第15話「交差点と空回り」

 「駄目……もう動けない……」

 「しっかりしてくださいよ……もう」

 深夜の一時。人がいない夜中の国道沿いにて。

 傍らの道路はほぼ車の影もなく、信号はずっと黄色信号を点滅させている。差し掛かった交差点はガランとしていて、昼間の車の通りを思い出すと、さらに寂しくなりそうだ。

 ……でも、今の私にそんな情緒的な回路なんて残っていなかった。例えるならまさに黄色信号が出ている状態で、思わずしゃがみこんでしまいそうになる。でも、休もうとすると、私の手はすぐ引っ張られた。

 私の前を歩きながら、手を引っ張っているのは大学の後輩の志季ちゃんだった。割と身長が高い私に対して、志季ちゃんは身長が小さくて、童顔からかあんまり大学生って感じがしない子。

 志季ちゃんは振り返らない。ただ、小さな溜息が聞こえた。

 「滅茶苦茶酔うまでお酒を飲んで、それでカラオケではしゃぐ。挙句に終電の時間を間違えて逃す……本当に先輩、大丈夫なんですか?」

 あー……そんな顛末だったっけ。志季ちゃんに言われてやっと思い出した。

 「あー! あー! 聞こえないよ。志季ちゃんの説教なんて!」

 「先輩……」

 不意に志季ちゃんは私の手を離した。そして背を向けてる体勢から振り返って、

 「本当に……大丈夫ですか?」

 真剣な表情のまま私を見る。私は志季ちゃんの真剣な眼差しに耐え切れず、真っ赤になった顔を両手で覆った。

 「うわぁ……逆にマジ注意されると、こんなに心に刺さるのか……」

 恥ずかしい。もう既に成人して一年も経つのに。それに志季ちゃんも成人してるけど。幼い見た目と小さな背から、本気で年下の子に心配されている感じが……凄く、クる。

 「ごめん……志季ちゃん。志季ちゃんの家が近くじゃなかったら、のたれ死んでた……」

 「縁起でもないこと言わんでください。先輩なら本気でありそうですから」

 「うっ……!」

 さらに刺さるお言葉。いや、でも何も言い返せなくて、私はやけくそに、

 「何よー。志季ちゃん、私が家に来て心の中で喜んでるんでしょー!?」

 人がいない夜道とは言え、私が大声で叫ぶと、ピシッと固まるみたいに志季ちゃんが止まった。

 __やばい。志季ちゃん、意外に怒らせると怖いのはここ数年の付き合いでも分かってる。まさか……本当に愛想尽かして私を投げ出して帰るのでは……

 (……って、あれ?)

 私が恐る恐る前を向く志季ちゃんの顔を横から覗く。

 暗くてよく分からないけど……志季ちゃんの顔、なんか赤い気がする。

 「あの……志季ちゃん?」

 「何でもないですッ!」

 ドン、とさっきの私の大声よりも大きな声が返ってきた。しかも胃に響くような重さもあって、私は若干お腹のものが戻りそうな気がした。

 「ご、ごめんって……もー……」

 志季ちゃんは私の方をチラっと見る。すっごく怖い表情なのにちょっとだけ赤くなってて、私は子供が拗ねてるみたいと能天気に可愛いと思った。

 でも、そのまますぐに前を向きなおして、

 「先輩のそういう所……嫌いです」

 「えっ」

 はっきりと死刑宣告を告げられた気がして、私は膝から崩れ落ちる。やばい、まさかここまで嫌われるなんて……

 「うわーっ、志季ちゃんに嫌われたー! そんな酷いこと言わなくていいじゃん!」

 「この人はほんとっ……はぁ……」

 半泣きになる私に、いつの間にか志季ちゃんは手を差し伸べていた。

 「うん……?」

 「酔っぱらいの面倒な絡みは家で付き合いますから、ほら立って」

 その時、志季ちゃんがまるで天使に見えた。私は思わず抱き付きそうになるけど、適当にあしらわれる。でも、私は連れていってもらおうと、後ろから志季ちゃんに腕を回す。

 「えへへー、優しいなあ、志季ちゃんは」

 「……もう、何も言いません……」

 結局、しぶしぶ志季ちゃんは私を家まで引っ張っていってくれた。

 でも……志季ちゃんの方は、この時……色々考えてたわけで。

 私が予想もしていない、志季ちゃんの本当の気持ち。私がそれを知るのは、もう少し後の話で__また別の話だ。

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