第11話「救世主」です

 突然大きな音が発生すると、人間は固まってしまうものだ。


 状況を整理するまでに、ほんの数秒だったが、私は体の動かし方を忘れていた。


 勝手に肩や腹に力が入って、力の抜き方も忘れてしまっているようで。


 私が恐る恐る目線を移すと、先程の魔物を二回り程巨大化させた魔物が、既にソレイユ様と交戦を繰り広げていた最中だった。


 その魔物は一際大きな翼で、空中からソレイユ様の身体を抉り取ろうとぎらりと光る鍵爪を振るう。


 ソレイユ様も素直に立ち尽くしてはおらず、見えない足場を駆使しているかのように、空へ飛んだかと思うと、空中で何度も軌道を変えて魔物の攻撃を躱し続けている。


 そして時折、黒雷が魔物の身体から放たれる。その黒雷を受け流すようにして、ソレイユ様は細い手足を振るっていた。


 ソレイユ様の動きに、少し前までの勢いはない。


 一匹目の魔物の時には数十秒で決着を付けていたはずなのに、今の魔物に対しては明らかに苦戦をしているように見えた。


 それでも、橙色に煌めくの魔法の残像を残しながら、果敢にも魔物へと蹴りを繰り出していた。


(すごい、な。きっとソレイユ様の魔法は、魔力を身体に纏わせて、身体能力をぐっと強化させるものなんだ)


 さながら、空中で魔物と舞でも嗜んでいるかの如く。

 怪しく光る黒雷がソレイユ様の橙色の魔力と混ざり合って、神秘的な光景だった。


(きれいで、かっこいい)


 私はハッとして、自分の顔を左右に振るう。

 そんな事を考えるタイミングではない。

 

 しかし、私には見ていることしか出来ない。

 かといって、このまま見ている訳にはいかない。


 気楽そうに私と声を混じり合わせていた時の表情とは打って変わって、ソレイユ様の顔は苦悩を滲ませているように見えた。


 この状態で勝てるのかどうか、私には知る由もない。


(誰か、助けて。神様――)


 私は手を組んで、神に祈りを捧げる。私に出来るのは、これくらいだった。


「わ、我らは何時も汝の手の中に」


 祈りを唱える終わると同時に、信じられない事が起きる。

 ソレイユ様と魔物の側で、轟音が轟いた。


 その音は、初めて聞く音ではない。


 耳を塞ぎたくなるような大きなその音は、ソレイユ様の魔法が発したものでもソレイユ様と交戦している魔物が発したものでもない。


 その音は、『救世主』が発したものだ。


 先程見た流れ星の数は二つ。そして幻鳥の幼体というキーワードが意味するもの。


 きっと、あの魔物は、ツガイだったのだろう。


 轟音の根から現れたのは、直視することも憚られる存在。


 地に伏せている魔物が一匹目、ソレイユ様と交戦している魔物が二匹目。


「う、嘘」


 そして自分が真打とばかりに、大きな翼を羽ばたかせて甲高い鳴き声を上げる、三匹目の魔物。


 まさに、もう一匹の魔物にとっては救世主。

 なかなか仕留められない獲物を狩る為の援軍が現れたのだ。


 それは、ソレイユ様にとって最悪の状況を意味する。


 ソレイユ様が一方の魔物の突進を避けるも、すぐにもう一方の攻撃に大勢を崩されてしまう。


 私のように、魔物退治はおろか喧嘩だってしたことのない素人にだって分かった。


 この勝負、ソレイユ様はどうやったって勝てない。


 魔物の援軍の到着から数十秒も経たないうちに、魔物の黒雷がソレイユ様に直撃する瞬間を目の当たりにする。


「あ、ど、どうしよ、ソレイユ様が」


 ソレイユ様は地面に叩きつけられてもなお、魔物の追撃をすんでの所で避ける。


 しかし、もう幾許も持たない事は誰の目にも明らかだった。

 私はその場にへなへなとへたり込む。


 この先に待ち構えている結果なんて、分かりきっている。


「私に出来ること、なんて――」


 地面を見つめながら、私は深く息を吐いた。


 虚になった瞳の奥に映ったのは、私の中にある聖書だった。


 こんな変な呪文と魔法名でなければと、何度思っただろう。

 忌々しいとも思ったことさえある、その聖書。


 でも。今の私に頼れるのは、それだけだった。

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