第13話「私の好きな人が好きなもの」

 その人の瞳は、どこか別の場所を見ている気がした。

 「……」

 私はじっと覗き込む。ふと、その人は顔を上げて、

 「どうしたの、千秋」

 「うん……と」

 顔を近づける度、怒られないかなとか、綺麗だなって思ったりして。胸がジワリと熱くなる。すると、私の眼鏡とその人の眼鏡がぶつかった。

 「千秋、眼鏡買ったの?」

 「うん。朝香さんの真似」

 「また無駄遣いして……うん」

 手にしていた本を置いて、朝香さんは私をジッと見た。そうして、

 「似合ってる。眼鏡掛けてる千秋なんて新鮮かも」

 いつも無口で、無表情な朝香さん。でも、少しだけ笑って私を褒めてくれた。

 ……うん、嬉しい。でも、私は何故か満足できないみたいな、モヤモヤが残った。

 「えへへ、そっかな。うん……」

 私はそのまま、朝香さんの隣、ベッドの上に同じように座った。

 ここは朝香さんが借りてる部屋。一人暮らしの朝香さんの家に、私は時々上がらせてもらっている。

 隣にいる朝香さんは本を読んでいる。私は、ぼんやりと髪の毛先を指で巻いた。

 (……なんだろ)

 自分で言うのもなんだけど、私と朝香さんは正反対の人間だった。

 そもそも、歳も6歳ぐらい離れてる。私が17歳で、朝香さんが23歳。

 私は甘いものが好きで、朝香さんは甘いものが苦手。

 明るい色の子供っぽいファッションの私と、落ち着いた大人っぽい服装の朝香さん。

 反対なのはよく分かってる。だから、私はよく知りたかった。

 (眼鏡……どうだろ)

 朝香さんを真似するように、私は眼鏡を買った。大きくて赤い眼鏡。今考えるとギャルっぽい感じで、朝香さんの落ち着いた感じとは程遠いかもしれない。

 前にも、私は朝香さんが読んでる本を真似て読んだ。あんまりピンとこない。

 気分転換みたいに、朝香さんの服装を真似してみた。私には似合わない。

 朝香さんの髪形を真似しようと思った。朝香さんの髪は短い。長い方が似合ってるって言われて止められた。

 いつの間にか、私は朝香さんと同じじゃないと、不安になっていた。今もそう。私はモヤモヤしながら、スティックキャンディーを口に入れて、朝香さんの横顔を覗き見する。

 朝香さんは綺麗だ。私とは違ってすっごく大人で、賢そうで、とっても優しい。

 「あ、あの……」

 「うん?」

 我慢できずに声を出した。でも、その先が続かなくて、顔が熱くなるのを感じながら飴の棒を指でクルクル回す。

 「朝香さん、私といて……いいんですか?」

 「……?」

 「ほ、ほら! 私、朝香さんとは全然タイプ違うし、その……私といて、楽しいかなって」

 何だか朝香さんの顔が見れない。朝香さんは少し口を閉じて、手にしてた本を横に置いた。

 「もしかして、悩んでた?」

 「……ちょっとだけ」

 「だから、私のことを真似たりしたのかな?」

 朝香さんはゆっくりと私の顔の横から腕を回した。

 私は後ろから朝香さんに抱きしめられる。暖かい朝香さん。いつもこう抱きしめる度、私は飽きずに嬉しくなった。

 目を細めて、朝香さんは私の顔の横に顔を近づける。私は飴を舐めながら、

 「なんか不安ですもん……」

 「同じじゃなかったら、駄目なの?」

 「……だって」

 口を尖らせながら、駄々をこねる私に、朝香さんは小さく溜息を吐いた。

 「じゃあ、私達。恋人になる時は同じだった?」

 「……それは」

 「違うでしょ。私達は最初から同じじゃなかった。そんな私達を、私達は選んだ」

 まるでお母さんが言い聞かせるみたいに、朝香さんは優しくそう言ってくれた。

 「……朝香さん、やっぱり賢いですね。本読んでますし」

 「それは……まぁ、関係ないと思う」

 目を閉じて、朝香さんは私から手を引いた。

 やっぱり凄いな。私のことはお見通しで、その言葉も深みがあって、

 いつか……私も、分かる時が来るのかな。

 「あっ……分かった」

 「……?」

 ふと、気づいた。私は気づいた嬉しさに笑って、

 「私、朝香さんと同じ物が好きになりたかったんだ」

 私が笑うと、朝香さんは初めて驚いたように眼を開いた。

 ……あれ、私、何かおかしなこと言ったかな。

 「えっ、朝香さん?」

 「……そういうとこ、やっぱり千秋は凄いかも」

 「っと……わっ」

 朝香さんの手が、私の飴を取る。そして見せつけるように口にくわえた。

 「なら、私も千秋の好きなものに好きになる」

 悪戯っぽく笑う朝香さん。普段あんまり見れない顔は凄く可愛くて……

 (舐めてる。私の舐めてたやつ……って……!)

 朝香さんの色っぽい口元に、私は真っ赤になる顔を抑えた。

 「……こんなこと、他の人にはしないで下さいね……」

 真っ赤になる私は、ムッとする顔を見せつける。

 でも、朝香さんは気にせず、飴を私のお気に入りの味を舐めていた。

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