『お人よしヒーロー、勝気少女と邂逅する。』 プロローグ
第十四話
入学式、事実上三日目の夕方。
普通、入学式はそんなにどんちゃん騒ぎするような行事ではない。行われた場所にもよるが。しかし、今年の英雄学園東京本校の入学式は一味違う。
そこらじゅうで飲めや歌えやのお祭りムード。無論、この学園都市にいるのは学生が九割のため、お酒はNG。大人は個人スペースで嗜む程度。しかし、熱気は連絡橋を挟んでいても東京まで伝わるほど。
その熱気の理由は、今まさに校内を歩く、お人よしとお嬢様な女子二人。
「……しかし、お父様が当日と翌日ここだけ祝日だ、とか宣いましたが……ほとぼりが冷めるであろう平日の三日目までこの熱気は続きますの? 私たちどれだけの影響力持ってますの」
「まあまあ、祝ってくれてるわけだし有難く受け取っとこうよ! 何より、お肉いっぱい食べられるから満足!」
廊下で堂々と歩き食い。漫画でよく見るような骨付き肉を両手に持ち、ふごふご言いながら満喫しているのは、先日あった事件解決の功労者その一、瀧本礼安。そしてその側で呆れかえっているのが功労者その二、真来院。先日大衆の面前で発表された、学園長の実の娘二人である。
そんな二人はなぜ人があまりいない校内を歩いているかというと、学園長直々に召集がかかったためである。別に悪いことをして叱られるわけではない。
肉親に会う、となったら二人とも背筋が伸びるもの。なんせ二人とも入学式を除くと、父親に会う機会がめっぽう無いためである。何なら、礼安に関しては小学生卒業以来である。
院は服装を正し、礼安は両手の肉を一瞬にして胃袋の中に入れる。
「――――コホン、失礼いたししますわお父様」
丁寧に二回ノックを済ませ、学園長室へと入る二人。
学園長室内部は、学園都市を一望できる街側一面の窓ガラス以外、トレジャーハンターも兼任している彼らしい、とても個性の強い部屋であった。
怪しい壺、怪しいカーペット、怪しい槍に、怪しいお面。東西南北、ありとあらゆる世界の部族から譲ってもらったんだか知らないが、間違いなく日本の骨董品店では一つもお目にかかれないレアな怪しいグッズばかり。
怪しさの度合いで言ったら、青木が礼安に売りつけようとした効果の欠片もない壺を累乗したような。少なくとも、こんな部屋で寝泊まりしていたら、変なものに呪われて気が狂いそうになる……かも。正直この部屋でまともなものは、学園長の机と椅子、来客用のテーブルに最高級ソファくらい。
しかしそんな中でも、学園長……もとい、二人の父親の態度は、娘にデレデレな父親そのもの。温度差で風邪をひきそうになる。
「やあやあ未来の英雄である二人とも、待っていたよ! お小遣い足りないかな? 五十万くらい渡そうか??」
実に模範的な親バカっぷり。会えなかった期間を考えると妥当、と思いたくはなるが、金額の桁がまさに富豪。週のお小遣い五十万はやり過ぎである。
「……お父様、お小遣いは十分足りてますの!! こら礼安、お父様の甘やかしをそのまま受けないの!! お父様礼安が可愛すぎるからとはいえさらに五十万上乗せはダメですわ、調子に乗らないでくださいまし!!」
最早どっちが親だか分からない。
一通りほとぼりも冷め、コーヒーを啜る信一郎。ちなみにこのコーヒーもコピ・ルアク。お高い。
「――いやあ、ごめんね院。二人が可愛すぎるがあまり甘やかしちゃうんだなあ、これが」
可愛がられた礼安は、というと、院の横でお茶とお茶菓子を行ったり来たり。さっきうんと肉を頬張っていたのに、胃袋がブラックホールである。
しかし、これほどまでに甘やかすのも、院としてはどこか合点がいってしまう。あれだけ酷い過去があったら、これからの人生を楽にしてあげたいのは親心。限度はあるが。
「んじゃ、戯れもほどほどに、本題に入ろっか。簡単な答え合わせタイムとこれからについて、だね」
淹れたてのコーヒーをグイ、と一気飲みする信一郎。火傷なんてお構いなしのストロングスタイルである。
しかしそれが、彼の仕事のスイッチを入れるルーティンなのである。
「君たちは、正直周りの子たちよりも圧倒的に強い。今回、首席で入学してきたあの子、いるじゃあないか? あの子のおよそ三倍、君たちは強い。なんせそれほどの環境に身を置いていたわけだし。私が丙良君に頼んで正解だったよ、真相を知った後こっ酷く怒られたけどね」
それはそう。まず、学園長直々に育成してくれ、と頼んだ対象はその学園長の娘二人。万が一命を落としたら、なんてことを考慮していない時点で末恐ろしい。
「ま、それはうちの学生を信じているさ。ある程度の実績があって、かつ短期間で強くなるためには丙良くんのピースは不可欠だったさ。あの子自身が強くなるためにも、誇りの娘二人は必須事項だったんだ」
信一郎は懐から一枚の紙を取り出す。一般市民や並の英雄たちには知らされることのない、上流階級の人間から仕入れた情報であった。
日本で著名な予言者が、そう遠くないうちに日本に厄災が訪れる、と予言したのだ。これが大したことない預言者なら、日本の権力者など動きはしない。しかし、この予言者の的中率は驚異の九十%越え。無視するわけにはいかなかったのだ。
「君たち二人に学園長としての私からお願いだ。君たち同級生たちのステップアップのために、適度に先生になってあげてほしいんだ。そう遠くないうちに訪れるとされている、厄災……それに我々英雄が主力となって対抗する、そうして欲しいってお国からのお触れが出たんだ」
あらゆるトラブルやハプニング。それらに耐性のある一般市民ですら、多少なりざわつくほどの緊急事態≪エマージェンシー≫。その話を聞かされた二人は、先ほどまでのふわふわとした空気感など忘れ去り、真剣な表情で聞き入っていた。
「この話は、我々だけの秘密さ。だけど……すでに知っているのは礼安たち以外には丙良君とエヴァ君がいる。もし信頼できる、共に戦えると真に思えた学生には、声をかけてもいいかもね」
ソファからすっくと立ち上がる信一郎。重く考える二人をよそに、いつもの礼安のような笑みを浮かべサムズアップする。
「大丈夫、この作戦には私も同乗する。何も、有望な学生だけで戦わせるなんて、外道な真似はさせない。原初の英雄として、やれることはやるつもりさ」
その笑みは、どこかこの重苦しい空気すらも晴らす、不思議な力があったようで。院の表情に安堵が戻った。
「……丙良先輩がやったようなことを、私たちもやる、ということで相違ないでしょうかお父様」
「何もあそこまでしろ、ってわけじゃあないさ。丙良君がやったことからグレードダウンしたって構わない。皆の支えになってあげてほしいのさ」
ふと礼安の方を見ると、難しい表情のままであった。
「――そういえば礼安、ずっとその顔のままでしてよ。重くとらえましたの……?」
院と信一郎はそれぞれ不安になってしまうが、そんな不安をかき消す礼安の一言。
「……話が難しくって、よく分かんない」
昔のバラエティのようなずっこけをすることになるとは、信一郎も院も思っていなかった。
そんな他人にまだ聞かせることのできない話を、知らずに聞いてしまった存在が、一人。
「――――」
静かに歯を食いしばり、怒りを露わにするその人物。
「ふざけるなよ……あんな奴、認めるもんか……あんな――全てにおいて恵まれた奴に負けてたまるか」
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