第37話「この魔法、最強」です
橙色の輝きが、ここに二つ。
塊から伸びる蛇の頭部は、明らかに動揺していた。
無理もない。逃げ惑っていた窮鼠が、一瞬の間に二匹の虎へと変貌したのだから。
しかし、逃してくれるような気配を見せる事はない。
再びゆらゆらと揺れ始めたその二つの頭が「カラカラ」と不気味に音を立てながら、私達への距離を図る。
「ノロマの方が来たら、左に飛べ」
「左ですね」
「あたしは右に避ける。そしたらすぐに上からボコるぞ」
この後の行動を示したソレイユ様は、フードケープを脱ぎ捨てた。
それが意味するのは、逃げるという選択肢を捨てたということ。
その意思を、私はしっかりと読み取れた。
「でも、左手は使っちゃ駄目ですからね」
「あー、言われると思ったわ」
呆れたように笑いを飛ばすソレイユ様。
塊から一つの頭部が、勢いを付ける為に仰け反った。
「行くぞ、ブラン!」
「来るぞ」ではなく「行くぞ」なんて言われたものだから、私は戸惑って口を緩ませる。
初めてこんな魔法を掛けられた私という人間が、ソレイユ様に着いていけないという可能性を考えてくれていない。
そう。この人は、失敗するとなんてさらさら思っていなくて。
そして、「あんた」ではなく「ブラン」なんて呼ばれたものだから、私は戸惑って照れ笑いしてしまう。
初めてこんな風に誰かと衝突して、その少し後にはこうしてお互いを託し合って魔物に立ち向かうだなんて、夢にも思っていなかった。
さて、思考を切り替えよう。
振り下ろされる蛇の頭部を、私は左に飛んで避ける。
地面を少し蹴っただけなのに、弾力のあるボールを蹴っ飛ばしたみたいに私の身体は想像以上に跳ねる。
バランスを保とうと身体に力を入れると、五体が頭で考えたとおりにコントロール出来てしまう。私の身体の動きに少し遅れて靡く自分の服に、身体にまとわりつく感覚すら覚える。
これでは布の面積は少ない方が良いという結論に至るのも無理はない。
私はソレイユ様の方をチラッと見て、それでも私にあの露出は無理だと顔を赤くした。
さっきは目で追うばかりだった蛇の頭部の叩き付ける攻撃を避けている間に、こんな色々な事を考える余裕まで生まれている。
ソレイユ様の魔法は身体強化ばかりではなく、思考能力や状況把握の為の視覚、もちろん聴覚まで研ぎ澄まされているのだ。
――この魔法、最強です。
ようやく蛇の頭が地面に叩き付けられて、土煙を立てながらずしんと音を響かせた。
私は既に空へと飛び立って、その頭部を見下ろしていた。
ふっと横に目を移すと、同じ高さまで飛んだソレイユ様と目が合う。
「よぉブラン、きちんと付いて来れてるな」
「ソレイユ様が無理しないよう、見張ってないといけませんから」
「あぁ、あたしの魔法の使い方、しっかり見とけよ」
そういえば以前は、この姿のソレイユ様を見つめることも出来なかったんだっけ。
つい昨日の事が、すごく前の事のように感じていた。
私は地を這う蛇の頭部に目を移した。
ソレイユ様がその御御足を振り下ろす。
「死ねぃ!!」
悪役みたいな台詞を吐いて、ソレイユ様は短いスカートを思いっきり靡かせながら、身体を回転させて叩き付ける。
私はスカートを精一杯抑えながら、両足で思いっきり踏みつけた。
同時に繰り出された私達の攻撃の衝撃に、蛇の頭はひとたまりも無い。
塊から伸びている胴体部分が不規則に痙攣したかと思うと、頭部は地面に伏せて動かなくなる。
「よし、まずは一匹だ」
ソレイユ様が私の正面で爪先をトントンと叩いて、感想を述べる。
しかしながら私達にはそんなに余裕がある訳ではない。
この魔法には、制限時間がある。
辺りを見回すと、もう一方の蛇の頭は音を立てずにソレイユ様の後ろから忍び寄っていた。
「ソレイユ様! 後ろから来てます!」
私の掛け声に反応して、素早く身体を捻ってもう一方の蛇の頭突きを躱したかと思うと。
ソレイユ様は不安定に傾いた身体を地に付ける事なく、強引に浮いた左足の踵を頭部に叩き込む。
更に踵を捻じ込んだ反動で縦に一回転しながら、回転の勢いを乗せた右足の蹴りを蛇の頬あたりにお見舞いする。
大道芸のような動きに、私は口を開けて見入っていた。
――いや、これってソレイユ様だけで何とか出来たのでは?
たまらず蛇は舌を出して、呻き声にも似た音をあげて倒れ込んだ。
「なんだ、やけに手応えなかったな」
「お、お見事です、ソレイユ様」
倒れた双頭を尻目に、ソレイユ様は塊の本体へと歩みを進めていく。
私は少し先に落ちていた燭台を拾って、ソレイユ様に駆け寄った。
「さて、魔力の樹が無事なのか確認しねぇとな」
私とソレイユ様は塊を眺める。
近くで見ても、蛇の身体が何かに巻き付いた塊としか形容出来ないものだった。
塊の正体、その極太の縄のような胴体にソレイユ様が手を当てる。
「この蛇さんが纏わり付いていたから、魔力の乱れというのが起きたんですよね」
「多分な、こいつを引っぺがして解決って話ならいいんだが」
ソレイユ様が手に力を入れると、少し浮いた隙間から光の筋が、洞窟の壁を明るく照らした。
そこから溢れ出る魔力は、この空間に瞬く間に充満するかのようで。
しかしながら塊と言い表すしかない程に絡みに絡みついた蛇の身体を解こうとすると、一筋縄ではいかない。
「こりゃ、時間が掛かるな」
「ええ、私達だけでは骨が折れますね」
「もう折れてんだよ」
緊張感が解けた私はつい、うっかり。そんな無駄な事を口に出してしまっていた。
音も無く後ろに這い寄るその存在に、気付く由もなく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます