第8話「幻聴」です
私は猫を抱きしめたままうつ伏せに身体を倒す。
猫に魔物の攻撃が届かないように、私が猫のシェルターとなるべく。
そのまま目をぎゅっと瞑って、届きもしない命乞いを述べる。
グリフォンという鳥の魔物に、言葉なんて通じない事は分かっていた。
「み、見逃しては、もらえませんか」
そう、言葉なんか通じるはずもない。私はこの場所に居ない誰かに祈るように、言葉を発していた。
ところが。
「――はっ、見逃す訳ねぇだろ」
そうですよね、当たり前です。一般市民の分際で、猫さんを魔物から守ろうだなんて、おこがましい発想でした。
ってあれ? 返事というか、この場所に人なんて居ないはずなのに返事が聞こえた気がします。
その現象に、私には心当たりがあった。
「この感じ、ひょっとして幻聴ですか?」
「あぁ? あんた、知ってるのか?」
こんな風に返事をする幻聴と遭遇するのは初めての体験だった。死を前にして私は、新境地に達したのかも知れない。
「はい、私、良く『幻聴』と遭遇するので」
「いやいや、良く『幻鳥』と遭遇するって、どんな生活してんだよ?」
それはもう、羞恥心は常に私と共にありますから。恥ずかしい思いをした時には、幻聴はすぐに駆けつけます。
「初めて村で魔法を使った時なんて、そりゃもう『幻聴』はどこにでも現れましたよ」
「あんたの魔法は『幻鳥』を召喚する何かなのか?」
「あぁ〜、似たようなものですね」
「じゃあ今目の前に居るこいつも、どうにか出来るんだろ?」
「それが、『幻聴』は私の言う事を聞いてくれないんです。酷い時には寝る前に、急に枕元に現れたりとか」
布団に入り込んだ瞬間、恥ずかしい出来事がフラッシュバックのように耳元で囁かれるような体験を、私は幾度となく体験してきました。
「いやいや、枕元に『幻鳥』が現れるって、どんだけあんたの部屋は広いんだよ」
「皆さんはそんな経験無いんですかね?」
「ある訳ねぇだろ!」
よく考えてみれば、当然でした。
今、私が話しているのは幻聴です。幻聴が幻聴に悩まされることなんて、あり得ませんよね。
「まぁ私ぐらいになると『幻聴』との対応方法は手慣れたものですよ」
「嘘だろ!? じゃあこの『幻鳥』はどうやって始末するんだ!?」
始末するというか。幻聴は勝手に消えてなくなるものです。幻聴が幻聴の事を知りたがるなんて、おかしな幻聴です。
私は、顔を地に伏せたまま返事を口にする。
「目と耳を塞いで、身体をバタバタさせたらいつの間にか居なくなります」
「というと、暴走系の技ってことか?」
「暴走と言えばまぁ、そうですね。それと、あーっ、って思いっきり叫んだら、意外とどうにかなるものですよ」
ここまで会話を続けられるのも、相手が幻聴だからでしょうか。
妹以外で同じ歳のくらいの女性とこれだけお話しをするのも、久しぶりな気がします。
「あんたが使えるのは、火を灯す魔法だけじゃないのかよ」
「いえ、『幻聴』を消すくらいなら魔法を使うまでもないですよ」
「はっ、やるなぁ。それが本当だったらの話だが」
「では、貴方もそろそろ消していいですか?」
「何であたしを消そうとしてんだよ! 恐ろしいこと言うんじゃねぇ!」
はて。この口調と声、どこかで聞いた事がある。
私はいい加減にこの幻聴に違和感を覚えて、そっと目を開けてみるとそこには――。
私が幻聴と勘違いして会話していたその少女は、修道院のケープフードを靡かせて、私と魔物の前を遮るように立ちはだかっていた。
片結びをした緋色の後ろ髪に、私はその人物が何者か即座に理解する。
「あ、貴方は! ソ、ソレイユさま!?」
「もっかい言うぞ。幻鳥キラーグリフォンを呼び出したり、叫んで消せるようなことが出来るんなら、今見せてみろよ」
私は、先程の会話を思い返して、はっとする。
「わ、わ、私ったら、とんだシツレイを……」
聴力だけでなく、今だけは全て幻であって欲しかった。
真っ青だったはずの私の顔が、林檎色に染まる。
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