人以外、知る由もない加工された表情が写っているため、紙幣に施された偽造防止技術に似たようなものと同義。デバイスを近づけたら一致率が自動的に映るため、偽造手段をとことん潰していく。

「もし本人か疑わしかったら、真っ先に確認作業ね。もし確認できない、その他もろもろの事情があったら……『秘密の質問』を投げな」

「まるで、SNSのパスワード忘れたときみたいだね、森ししょー」

「それ言わないお約束ね?」

 紙に記された文言をしっかり覚え、静かに頷きそれ以上は何も語らない一行。

「――じゃあ、英雄サイド側の仮設休憩所に行こうか」



 デバイスにそれぞれ、戦闘時以外の休息をとる場として設けられたのは、一つの区を丸々利用した仮設休憩所。お互い、その場所は明かされていない。英雄サイドの仮説休憩所が設けられた場所は大田区全体である。

 仮想フィールドのため、区をまたぐ境目全域に、現実にはあり得ないほどのメカニカルな城壁が聳え立つ。扉の傍には、監視カメラとそれに付随する形でご立派なガトリングガンが備え付けられている。

それに城壁と城門は、並大抵の火力が高い攻撃だろうと簡単には壊れないようになっている。一番の馬鹿力である学園長だったら……壊れる。

 デバイスを認証し、硬い城門がゆっくりと開く。その間も銃口とカメラはこちらを向いている。エヴァは酷く気分が悪そうであった。

「……エヴァちゃん、大丈夫?」

「――心配ご無用です……ありがとうございます礼安女神」

 女神と呼ばれ、口角が緩みまんざらでもない表情だった礼安。その間も扉を開くのを待つばかり。

「――大分ゆっくりだね?」

「まあそこんところもアノ人考えてんでしょ。大凡五分くらい、ってところか。その間に英雄以外か無理やりこっち側の人間が入り込もうもんなら、扉脇のご立派なもので門番直々におしおき、って流れだろうねん。俺っちが築城した人間ならそうする」

 ようやく開ききったのは、きっかり五分後。最強格六人が、特権など何もなしにようやく壁の向こう側に入り込めた。

 壁の向こう側では、無人の大田区の街並みに、英雄の卵たちの営みが広がっていた。礼安たちの来訪を見やるも、特にこれと言ったアクションはしない。裏切るにもタイミングがあるのか、実に挙動不審な人物ばかり。

 そんな英雄の卵たちに肝を冷やしながらも、礼安たちは割り振られた休憩施設の方へ向かうのだった。

 大田区は、旧大森区と旧蒲田区が、昭和二十二年に合併し誕生した区である。日本有数の高級住宅地である田園調布、山王に代表される住宅都市の一面や、東部の臨海部や多摩区沿いは、京浜工業地帯に含まれる工業都市であり、町企業が集積する日本を代表する中小企業の街である。

 故に、現在生存している英雄や武器たちにとっては、非常に居心地のいい場所そのもの。

 礼安たち六人をはじめとして、皆にあてがわれたのは、当然と言わんばかりの田園調布の高級住宅。ただし、エリア急造でそこまで数は用意できなかったのか、三から四タッグで一棟、といった具合で用意された。

 礼安たちが家に足を踏み入れたと同時に、二年次三人は部屋中を索敵。信玄は超聴覚、丙良は振動≪ソナー≫、エヴァは電気信号。盗聴器の類もケアできる、有力な布陣である。

 結果、何も仕掛けられていないことが判明したため、二年次三人は静かに笑んで頷いた。それぞれが、しっかりと羽を伸ばせる完全空間と相成った。

「あーようやく休憩できる……割かしぶっ通しで礼安っちと一緒に走りこんだから……とにかく風呂入りてェ……」

「奇遇だね、僕もだよ……」

 疲労が目に見えていた丙良達と打って変わって、女子四人は部屋決めで楽しそうに騒いでいた。

「私この部屋がいい! 一緒の部屋になりたい人ー!」

「礼安のお世話は私しかできませんの!」「……俺が立候補しようかな。ガキンチョたちも世話してきたしよ」「不肖ながら私エヴァが立候補させていただきます!!」

 まさに、百合の花園。色んな騒動があった中でも、凛々しく咲き誇っている。いつしか、暗い表情だったエヴァの表情は、武器を目の前にした『いつも』のように、明るくなっていた。

「じじ臭い感じになっちゃうけど……女子同士楽しそうでいいねェ。学園長の思惑もあっただろうが……俺と組むことになっちまって申し訳ねえなァ」

「――多分、礼安さんが軸となって盛り上げているんだろうね。先ほどのエヴァさんの表情や雰囲気を、無意識に感じ取った結果だと思うよ」

「――なに、礼安っちってエスパーかなんかの類?? あの子ベース『雷』よな??」

「ある意味ね。男同士、裸の付き合い中にでも、信玄にさっくり話しておくよ」

 女子四人が楽しそうに部屋決めを行っていたため、四人に許可を取って男二人きりの相風呂の時間が生まれることとなった。


 風呂場は、実に広い。しかも、これが男湯女湯と、二つに増設されているのが末恐ろしい。ただ、急造した結果なのか、壁が些か薄め。ある程度割り切るとして、それ以上に誇れる部分が存在する。いくら男二人が使うとはいえ、圧倒的に余分なスペースが生まれるほどに広い。噴射する水の形がいくつも変わるシャワー四つ、人が四人入ったとしても余裕が生まれるほどの浴槽、清潔感溢れる白一色の風呂場であった。裏を返せば、生活感ゼロである。

「――お、慎ちゃん……久々に全身見たけど結構筋肉鍛えた? 大分ごつくなったな」

「まあね、最近鍛えざるを得ない状況が立て続いててね……信玄も相変わらずだね」

 なぜかその丙良の発言にムッとしつつも、二人仲良く一糸まとわぬ全裸になった。その後二人して腰にタオルをずり落ちないよう巻く。お互いメディア露出もしている身なため、この立ち居振る舞いがスタンダードとなっていた。

 あらかじめ浴槽には湯を貯めておいたため、準備は万全。しかし二人とも選んだのは、汗をかいた体をしっかり労わることであった。

 椅子を横に並べ、シャワーを流しながらシャンプーを頭で乱暴に泡立てる。

「――そいやさ。さっき言ってたけど……礼安っちって本当にエスパーかなんか? 感情一つでそのために動けるとか……俺っちもある程度表情から読めはするけど……あそこまでじゃあねぇよ?」

「……まあ、これに関しては彼女の過去に起因するんだ」

 頭が疑似的なアフロ状態になったすぐあと、全てシャワーで洗い流し、二人ともリンスに手をかける。シャワーを止めたため、水滴が落ちる音と二人の息遣い、それに楽しそうに着替える女子陣の声以外聞こえていない。

「――んなプライベートなこと、俺っちに喋っちゃっていいの?」

「礼安ちゃんには『信頼できる人にだけ話していい』とは言われているから……でも他言無用で頼むよ」

 丙良の口から語られるのは、礼安がかつて壮絶なレベルでいじめられていた時のこと。それに母親を早くに亡くしていること。未だ痛々しい傷跡が残る中で、それでも尚一般人の平和を守るために、『最高の英雄≪ヒーロー≫』となるため邁進していること。

「――だからこそ、あの子は人の心の内が読み取れる。第六感のようなもので、ぼんやりと感情が色で読み取れるようなものだけどね」

 一通り聞き終わった信玄の表情は、怒りに満ちていた。目が座り、自分のことでもないのに歯を食いしばっていた。

「何で、そこまでして……クズのために命を張るなんて選択ができるんだよ。人として出来過ぎて逆に薄気味悪いぜ、全くよ」

「……彼女の心の芯にあるのは、大好きなお母さんからの教えを忠実に守る『義の心』が備わっているんだ。亡くなったお母さんの教え、そして当時は英雄として活動していたお父さん……不破学園長の後姿を見て来たからこそだろうね」

 勇敢な父と、誠実な母。両親の教えを無駄にしないための、自分を顧みない行動の数々である。

「――それに。入学前から関わっている僕だからわかるけど……あの子、誰かの笑顔が心の底から好きなんだろうね。プライスレスなものに心惹かれるのか、欲の根源にまつわる、詳しいことはよく分からないけどね」

「だからこその、エヴァっちへのあの対応か――」

 暗い表情を見せた彼女への、精一杯の優しさ。なるべく多くの人が笑っていられる、そんな世界こそが、彼女の望みなのかもしれない。

 故の、遠くの方で聞こえる声が、彼女が現在進行形で楽しませている証なのかもしれない。

(わぁ、すっごいおっぱい大きいねエヴァちゃん! 私も結構あるって言われているっぽいけど、負けちゃうよ! すっごいえっちだよ!)

(ああ礼安さん!! 駄目ですそのどたぷんダイナマイトバディは!! まさにボンキュッボンを人間で表すならまさにこれですよ!! 不肖エヴァ・クリストフ十六歳、同性の一糸まとわぬ美しすぎる裸で鼻血出ます!!)

(ここで鼻血出さないでくださいましエヴァ先輩!! 礼安の体に虜にならず私の体で我慢してくださいまし!! 礼安とは違い胸はあまり無いですが!! 礼安の体のお世話は私の役目ですの!!)

(ああいけません院さん!! 院さんも礼安さんに引けを取らないほどの、均整の取れたナイスバディ!! 皆して私を興奮させて『ナニ』させるつもりですか!? 貧血になりますよ私!?)

(――俺、自信あるの筋肉くらいか……?)

(んなわけありませんよ透さん!! 海外モデルのような、無駄のない体脂肪率低めのスレンダーボディ、最高じゃあないですか!! 私筋肉女子に目覚めてしまいそうですハイ今目覚めました!!)

 実に模範的破廉恥シチュエーション。よくアニメやゲームで聞こえてくるような、女風呂から聞こえてくる声。先ほどまで、真剣な話をしていたのにも拘らず、二人して悶々とした空気に。

「――よお、慎ちゃん。俺っち……体洗うって工程が残っているわけだが……その後数分くらい椅子から立ち上がれなさそうなんだけど」

「――奇遇だね、こんな模範的なシチュエーションに、僕が実際に立ち会うことになるとは思えなくて……何だか向こうから聞こえる声が、結構艶っぽい雰囲気になってきたってのも相まって……僕も十分くらい立ち上がれなさそうだよ、仲良しだね」

 丙良の言う通り、先ほどまで修学旅行の女風呂のような楽しそうな声しか聞こえなかったのにも拘らず、今聞こえてくるのは先ほどよりも、多種多様な『色』に満ちた声ばかり。思ったよりも、風呂同士の壁が薄いことを認識した瞬間であった。

((――後で一人きりになれる場所に行くか……))

 静かに体を洗いながら、入学時からの仲である二人の思考が、完全一致した瞬間であった。

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