第42話「雨宿りの一幕」
「雨やまないですね」
「……そーだね」
窓の外を見ながら、私達は激しく降り続ける雨にぼんやりと呟く。そしてその言葉も掻き消すぐらい、雨の打ちつける音はうるさく響き渡った。
せっかくの休日。私達は珍しく休みの日が重なったので、久々に一緒に出かけることになった。
の……だけど。突然の雨に降られて、近くのファミレスに退避することになってしまった。しかもかなりの暴風雨。天気予報ではそこまで酷くなるとは思ってなかったけど……
「春の嵐ってやつですかね。凄い雨と風」
私は外を見ながら、時折壁を叩く風の音を「おおっ」と声を洩らす。
友達の紗月さんは不機嫌そうにメロンソーダをストローで啜ってた。そのストローの口を指先でつまみながら、
「天気予報じゃ、普通の雨って言ってたのに」
「完全にスルーしてましたね」
「ここまで酷くなるとは誰も思ってないでしょ。うわっ、今見たら注意報まで出てる」
「警報まで出たら厄介ですね。このままじゃ時間の問題かもですけど……」
紗月さんはストローを指で弾きつつ、私は頼んだサラダを食べつつ適当に話をする。ファミレスの中は私達の他にも退避してきた人が多くて、周りには色んな人の声が溢れていた。
とはいえ、人の温度と湿気のコンボはあんまり心地いいものじゃない。逃げてくる時に軽く服も濡れてしまったし、何とも言えない気持ちの悪さを感じているのも確かだった。
「……せっかく一緒の休みなのに」
ふと、紗月さんは聞こえるか聞こえないかぐらいの声でそっと呟いた。
私はそれを聞くと、思わずサラダに向かった手を止めて、顔を上げる。
「もしかして、気にしてたんですか?」
「……別に」
拗ねたみたいに紗月さんは目線を逸らした。
私が記憶する限りでは、紗月さんはかなりサバサバした性格だった。クール系美人……というか、短い髪や整った顔はあまり人を寄せ付けなさそうな印象が強い。
でも__意外に紗月さん、寂しがり屋な性格もあったりする。少なくとも三年以上、紗月さんのことを見てきた限りでは、そういう面もちらって見えることがある。そうなると、私はいつもとは違う紗月さんの顔に、悪戯心を抑えられなくなってくる。
「ええー? 珍しい。紗月さん、そんなに私に会いたかったんですか?」
「……」
私が茶化すように言うと、紗月さんは何も言わずに目を閉じていた。
……あれ、怒ったかな。もしかして、茶化す場面じゃなかった? なんて、内心私が焦りだした時、紗月さんはまたポツリと、
「……本当にそうだったら?」
「……」
予想の斜め上の答えに、私はストンと前のめりの体勢から椅子に座りなおす。
「何か嫌なことでもあったんですか?」
拍子抜けしつつ、私は心配になって聞いてみる。
「仕事のこととか……家族のことで、何かトラブルでも?」
「ううん、別に。……ただ、ここんところずっと気を張り詰めることがあったから、疲れてただけ」
微かに目を開け、悩むように人差し指を眉間に軽く押し付ける。
たまに見る紗月さんの癖だ。そういった時は、本人がずっと悩んでる問題の答えを静かに思案してる時だったはずだ。
「久々に会って話したら、気が紛れると思っただけ」
「……ふむ。なら、紗月さんの悩みを私が解決してあげましょうか?」
「無理。あんまり口外できないことだし。守秘義務ってやつ」
「……むう」
そう壁を張られてしまうと、こちらも迂闊に聞けない。紗月さんの働いてる会社はかなりの大手だったはず。それで紗月さんもあんまり仕事の話をしないもんだから、私は実際どんな仕事か全く知らなかった。
紗月さんは眉間に立てた指を離した。その視線は窓の外へと向いた。
「ただ……ね。いつも通りの話をしたいと思ったの。二人で、何にもない会話」
「何にもない会話……ですか」
「そう。何にもない会話。そうしなきゃ、張り詰めた気がいつまで経っても落ち着かないからね」
溜息混じりにそう呟かれた。そういう……もの、なんだろうか。
「じゃあ……紗月さんは今、リラックスできてますか?」
「……?」
「私と話してて、楽しいですか?」
これも何にもない会話。いや……ちょっと違うのかな。
一応、私は紗月さんの特別な存在であることを自負している。おこがましく。でも、紗月さんにもそう思ってもらいたい。
ちょっとだけ気になる問い。私はそっと投げかけてみる。
対して紗月さんは。微かに笑って、
「何その質問」
「……変ですか?」
「……変だよ。とっても、いや……もしかしたら凄く真っ当な質問かもだけど。
でも____うん、楽しいよ。すっごく」
「……」
得られた答え。内心私はガッツポーズをした。
そうか。照れくさいけど、改めて言われると嬉しかった。私は思わずだらしない笑顔を浮かべてしまう。
「そうですか。要は紗月さん、私と会えなくて寂しかったんですね」
「……」
失言だった。すぐに飛んできたチョップに私は後悔する。
「……痛いです。紗月さん」
「……痛いと思うなら、反省して」
「はい。反省します。ごめんなさい」
私が適当に言葉を並べると、また紗月さんが呆れたみたいに溜息をついた。
外では雨脚が強まる一方だ。バラバラと爆撃を受けてるみたいな強烈な雨に、私達はもう外を見る。
ただ……こう、せっかくなんだから。
「雨やみませんし、ここでゆっくりお話ししましょうよ」
視線を戻すと、同じくこちらを見る紗月さんがそこにいた。
「何かをするには辛い天気ですけど。何もないお話をするには、ちょうどいいと思いますよ」
そう私が笑うと、紗月さんも仕方なさそうに笑った。
生温い空気の中で、暗い室内は気が滅入ってしまいそうだけど。
雨が止むのを待つ間だけ、紗月さんと何ともないお話をするには……居心地がいいように思えた。
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