第54話「意地っ張りの彼女の秘密」

 秘密っていうのは、意外に身近な人ほど話しづらいのだと思う。

 「佳乃ー。これの次の巻ってどれ?」

 寝っ転がりながら、漫画を読む私。対して、テーブルを挟んで座る佳乃は目を閉じながら、その瞼を引きつらせていた。

 「……奥谷先輩。私の家に何しにきたんですか」

 「勉強でしょ? 主に佳乃のだけど」

 放課後、私は後輩の佳乃の部屋に遊びに来ていた。

 佳乃の部屋はいつ見ても綺麗にしてある。几帳面な性格がよく表れた部屋だった。ついでに可愛げのないのもよく表れてる。

 ただ、佳乃はガードが固くて、案外家に上げてもらうのは至難の技だったりする。だから今日の言い訳は勉強会……何とかそれで通してもらった。

 「で、次の巻ってどれ?」

 「……それで終わりですよ」

 「えっ、こんなオチなの。途中まで面白かったのに」

 確かに巻末を見れば、この巻で完結みたいだった。

 そんなことを呑気に確認している間に、佳乃はペンで机を叩きながら、苛立ちをさらにヒートアップさせていた。

 「先輩……私、本当に怒っちゃいますよ」

 「ほう? 怒るんだ。いつも優しい佳乃が」

 「本当にそう思ってます?」

 「思ってるよ、可愛い後輩さん」

 「……馬鹿にして……っ」

 その時、少しだけ揺れた佳乃の体に、私は支えるように近づいた。

 隣に座って、肩に触れる。間近で見る佳乃の眼は、何だか疲れてるように見えた。

 「大丈夫?」

 「えぇ……すみません」

 「もしかして、あんまり眠れていない?」

 「……」

 佳乃はもう一度座りなおす。そうして、小さく溜息を吐いた。

 「……少し、悩みごとがあって」

 「……へぇ?」

 「大したことじゃないんですけど……その、少し頭に血が昇っちゃって」

 「それって、どんなこと?」

 「……それは」

 その時、明らかに気まずそうに、佳乃は視線を外した。

 言えないこと……らしい。私は少し驚きつつも、何だか納得してしまった。

 「……そっか」

 「……!?」

 そう言って、私は佳乃の体を抱き寄せる。

 そして、訳の分からない様子の佳乃の頭に、軽くキスをした。

 「なっ……なっ!?」

 「んー? どうしたの、佳乃?」

 あからさまに馬鹿にするように、私がさらに挑発する。

 佳乃は私から離れようとするけど、私は生憎体を離さない。体格差なら私の方が少し上だった。

 「照れてるんだ。可愛いなー、佳乃は」

 「ちょ……!? は、離してください!」

 そう焚き付けつつ、私は佳乃の長い髪の合間……そこから覗く耳を見た。

 本人は自覚してないだろうけど、佳乃はたまに耳が赤くなる時がある。そういう時は大抵、恥ずかしかったり、照れていたりすることは、1、2年の付き合いから理解していた。

 そして……今も、耳は真っ赤だ。

 (佳乃は……私にばれていないと思ってるのかな)

 佳乃は、特に私と話している時、耳が赤くなる時がある。

 でも、私がからかうように聞いても、意地っ張りの佳乃は一向に話してくれない。

 だから……次第に、私は佳乃の口から、それを言わせようと意地悪をするようになっていた。

 「じゃあ、勉強はもう終わりね」

 「はっ……?」

 佳乃の体を離す。少し息が荒くなってる佳乃の隣を通り過ぎて、私は佳乃のベッドに腰かけた。

 「眠たかったら今寝ればいいじゃん。ほら」

 そう言って、横をポンポンと叩く。佳乃は訝しげに眼を細める。

 「先輩はどうするつもりで……」

 「私も眠いから一緒に寝せてよ。実を言うと体調悪いんだ」

 「……」

 我ながら、実に嫌な言い方だったと思う。

 佳乃は真面目な性格だ。こう言った私の言い方でも、私に気を遣わせたと思って、出来るだけ意に沿える形に従うはずだ。

 とはいえ、佳乃一人で寝るには、私を追い出すことになる。流石に佳乃はそんなことしない。体調が悪いのは嘘だけど。

 佳乃はなんか悩んでいた。立ち上がって、少し足踏みした後、私の横にストンと座った。

 「……先輩一人で寝ればいいじゃないですか」

 「しんどそうな後輩残しては寝れないよ」

 「なら……私一人で寝てもいいですか」

 「無理。私もしんどいし」

 無茶苦茶な問答に、佳乃はまたムッと眉根を顰めた。

 怒らせたかな、と思いつつも、そんな佳乃の顔を見てると、何だか私はほっとけない気分になっていた。

 「……私もさ。案外心配してるんだよ」

 「……」

 「佳乃はすぐため込んで、一人で答えを出そうとするからさ。だからその内パンクしちゃわないか、傍から見て心配になるんだよ」

 そうして、私は指先で佳乃の頬に軽く触れた。

 「秘密主義も、程々にした方がいいってこと」

 珍しく真剣な声音のせいか、佳乃は聞きながら手元のシーツを握った。

 「秘密なんて……一つも」

 「……嘘」

 それでも崩れない佳乃の意地っ張り。

 私は俯く佳乃の耳に、そっと口元を寄せた。

 「佳乃、よく耳が赤くなったりするよね」

 「……っ」

 「今はポニーテールにしてるからよく見えるけど……」

 言葉を重ねる度、佳乃の体がビクッと震える。

 耳がまた微かに赤みが宿った。だから、最後の一押し。

 「多分、私しか知らないだろうね」

 「……!」

 気がつけば、佳乃の顔は真っ赤になっていた。

 多分、私には知られたくなかった秘密。それをまた直接言われなかったことが、さらに佳乃の心に波を立てたのかもしれない。

 こんなに近いからこそ、知られたくなかった秘密。

 それを……今なら、

 「わっ……!」

 佳乃が声を上げる。それに構わず、私は佳乃の纏めた髪を解いた。

 そのまま、佳乃の体を抱きながら、私達はベッドに無理やり横になった。

 「ちょ……! 先輩!」

 「もう言い訳は聞かない。悪い子は大人しく寝とくこと」

 また佳乃は暴れるけど、私は黙って佳乃の体を黙って抑え込んでいた。

 こうしなきゃ、意地っ張りな可愛い後輩は言うことを聞いてくれない。それもまた重々承知していた。

 そしてもう一つ。自戒の意味も込めて。

 (我ながら……大人げなかったかな)

 言いたくないこと。近い人間だからこそ言えないこと。そんなことがあるのは、私もちゃんと理解してるつもりだ。

 友達だから、親友だから秘密を打ち明ける。それはただ理想でしかなくて、

 意外に秘密っていうのは、近しい人間相手ほど打ち明けたくないのかもしれない。

 (少し……寂しいかな)

 まぁ、でも、と。私は大人しくなった佳乃の顔を覗く。

 いつの間にか、顔を赤くしたまま私の胸に収まっていた。緊張した顔と、まだ赤い耳。私は苦笑しながら長い髪を梳く。

 「いい子だね、佳乃」

 「……仕方ないので、付き合いますよ」

 「はいはい。よろしい」

 私はもう一度佳乃の頭を胸に抱きながら、静かに目を閉じる。

 ……たとえ、言いにくい秘密があったとしても、この見え見えの秘密はいつか言ってほしいかな。

 なんて、佳乃にばれないように苦笑いしながら、私達は暖かな眠りの中に落ちていったのだった。

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