【王】撒き餌
第七十三話 座して待つ
永禄元年睦月(1月)
近江国 朽木谷
新年の祝賀ムードは吹っ飛び、喧騒に包まれる朽木谷。
誰も彼も慌ただしく、落ち着きがない。
それもそのはず。これから厳しい戦いが待っている。
特に朽木谷にいるメンバーは文官気質の幕臣が多く、幕府への忠誠心は疑いようはないが、一様に不安がっており、浮き立っているように思える。
今までであれば許せていた小さな出来事にも目くじらを立てたり、小さな諍いが目に余る。
彼らは全員が善人である。それでも許せない。ふとした瞬間に怒りが溢れてしまう。それだけストレスがかかっているのだろう。
どうにかしてやりたいけど、そもそも俺に自信がないのだ。
この戦に勝つ自信が。安心させてあげられる自信が。
集められる兵が数百なのか数千なのか、わからないけど強大な三好家に対峙するにはどちらにせよ兵が足らない。
かといって勝つための工夫をしてみたくても、出来ることが思い付かない。
今は、座して出陣のタイミングを待つのみ。六角家からの指示を待って出陣、姿を晒しながら、ゆるゆると進軍し、三好軍と対峙。
相手が総掛り(全軍突撃)してこないことを祈りながら、ちょっかいを仕掛けて気を引いて、出来るだけ多くの敵兵を引き付ける。
立てられた作戦では負けなそうである。引き際を間違いさえしなければ大負けはしないはずだ。
しかし勝ち筋は微塵もない。俺には見出せない。むしろ誰か教えて欲しい。今回の合戦でどう勝てば良いのか。
二回目の合戦となるが、義弟である武田義統さんを助けに行った初陣の時とは状況が全く違う。どちらも俺が出向くことになるのは同じだ。
しかし、あの時は、忍者営業部の面々が徹底的に情報収集を済ませ、俺の安全が疑いようがないから、和田さんも何も言わずに出陣させてくれた。
今回は誰も彼も引き止める気持ちを隠そうとせずに、出陣も止む無しと言う。戦地に行かざるを得ないのは誰もが分かっている。
幕府を支えてくれている六角家の命令。三好家に対抗できるほどの家格と立地的優位性を持ち、相応の実力を備える。
先の当主である
今回の出陣も、その辺りの焦りが影響しているのかもしれない。
六角家は、三好家を排除し、自家の影響力を増すために幕府を支援してきたし、俺を生かしてきた。
俺に将軍として価値が無ければ、切り捨てられる運命だ。
家の大小に関係無く、戦乱の世を生き抜き、御家を維持するために必死なのだ。
俺を支える価値がなければ、三好家との共存を図るか、弟の義昭くんを担ぎ上げて戦うのだろう。
そうなると、六角家にとっても俺は邪魔者。仮に俺が三好家に捕まれば、六角家は将軍に弓引く反逆者の烙印を押される。つまり俺に価値を見出せなければ、必ず殺そうとするだろう。
進むも地獄、退くも地獄。
一向一揆は進めば極楽というのだから、俺より随分良い。
俺は無神論者なので、進めば極楽というのも信じがたいが。
最近は一周回って達観したような気持ちである。やれることが無さすぎて開き直ってしまったのだろうか。
明るいうちは、そんなもんだ。
それでも夜になると、眠れなくて楓さんを激しく求めてしまう。
タガが外れたように。
狂ってしまいたいかのように。
そうなれれば、どれだけ幸せなのだろうか。
日々をどう過ごしたところで、時間は平等に過ぎ去る。
清家の里にいる幕府直轄軍は、最後の追い込みで厳しい訓練を受けている。和田さん曰く、ここで追い込まないと戦場で死ぬらしい。だから今、死ぬほど鍛えられている。厳しくも優しい考えだ。
そこまで思いを巡らせてみたところで、ハッとした。
ここで達観した雰囲気を出して、無為に過ごしていて良いのだろうか。
もっと無様でも足掻かなければならないではないか。
そのように思い至ると、居ても立っても居られなくなる。ここまで時間を無駄にしてきた気がしてきて、それはそれで焦ってくる。
どうにも小者感が強いな、俺は。
そもそも俺は戦いに無縁な一般人。格好良く勝とうとせずに泥臭くても出来る限りのことをしよう。
きっと初戦の奇襲が上手くいきすぎたせいで、綺麗に勝たなきゃいけないと思い込んでいたんだろうな。それじゃいけない。
大事なのは俺が格好良く勝つことではなく、仲間の命を守るためだったんだ。
その為に出来ること。俺の頭では思い浮かばないけど、考えを放棄しちゃダメだ。
俺だけで考えつかないのであれば、誰かに聞いても良い。
座して待つなんてダメだ。
何かすれば、誰か一人の命を守れるかもしれない。
無駄になるかもしれないけど、仲間の命が守れる確率が上がるなら、それは無駄なんかじゃない。
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