第6話「とっても嫌な気持ち」です

 祈りを終えてポシェットを拾い上げて、腕を通して肩に掛ける。


 中身を確認すると、ちゃんと城に置いてきたままの状態だったので、ようやく私は一安心することが出来た。


 もし魔物に襲われて怪我しても、応急処置が出来る携帯薬品一回分。

 もし遭難しても、一日の栄養を補給出来る携帯食料一回分。


 どちらもシルヴァディア王国印の聖女様の施しを授かっているものだから、値は張るけど信頼出来る商品だ。


 ポシェットの外側には、小型の果物ナイフ。

 そして花柄のがま口財布には、五枚の銀貨と何枚かの銅貨。銀貨四枚あれば、パステル村への賃料には事足りる。


 母が私に持たせてくれた、決して端金ではないそのお金とその品々。


 私の家は裕福ではない。贅沢していてはこの馬車代金だって捻出は出来なかったであろう。


 どうしてこんな事に、母はせっせと貯めた大事なお金を――。


 私は首を振って、最優先すべき思考へと切り替える。それ以外の事は帰りの馬車の中で考えれば良い。


「さて、馬車を見つけなきゃね」


 司祭様のカツラをここに置いて置く訳にはいかないが、返しにいけるはずもない。


 一先ずポシェットにぎゅっと押し込んで、私は路地裏から顔を出す。


 つい先程まで、露店とその客で賑わっていた道には、人が居なくなっていた。


「どこかでタイムバーゲンでも始まって、皆そっちに行っちゃったのかな」


 私が独り言を呟いた後、路地裏から一歩踏み出そうとして再び引っ込む。


 両側の道から、兵士が走ってこちらに向かってくるのが見えたからだった。


 もしかして、私を探しているのか。しゃがみ込んで、息を潜める。


「おーい! そっちには居たか!?」


 兵士がもうもう一方の兵士へ叫んでいるのが聞こえて、やっぱりそうなんだ、と私は顔を青ざめさせる。


「いや、こっちにはもう居ない! 全員避難し終わったようだ!」

「よし、なんとか間に合ったな!」


 兵士同士がそんな会話をしているのが聞こえて、私の話じゃなかったんだ、と私は顔を真っ赤にさせる。


 自意識過剰も良いところだった、私はなんて勘違いを――。


(って、避難?)


「魔物が迷い込むのは今月に入ってもう三回目だ、どうなってやがる!?」

「今日は教会試験がある、以前のように住人が食い殺される事にはならないはずだ」


 兵士の会話を小さくなって聞いていると、人が忽然と姿を消していることに納得した。


 魔物を寄せ付けないはずの聖女様の結界の隙間から、時折魔物が村や街へと迷い込むことがある。実際に私の住む村でも、年に数回小型の魔物が迷い込んでしまうことがある。


 まさか大聖女様のお膝元のこの王国でも同じような事が起きるんだ、なんて私は他人事のようにぼんやり考えていた。


「今日は聖女候補生達が集まってる。グリフォンと言えどもすぐ駆除されるだろうな」


(グ、グリフォン? そんな強い魔物が迷い込むの?)


 いつか、一羽のグリフォンが村を滅ぼしてしまった話を聞いたことがある。

 大鷲と獅子を融合した身体を持ち、風と雷を操る危険な魔物。


「一番地区の住人達の避難は終わらせた。俺達も討伐隊と合流するぞ」

「なぁ、俺達も加わらなければならないのかよ!? 聖女候補生どもにやらせればいいじゃないか! あんな危険な魔物!」


 甲を顔まで下ろしているので、二人の兵士の表情は見えない。

 『聖女候補生ども』という発言に、私の胸には違和感の霧が広がった。


「確かに、聖女候補生でも勝てるかどうか分からない相手に俺達が束になってもな」

「聖書持ちだか何だかしらねぇが、あいつらの所為で俺達は捨て駒のような扱いじゃねぇか!」


 一方の兵士の半べそをかいたような声が、私の耳に突き刺さる。


 聖女様って、もっと人々から信仰されているものではなかったのだろうか。


 どうしてだろう。自分の事を言われている訳ではないのに、走った直後のように心音が早まる。息も乱れて、とっても嫌な気持ちになってしまう。


「愚痴はそこまでにしろ、グリフォンが現れた北門の方へ行くぞ!」

「ちくしょう、俺はまだ死にたくねぇってのに!」


 それだけ言い切って、二人の兵士達は地面を鉄の靴でカンカンと音を立てながら、北方向へと足速に駆けていく。


「貴方達も、聖女様も、聖女候補生様達も、みんなで国と人の為に平和を保っている。それだけじゃ駄目なのかな」


 兵士達の足音が完全に聞こえなくなって、私は独り言を呟いた。


 どちらにしても、私にそんな事言える権利はない。

 後味の悪さを誤魔化すように、私はしゃがみ込んだまま、地面をずっと見つめていた。

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