第10話 拳でぇと!?

「――は? 何て?」


 予想はしていたが、やはり俺から話しかけるとこうなるわけか。前日にカナを怒らせたことも良くなかったし、正直に言うかどうか悩んだけど言ってはいけなかった。


「お姉ちゃんを怒らせて挙句に追い出したって言った……? え、あんたを殴っていいってことで合ってる?」

「そんなわけないだろ。そうじゃなくて、まずは落ち着いて俺の話を聞いてくれ。そんで、今すぐその振り上げてる拳をしまってくれ」


 俺とキイがいる場所は教室だ。


 放課後だからと人が全くいなくなっているわけじゃなく、数人の女子と部活の男子が多少残っている。


 もし俺に手を出してしまえば困るのはキイだ。口論にもならずにいきなり男子を殴れば、それはさすがに良くないはず。


「……あんたを殴ってもわたしにダメージなんて無いけど?」

「変なウワサになるだろ!」

「悪いのはどっちかなんてことなら、もちろんあんたってことになるから問題無いし」

「手を上げた方が悪いに決まって――うっ?」


 教室に残っている連中を眺めると、すでに部活男子の姿は無く女子……それもキイといつもいる女子しか残っていない。


 ――つまり、圧倒的に不利なのは俺一人だけということを意味する。


「それで、反論の続きは?」

「……無い。でも、俺を殴ったらカナが悲しむことになるぞ?」

「何でお姉ちゃんが悲しむわけ?」


 ここはありのままのことを話して怒りを鎮めなければ。


「お前のことをすごくいい子だって自慢してたからだ! 優しくて気が利いて、自慢の妹だと! そんな妹が誰かを殴ったことが知れたらどう思うか……」


 ちょっと大げさに言っておけば通じるはず。


「お姉ちゃんがそんなことを……」

「間違いなく言ってた。だから――」

「……それはいつ? 昨日? というか、わたしが出会えてないのにそんなにあんたと会ってるってこと? それもわたしに内緒で」

「別に内緒にしてたとかじゃなくて、カナが勝手に会いに来てるだけっていうか」

「へぇ……あんたに会いに……」


 何でこんなに怒りまくってるんだよ。いくら姉を溺愛してるからって怒りを継続しすぎだろ。

 

「コザ、大丈夫そう? ウチたち帰るけど」

「うん、平気。こいつにまだ用事があるし、帰ってていいよ。ありがと」


 こいつ呼ばわりされるとか、キツいな。キイの周りの女子たちはやはり俺を見張っていたようだ。他の女子たちが帰ったらさすがに態度も変わりそうだが……。


「なぁ、その拳……」

「拳で決着つけないと気が済まない。嫌だけど、これから一緒にグゴについて来てもらうから」


 グゴ――いわゆるローカルなゲームセンターだ。商店街の一角にあって、ガキの頃にしょっちゅう利用していた。今も稼働していたとは驚きだが。


「え、でもグゴにあるのは確か……」

「パンチングマシーン。それを使ってあんたと勝負するから!」

「勝負?」

「本当ならあんたを殴りたいところだけど、お姉ちゃんを悲しませたくないし」


 一応は気にしてるわけか。


「一応言っておくけど、そこにカナがいるとは限ら――」

「バカなの? いるわけないでしょ! どうせあんたに期待したって無駄だし」


 俺が歩くところ全てでカナがいるとか期待してたのは、キイの方なんだけど。これ以上下手なことを言うと本当にぶん殴られそうだからやめとこう。


 誰もいなくなった教室を出て俺とキイは商店街に行くことになった。といっても、一緒に歩くわけじゃなく……。


「場所なんて頭の中に入ってるでしょ? いくらあんたがバカでも」

「ひどいな。そりゃ分かるけど、別々に行っても意味は――」

「うるさい! 早く行け早く!!」


 あのカナの妹とは思えないくらい狂暴過ぎる。元々仲も良くなかったし、同じクラスにいても話なんてしてこなかったとはいえ、本当に俺にだけ厳しいな。


 微妙な距離を保ったまま目的地にたどり着くと、入口を前にしてキイだけ先に店内へ入って行ってしまった。


 それにしても、店は相変わらずボロいままで変わっていないが、潰れてもいないので何となく安心感がある。パンチングマシーンもおそらく健在だろう。


 置いてけぼりをくらっても仕方が無いので店に入ろうとすると、


「おおぅ! そこに行く少年! 実はさっきから仲間になりたそうに少年の背中をずっと見つめていたのだけれど、気づいて仲間に入れてくれるのだね?」


 背後から聞こえてくるのは間違えようのないカナの声だ。しかもさっきから俺を見つめていたとかほざいている。


 実は隠密行動が得意なのか?


「仲間って……というか、いつからここに?」

「さっき来たばかりに決まってるじゃないか! まさか学校から追って来たなんて疑うのは無しだぜ?」

「まぁ、それは無いでしょうね……」


 姉溺愛の妹が俺の後ろを歩いていたし、その後ろにいたらすぐに気付いている。


「で? で? これから中へ行くというのだね?」

「パンチングマシーンに用がありまして……」

「ほほぅ! 部屋にこもりっきりの少年にもそんな趣味があったなんて、お姉さんは感動しちゃうぞ! というか、拳仲間だ~!!」

「……もしかしなくても、カナさんはここに結構来てたりするんですか?」

「うむぅ!」


 その辺は姉妹だな。揃ってここに来ていたなんて。


 カナの口ぶりだとここにキイが来ていることを知らないようだし、ここでようやく姉妹の再会ってことになりそうだな。


「じゃあ、中へ行きますか」

「今日は拳でぇとから始めるつもりなのだね! 望むところだぜ!!」


 拳デートって……。


 昨日の怒りは収まってるように見えるけど、ここで発散させるために来たのかもしれないな。

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