第十話

 一つ目の空間、それは熱帯雨林。多くの人類に致命傷を与えうる、毒を持った生物ばかりがこの場に集う、人類の生存にはまず適していない空間。温度も湿度も日本のそれとは雲泥の差。耐性が無い者はダウン必至である。

 この場に送り込まれたのは、≪慈愛の使徒≫クリークとエヴァであった。

「あらあら、まさか英雄でもない子がママのところにやってきましたかぁ……とはいえ、貴女は武器の匠。加減はしませんよ~?」

「全力上等、加減なんてしたら許さないよ」

 しかし、エヴァが手に持つのは、一丁の鍛冶用小槌のみ。対するクリークの持つ武器は、三メートルは優にあろう歪なハンマー。誰がどう見ても、分はクリークにあった。

「でも……その貧相な小槌じゃあどうしようもできないんじゃあないですか? もしかして、一寸法師顔負けの打ち出の小槌か何かですかぁ~?」

「じゃあ逆に聞こうか、正解≪イグザクトリー≫……って言ったらどうする?」

 そう言うと、エヴァは側にあった立派な大木を小槌でこぉん、と力強く叩く。

 すると、まるで触手のように蠢き始め、急速に理を超越した変形を繰り返す。そうして即席で出来上がったものは、巨大な複数の腕。まるで千手観音のように、エヴァの周りを取り囲み、武器と盾、両役出来る布陣が出来上がった。

「何も、武器は剣とか弓矢、槍とかだけが武器じゃあない。人類の進化の過程で、原初たる武器の存在をお忘れかな?」

 無数の腕たちは、クリークに対して臨戦態勢を整える。

「『拳』だよ。あるゲームでは、メリケンサック付けた拳が最強ってのを知ってね。確か、サイコブレイクだったかな? あらゆる重火器よりも一発当たりのダメージが高い、多少のリスクこそ負うけど……いつの時代も、ロマンってのは心躍るよね」

 腕たちに隠れて指示を出し、一斉にクリークへと奇襲を仕掛ける。

 掴み、殴打、手刀、突き、締め、猫騙しによるスタン。

 無数の腕がそれぞれ自立した、意識外からの攻撃。どんな達人でも、一瞬気を取られ、防御に意識を裂かれる。

「代々受け継がれてきたこの小槌、何でも打てば武器に早変わりする最高の鍛冶用小槌。まるで魔法のようだ、って言われることも多々あるよ」

 しかし、クリークは臆することなく前へと駆けだした。力強い踏み込みは、多少ぬかるんだ地面など意に返すことはない。どんな土壌ですら、強固なスタートブロックと変貌する。

 無数の腕をハンマーで、まるでパンをちぎるように易々と突き進んでいく。

 こぉん、こぉんと等間隔で、屈強な大木に小槌を叩き込み続け、新たな腕を生成するも、それらは軽く壊されていく。

 状況を悟ったエヴァは、ありったけの力で大木に小槌を打ち、自分を覆うほどの一層巨大な腕を生成。

「まさか、ママから逃げられるなんて、思ってないですよねぇ」

 圧倒的な馬鹿力により、腕全てを軽く粉砕。歯向かった人間を殺害すべく、その場に巨大なハンマーを振り下ろす。

 まるで雨林全体がシェイクされるような、一瞬ではあるものの疑似的な地震を引き起こす。人ひとりを殺すには過剰すぎる力であったが、自身のリーダーを小ばかにしていた人間は残らず抹殺する意志、強力すぎる洗脳の力によって全力を振るっていたのだ。

 木を破砕したことによる粉塵が巻き上がる。しかしそれを意に返すことなく、ぐりぐりと追い打ちのように力を籠める。

 鳥や動物たちの恐怖に歪んだ鳴き声が、そこらじゅうで響き渡る。その声に耳を澄ませ、恍惚感に浸った。

「はぁ……やっぱり悲鳴は良いものですねぇ、それが庇護する対象の悲鳴であればより最高ですねぇぇッ……!」

 びくびく、と体を震わせて悦に入るクリーク。巨大なハンマーをその場からずるりと引き上げ、多量の血と肉片があることを確認し、元々の端正で整った顔が盛大に崩れるほど、歪んだ笑みを浮かべる。

 遠くで多くの生物が再び営みを始めたことを確認すると、退散の準備を始めた。

 流石に怪人になったとはいえ、わざわざ英雄を殺すためのフィールドを仕上げた。それにより、怪人ですら無事で済まないほどの生物がうようよいる空間に長居はできない。むしろ、自身の死の危険性が高まる。

 満面の笑みで準備を進める中、木の巨大な根に足が突っかかる。

 首を傾げながら、細かいことを気にすることなく脱出地点へ歩を進める。

 しかし、次第に緑生い茂る場所へと向かう。自身が何かしらのアクションを起こし、そこにはぬかるんだ地面しかないはずなのに。

 自分が力強く歩を進めてきた、確かな道であったはずで、道中の物は踏み壊したかハンマーで砕いたかのどちらか。万が一、踏まない場所が生まれたところで、足跡を示し残すように斑になるはず。

 クリークの額から、大粒の汗が流れる。徐々に冷や汗が混じり始める。息が乱れ始め、自身の心の中に立ち込め始める靄。ただひたすらに、気味が悪かった。

 次第に自身の中の靄を晴らすためにも、辺りの木をなぎ倒すように進み始めた。しかし、まるで茨で構成された道を歩くように、徐々に体中に生傷が生まれ始めた。

 思考はもうまともに役割を果たすことは無い。そこら中に毒草や毒をもつ生物から反感を買ったかのようにゆっくりと襲い始めた。

 最初はただ払い除けるのみ、しかしそれでも襲い来る生物たちに怒り、遠慮なしにハンマーを振るい始める。

 生物の血か、それともクリークの血か。

 それは命を殺め続ける本人ですら分からないまま。

「ママに逆らうの……? たかが自然ごときが?? 私の愛を、受けてさっさとおとなしくなりなさい、なれ……なれったら!!」

 だんだんと穏やかな口調が崩壊し、危うい本性が現れ始める。暴力的で、自己中心的。さらに冷酷無情ときたら、もう救えない。

「黙って言うことを聞け!! 私に逆らうなんて愚行はやめろォォォォッ!!!!」

 樹木が、生物が、自然が、母に逆らう。母は強し、なんて言葉があるが、限度はある。

 遠くで、小槌を打つ音がささやかながら聞こえてくる。

 血液が沸騰するほどの憤慨。殺し損ねたことに、目測通り死ななかったことに、自然を味方につけたことに。心の底からの怒号が雨林に響き渡る。

 その声は、もはや新たな獣。言語化など到底できないほどに、歪み切ったエゴの塊が闊歩する。

 遠くから聞こえる、とても微弱な声。しかしその声の主は、完全に獣と化したクリークを嘲笑っていた。

「本ッ当、慢心に呑まれた大馬鹿を小ばかにするの、最高。いつだって、戦いは裏の掻き合いなんだよ」

 そう呟いた瞬間、辺りの木が全て剣や槍、斧などの様々な武器へと変化。一斉にクリークへとなだれ込む。まるで開店したて、安売りが自慢のスーパーに駆け込む主婦群のようであった。

 怒りのエネルギーを感じ取り変貌した両腕にハンマー、ありとあらゆる手段を用いて木でできた武器たちを破砕していく。

 しかし、先ほどと違って限りがないために、押され始め剣や槍に貫かれ始めた。

 徐々に、鮮血が地面に流れていく。しかし加減を知らない大木たちは一向に減る気配を見せない。

 次第に、クリークの中で絶望が芽生え始めていた。あろうことか、馬鹿力を持った英雄でない人間であるはずの存在に、自身が一番嫌っている搦め手で攻め込まれるこの瞬間。

「神よォォォォッ!! 私をお救い下さァァァァイッ!!!!」

 藁にも縋る思い。しかし、そんな横暴かつ自己中心的な信徒を救う神はどこにもいなかった。

 無数の木製武器が、無常にクリークの体を易々と貫いていく。巨大なハンマーを掲げ磔にされた状態となり、戦闘続行不能状態へとなった。

「やあ、神さまの偶像のように、磔になった気分はどうかな?」

 小槌で、椅子のようななだらかな表面へと大木の側を変化させ、そこにどっかりと座り込むエヴァ。その表情は、自分が上と思い込んでいた相手をノックアウトできたことに対する達成感で満ち溢れていた。

「ふざ……けるなァァァァ!! お前のようなァ……世の中を簡単に変えられると驕り高ぶる英雄に力を貸すコバンザメのようなお前の存在が……穀潰しが一ッ番嫌いなんだよ!!」

「へぇ、穀潰しねえ」

 クリークの根拠のない反論を嘲笑すると、エヴァは磔になった彼女を小槌で優しく打つ。

 すると、次第に甘ったるい香りが辺りを包み込みだす。生物たちが、目を血走らせてこちらに近づいてくる。たとえ怪人体とは言え、襲われたらひとたまりではない。この時ばかりは、クリークの容赦のなさと用意周到さを心底自分自身で恨んだ。

「今ね、この木たちのポテンシャルを引き出してあげたんだ。ま、ただそこらじゅうの動物たちが好む香り、味になったって言えば話は早いかな」

 頭から血の気が引いた。それと同時に正常な思考は出来なくなっていた。クリークの中にある強固なプライドが、洗脳によって齎された不屈の心が、まるで細いチョコ菓子を圧し折るかのように折れてしまった。

「たすけて……助けてェェェェェッ!! お願いじます!! 許じでくだざい!! 靴でも何でも舐めます、性奴隷にでも、便器にでもじでいいがらァァッ、この私めを助けでぐだざい!!!!」

 涙や鼻水、汗やら血をこれでもかと垂らし、無様に命乞いするクリーク。己のプライドをかなぐり捨てても、生きたいという原初の願いは捨てられなかったのだ。

 エヴァは迫りくる生物でごった返すこの状況下、クリークの頬に優しく手を差し伸べ、慈愛の籠もった微笑で言い聞かせた。まるで、聖母のように。


「ごめんね、私の大好きな人が助けたいと願った、あのシスターを……完膚なきまで傷つけた、お前のような非情な奴にかける情なんてマクロも無いんだ」


 エヴァひとり、子供が棒きれで遊ぶ時のように、小槌を振り回しながら出口へと辿り着く。最後、華奢な中指を突き立てながら笑顔でこの世界を去っていった。

 ひとり、逃げられない状況下でせめて、ハンマーを振るおうと最後の悪あがきを試みたクリーク。

 しかし、歪なハンマーは誰かの小槌のせいか、ドロドロの鉄となり溶け始めていた。無論、溶けた鉄は融点以上の約千五百度。身を焼かれ、言語化など到底できないほどの断末魔を上げる。

 そして、直立不動のまま終わりを待つばかりのクリーク。最後の最後、潰れた喉で懇願するように助けを求めた。それを最後に、自身の醜い姿を見たくない拒絶反応により、クリークは完全に失神、戦闘不能となった。

 すると、生物たちはなぜかそこに長がいるように後ずさりしていった。首を垂れ、崇めるようにあたりを取り囲む。

 しかし違和感しか残らないのは、その状況であった。溶けた鉄も、肉体に刺さっていたはずの木製武器たちも、初めから何もなかったかのように消え失せていたのだ。

 森の騒ぎも、初めから何もなかったかのように、静かなものであった。動物たちは何事かと様子こそ見ているものの、多少木が叩き壊されていること以外は、多少物騒な、何の変哲もない熱帯雨林である。

 あるのは、ただところどころ出血した、そして間抜けにも白目を剥ききって泡を吹いた、クリークだけである。

「……幻云々を見せる煙玉っての? 軽く作ってみたらこんなに効果があるとは思わなんだなあこれ。日本で言う違法な麻薬ハッパとしての効果あるんじゃあないかな?」

 クリークの側にいたのは、この世界を去ったはずの、呆れ顔のエヴァ。遠巻きに状況を観察していたら、勝手に精神崩壊を起こして自滅したため、獣除けの香りを漂わせ顔をのぞかせたのだ。

 頬を乱雑に掴み、ぐい、と自分の方へ向ける。クリークの顔は、とてもじゃあないがそういった癖の人間以外には目も当てられない。端正な顔が見るも無残な気絶顔と化していたのだ。

「……本当なら、お前を見捨てたかったさ。でも、そうしたら悲しむ人がいる。その人は、私の大切な人。私はあの子を泣かせたくない、だからこうした」

 不本意ながらも、肩を貸すエヴァ。脚だけを引きずる形で世界から運び出す。多くの生物たちは道を譲り、さながら王の道が出来上がる。どこからか間抜けな叫び声が上がり、びくついたものの、その声の主に心当たりがあったために、深く思考することはやめた。

「ま、せいぜい生きて罪を償いな。もし多少性根がまともになってこっち側につくんなら……武器の一本ぐらいなら、タダで見繕ってあげるよ。両親から引き継いだ≪武器の匠≫の名に懸けてね」

 第一回戦、≪慈愛の使徒≫クリークVS≪武器の匠≫エヴァ・クリストフ。勝者はエヴァ、しかも一切の傷がつくことのない、文字通りの圧勝であった。


 二つ目の空間、それは無人の炭鉱場。立入厳禁、お決まりのワードがよく分からない言語で記されている。一番上の層が、鉄骨等で組まれた工事用通路のようになっており、そこから下に向けておよそ十層にもなる、人々が働く炭鉱場フロアが口を開ける。高低差は数百メートル、落下死にご注意である。

 この場に送り込まれてきたのは、≪軽薄の使徒≫ヘリオと丙良だった。

「ヤバ、ウチのところに来たの……仮免許持ったプロの英雄じゃーん。マジめんどいんですけど」

「こっちもだよ。僕の信条に、女性を傷つけるなんてのは無いからね」

 丙良はヘリオを警戒こそするものの、変身するそぶりは一切見せることは無い。

「……なに、アンタウチに対して舐めプってこと? 変身するまでもないなんて、チョームカつくんですけど」

 己の中にある怒りを体現するために、辺りの鉄柵を蹴り飛ばし、思い切りひしゃげさせる。それでも気が晴れないのか、そのひしゃげた柵を易々とちぎり、思い切り丙良に投げつける。

 それでも、一切意に返すことなくロック・バスターを振るい、叩き落とす。それによって自身の背後にあった簡素な鉄の道を壊した。

「ホンットムカつくんですけど、それで覚悟でも示したつもりかよ……『英雄くずれの仲間殺し』がよォ!!」

 そう言うと一瞬で丙良の目の前にまで迫り、思い切り剣となった足で何度も斬りかかる。

 しかし、一切気持ちの波を荒れさせることなく、それらを綺麗に何ら支障のないよう捌いていく。

「ほら! ほらほらほらァ!! ちょっと油断したら最後、アンタ細切れになるよ!!」

 一向に表情は変わらないまま、いたって何事もなく捌き倒す丙良。まるで我慢比べの様相を呈していたが、均衡が崩れたのはヘリオの方であった。

 バランスを崩して、炭鉱場の最下層へと落ちていくヘリオ。それを見過ごすことなく、飛び降りる丙良。目的はもちろん、救い出すため。

 だが、これはヘリオにとって好都合であったのだ。笑みをこぼすヘリオに違和感を抱く丙良、しかしタイミングとしてはとても遅かった。

「くたばれ英雄くずれェ!! あの時と同じように、自分も死ね!!」

 隠し持っていたスイッチを押し、数百、数千にも及ぶ感知式爆弾を起動させる。

 それによって、土や岩、上層の鉄柵など、ありとあらゆるものがなだれ込む。

 自分を弱く見せ、死から庇おうとするエゴを利用し、多量に仕掛けておいた爆薬によって仕掛けを起動させるための布石であったのだ。

「……ったく、そこまでするかよ」

 一瞬青ざめこそしたものの、丙良は手を伸ばしヘリオを掴み、抱きしめながら落下していく。最下層に落下するよりも先に、土石流の餌食になるのが先か、それとも着地したのちに餌食になるか。

 ものの数秒で、炭鉱場は人為的な力によって埋まってしまった。


 しかし、ヘリオのおおよその目論見は霧散する。

 丙良により、数千トンはあろうかという土砂の形を変え、地下に小学校の校庭ほどの広さを持った、飾り気のないドームを形成していたのだ。

「……これから、あくまで仮定の話を喋る。君の発言から十中八九そうだろうが……君はかつて僕の後輩ちゃんを……それこそ、今でいう礼安ちゃんたちほどの子を、僕の目の前で魅了、殺害した奴だろう?」

 座った状態で高らかに笑って見せるヘリオ。それは、暗に肯定の意を示していたのだ。

「……ちょうど一年前。英雄学園に見学に来た中学生二人が失踪する事件があった。その時の先輩方とともに関係者として捜索した……けれど、僕の目の前で先輩もろとも殺された。両足が剣の女怪人に」

 丙良はヘリオに対してロック・バスターの切っ先を向ける。あれだけ温厚であった丙良が、誰にも見せることのなかったほどの冷徹な表情で。

「君のせいで散々な目に遭った。殺された英雄の卵二人の親からはこれでもか、と罵倒されて、世間の『無力な英雄』に対する風当たりは酷くなった。人を守ることすらできない雑魚は表舞台になんぞ出るな、疫病神――とね」

「でもアンタは、新しい女……というか英雄もどき侍らせてたじゃん。結局、アンタは学ばなかった。あれだけあのガキに高説たれて……鏡を見れば、駄目な英雄の姿が映るってのにさ」

 丙良は、目を細めるばかりで何も語らない。それが自分の中で、真実だと悟っていたからだった。自分は、目の前にいたルーキーひとり救えない無力な英雄であり、疫病神。神の権能を少しでも揮えるはずの、ヘラクレスの力を背負いながら救えなかった無能。

 いつだって、彼の中で劣等感は渦を巻く。

「だからこそ、ウチがアンタにあてがわれた。あの時アンタは死ななかったことで苦しんだ。死による救済を、神とウチによる温情で与えてやる、ってわけ」

 丙良は剣と体勢を落とし、喉元に自然と肉薄するヘリオの剣。形成が完全に逆転した。

 戦いの流れを完全に支配していた丙良の没落。それにより新たな非情なるゲームメーカーがあてがわれる。

「うかつに名前覚えて、傷つきづらくするために『後輩ちゃん』なんて言っちゃって。しかもそれすらも……情に負けて名前を呼ぶようになっちゃって。甘いよね、全てにおいてさ。もう一度同じ道を辿るかもしれない、なんて考えなかったわけ? チョーウケる」

 思い切り勢いをつけ、首を撥ねる勢いのまま、振るわれた足による一閃。

(ああ、きっと今までのツケが清算されるんだ)

 諦め半分、覚悟半分。丙良が死の恐怖にさいなまれる中、ふと丙良の脳内によぎるのは、あの時目の前で死んだ、後輩二人の死ぬ間際の笑顔。

(気に病まないでください、これは、俺たちが弱かったからです)

 最後の最後まで、彼らは心から勇敢であった。自分より格上が相手であろうと、民間人を助けるために命を張った行動をとった。

 未曽有の危機に対する傘であり続ける英雄として、彼らのとった行動は何より正しかった。ただ、自分が人より少し臆病なだけであった。同じ行動をとれなかったのは、そこにあった。

 疫病神と罵られたあの日から、丙良は変わった。臆病な部分を包み隠そうと、笑顔であり続けた。飄々とし続けた。誰からも頼られるような、偽りの自分を演じ続けたのだ。

 しかし、丙良の前で、あの時と同じように自分の後輩が戦っていた。実力差は明白、それでも何とか身を挺して一般人を守ろうと、得たばかりの力を有効活用して戦い抜いた。

 その時、丙良は己の心の持ちようを悔いた。英雄志望でありながら、今まで出会った誰よりも英雄らしい立ち居振る舞いをしていた礼安に、羨望の眼差しを向けていた。

 その勇敢な炎を無力なまま消すわけにはいかない。そう思い立って、彼女たちをトレーニングしようと誘ったのだ。

 モードレッドと出会った後も、彼女は変わることなくあの世界で戦い抜いた。より英雄として強靭になって帰ってきた。心に傷を負いながらも、一回りも二回りも成長したのだ。

 そのあと、初めて丙良は『この子たちと強くなる』と決心して、自分が傷を負ってもいいという覚悟のもと、二人を名前で呼ぶことを決めたのだ。

 あの時目の前で死んだ二人の笑顔が、ここ数日で自分の命を張ってもいいと確証を持った二人に変わる。

「……本当、僕は馬鹿な奴だよ」

 その言葉で、剣の動きが止まる。俯く丙良を半笑いで見下すヘリオ。価値を確信していたのだ。相手の心を圧し折り、完全な意味で勝利したのだと。

 しかし、丙良が紡ぎ始めた言葉は、全く持って別の物であった。

「ああそうさ、確かに、あの時は散々だった。何なら、英雄の道を自分で閉ざそうとも考えたさ。でも……何だかんだ生きていればいいこともあるもんだ、と今は純粋な気持ちで思えるよ」

「……何なの、いきなり。今までダウナーだったくせに、やけくそにでもなった?」

「かもね」

 そう言うと、まるで磁力によって引き寄せられるように、ロック・バスターを力強く掴み、ヘリオをはるか後方へ弾き飛ばす。

「――死ぬかも、ってなった時、あの二人がよぎったんだ。またあの時のように、自分が弱かったから、なんて笑って見せて。本当は心底怖かっただろうに、少しでも英雄であろうとした二人。なんて僕は情けないんだ、って思ったよ」

「だから? ……話が見えないんだけど」

 ロック・バスターを地面に突き立て、懐に忍ばせたヘラクレスのライセンスを取り出す丙良。

「だから、あの時の清算をしよう。今天国にいるであろう、あの子たちの本懐も遂げさせてあげたい。じゃあないと、現在事実上の弟子である二人と、この武器を仕立ててくれたどこぞの匠に……どやされちゃうかもしれないからね」

 ライセンスを認証し、装填する。今までの憂いを吹き飛ばすほど、明朗快活な彼らしく、その表情は爽やかであった。

「僕の尊敬していた、あの時亡くなった先輩の口癖、また使わせてもらいます」

 あの後輩のようにニッとまるで楽しそうに笑って、ヘリオに面と向かう。

「英雄の時間≪ヒーロータイム≫と、洒落込もうか」

「アンタの……その自信満々の鼻っ柱……圧し折ってやるよ!!」

 ロック・バスターの取っ手を、思い切りバイクのアクセルの要領で豪快に何回か捻る。辺りの地面が流動し、まるで虫の繭のように丙良を包み込む。

「変……身ッ!」

 凝固した土の繭を、ロック・バスターで粉砕する。その余波は、不意打ちを仕掛けようとするヘリオが派手に弾き飛ばされるほど。

 あたりの土や岩の破片が引き寄せられるように丙良を覆い、見る見るうちに強固な装甲へと早変わり。あの時よりも、より頑強な鎧であった。

「覚悟も決めたことだ、長い戦いはオーディエンスも冷えるだろう? 早々にケリをつけよう」

「知った口を利くなし!!」

 丙良は大剣であるはずのロック・バスター中央のもう一つの取っ手を持ち、その取っ手を先ほどの要領で捻る。すると、少し小ぶりな片刃の剣が新しく現れたのだ。巨大な剣と、少し小ぶりの剣。丙良の本当の武器は、二刀流であったのだ。

 小ぶりな方はロック、もう一つの巨大な剣はバスター。

 その姿は、ギリシャの英雄ではなく、まるで二刀流の名手、宮本武蔵のようであった。

「あの時は扱いが慣れてなくてね。今ならある程度慣らしている……二刀流対決と行こう」

 ヘリオの攻撃にロックで合わせ、バスターで弾く。攻守を兼ね備えた一対の剣に、死角は無いに等しい。

 怒りに任せ振るう剣と、それを諫める穏やかに振るわれる剣。最上層での戦いの再来であった。

 徐々に、ペースを握られていることに対しての苛立ちを隠さなくなったヘリオ。

「クッソ……ムカつくんですけど!!」

「お褒めいただきどうも、少しは上達したろう? 僕の剣も」

 爽やかな雰囲気の中にある、飄々とした笑み。今の丙良にとって、精神動揺が無い限り赤子の手をひねる様なものであった。

 よろけた一瞬の隙を突いた、腹部への一撃。後方へ吹っ飛び、なすすべなく転がるヘリオ。

 ロックとバスター、それぞれ刃と呼べるほどの物はない。全てが衝撃や打撃といったものであるため、臓腑が漏れ出る……なんてことは無い。斬撃をあまり好まない彼だからこそ、仕上がったものである。

「良かったね、僕が相手を斬ることが苦手で。ただその分、打ち据える痛みはかなりのものだから覚悟しておいて」

 悔しさによっての叫びをあげながら、丙良に無策で突進するヘリオ。

しかし、まるで芸能人が取り巻きを軽くあしらうように、肺と足を打つ、二刀の一撃。

 呼吸を絶たれパニックになったヘリオを見逃すことなく、バスターにて宙へかちあげる。

「そろそろ、フィナーレだ」

 それぞれのグリップを三度捻ると、剣からは雄々しい声と共に魔力が渦巻きだし、辺りの土がまるで生き物のように蠢き始める。

『超必殺承認!!』

「先輩二人、殺された後輩ちゃん二人……一緒に、行くよ!!」

 思い切り地を踏みしめ、勢いのままに高く飛び上がる。

「クッソ……クソがよォォォォッ!!」

 胸部、顔面、背面、両足、両腕。全てを一対の剣で打ち、二つの剣を逆手に持ち替える。

「これが……あの先輩から教わった技――――」

 ありったけのFワードをぶちまけるヘリオを嘲笑うかのように、最後の二撃が、腹部に突き刺さる。

「一裁合砕≪いっさいがっさい≫!!!!」

 そのとどめの二撃によって、ドライバーや怪人としての装甲、その他諸々が完全に破壊され、人間としての姿を取り戻す。

「……やったよ、借り、返せたよ」

 自分の中でのひとつの区切りをつけられたことに対する安堵の感情は、計り知れなかった。


 あれだけ打ち据えられたために、完全に瀕死の状態となったヘリオ。それを変身解除し、見下ろす丙良。

 助ける義理など、さらさらない。ただ脳裏に浮かぶのは、あの敵すら生きていてほしいと願う、究極のお人よしの後輩。自分の与り知らないところで、死んでいたなんて知ったら、きっと落胆する。

 そう考えたら、取れる行動は一つであった。

「これ……本当に使いたくないんだけどなあ……!!」

 そのライセンスの名は、『黄金の林檎争奪戦!』。ここで使うことになるなんて、夢にも思っていなかった丙良。これに対する覚悟なんて決まっているわけはない。

 嫌々ロック・バスターに認証、装填しグリップを捻る。そしてヘリオの胸部に手を置いて、じっとする。

 すると、見る見るうちに傷ついた肉体が元通りに修復されていく。何なら、元以上につやつや肌になっていく。

 しかし、一方は全く持って無事ではない。言語化できないほど間抜けな叫び声を上げながら、見る見るうちにゲッソリしていき、爽やかな見た目から一転、不健康そうな見た目へと変わってしまった。

「……これ、僕の中にある生命のエネルギーを……そのまま産地直送で送るからね……どれだけ鍛えようと……使われるのは精力だからね……限度があるっつーの……賢者タイム通り越した何かだよ今……」

 力がやせ細りながらも、運ぶ丙良。肩を貸すような体勢ではあるが、どちらかというと肩を貸されているように見えるものの、やっとの思いで出口へとたどり着く。

「……これもう二度と使わないからな!!!!」

 半泣きで宙に叫ぶ丙良。そんなことはつゆ知らず、艶々テカテカの肌で気持ちよさそうに涎を垂らしながら眠りについているヘリオ。

(前回嫌々使った時よりも……何でかへとへとだ……体力落ちたか……僕)

 これにより、第二回戦、≪軽薄の使徒≫ヘリオVS≪質実剛健な超新星≫丙良慎介。勝者は丙良、こちらは戦いによる傷こそついていないものの、別角度から信じられないほどのダメージ(?)を負って決着がついた。

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