第22話「群衆を離れて」

 いつも通う道なのに、行きと帰りでどうして風景が違って見えるのだろうか。

 通い慣れた通学路を、自転車で逆行していく。時間も朝と違って、今は夕暮れ時。じめっとした空気に、西日が混じって、不快感を覚える。

 運転手の彼女は何も喋らなかった。私もそれに倣う。

 自転車が進むにつれて、人が少なくなっていく。そうして、ついに通学路を外れ、あまり通ったことのない道に入っていく。

 私達は街に向かっていた。

 目的はバンドの練習。軽音部に入っているわけじゃなくて、個人でやってるやつだから、たまに練習の時はスペースを借りてやるのだ。

 「ねぇ」

 ふと、自転車を漕ぐ彼女が口を開いた。

 「そろそろバンド組んでから一年経つよね」

 「そだね」

 「特別なことやらない? って言っても、到着してからの方がいいだろうけど」

 多分、他の意見を聞きたいのだろう。バンドのメンバーは後二人いるのだ。

 「新曲作るとか?」

 「……それもいいかも。っていうか、そろそろ作ってみたいよね、曲」

 そういえば、彼女は時折そんなことを言っていた気がする。自分達の曲を一度作ってみたい。今回聞いたのは、少し焦りがみえていた。

 私達は今、高二だ。来年は受験があるから、今みたいに活動できないのかもしれない。だからだろうか。

 「私はいいよ。別に」

 そんなことを、頭の後ろで考えつつ、私は普通に返した。しかし、それが彼女の神経を逆なでしてしまったのかもしれない。

 「なにそれ。なんかどうでもよさそう」

 「え? いやいや、そんなこと」

 「いいよ、もう。マジになってる私が馬鹿だった」

 今更だけど、彼女は気が短い。こういう風に回答を間違えると、一気にドツボにはまってしまうのだ。

 マジになってるのは、実際にそうなのだろう。

 「……」

 再び沈黙。彼女は振り返りも、話そうともしない。

 だから代わりに、私の話をすることにした。

 「どうでもよくないとは思ってないよ。でもさ、私には焦ってはないんだよね」

 「……」

 「卒業して、色んなことが変わったとしても。きっと私達は一緒にバンドやってるって、信じているから」

 それで、頼りにしている背中を抱きしめてみる。

 「それに、私達が一緒なら、きっとどこにだって行けるよ」

 「……そう」

 果たしてお怒りの気持ちは収まったのだろうか。確認したいけど、相変わらず1ミリも顔を見せてくれない。

 自転車は進んでいく。住宅街を越えて、河川敷の方へ出た。

 空がよく見えた。バラバラの雲と、不自然なぐらい真っ赤になった空。

 知らない景色。知らない場所。同じ制服を着た子は、一人も見当たらなくなる。

 それでも、

 私の心には不安は無く、黙って空を見上げるだけだった。

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