第44話 ママドラゴン②

 わたくしは今日もルシウスを見守ります。それと同時にブリオスタ王国の王であるランベルトやその周辺の監視も怠りません。


 あぁ……ルシウス……。


「ほぅ……」


 わたくしは知らず知らずのうちに炎を伴った熱き息を吐きます。いつ見てもルシウスは無邪気でかわいらしいですね。


 初めての温泉で気持ちよさそうにはしゃいでいたルシウスのかわいらしいこと。しかも、初めての湯舟に恐れる様子もなく、なんと泳ぎまで披露していました。ウチの子は勇敢にして天才かもしれません。


 中でもルシウスが喜んでいたのは、人間たちの作る料理でした。そのつぶらな青い瞳をキラキラ輝かせて夢中で食べるルシウスなんて初めて見ました。なんだか母親として敗北感を感じますが、ルシウスがそれで幸せならそれでいいのです。


 監視しているランベルトたちですが、彼らは方針を違えず、ルシウスのご機嫌取りに終始していました。そこそこの芸術性のあるネックレスや、貴金属のインゴット、そして海産物などの食べ物など、あの手この手でルシウスの機嫌を取ろうと必死になっていましたが、なかなかルシウスの心には響きませんでした。


 そうですね。金や銀程度のインゴットでは大した価値もありませんし、ネックレスの類はドワーフの作る物に比べるとやはり見劣りします。ルーがいまいち喜ばないのも納得です。ですが、あれが人間の技術の限界なのかもしれません。ランベルトたちがルシウスを粗雑に扱っているわけではなさそうです。


 ルシウスとって、ネックレスや金や銀のインゴットなどよりも食べ物の方が嬉しそうでした。単純に芸術品よりも食べ物に関心があるのかもしれません。まだまだ生まれたばかりの育ち盛りですからね。芸術品の価値などよりも食べることに関心が向くのも仕方がありません。


 そういえば、知り合いのエンシェントドラゴンが言っていましたね。子どもはなんでも口にするから注意するように、と。


 聞けば、ドワーフに作らせた子どもの誕生祝いの豪奢なミスリルのアクセサリーを、ちょっと目を離した隙に子どもが食べてしまったとか。


 子どもにとって、芸術品などを見て楽しむよりも食欲の方が大きいということでしょう。ルシウスも神殿にある宝物にはあまり関心を示しませんでしたね。


 わたくしも今度ルシウスに贈り物をするなら食べ物にするべきかもしれませんね。


 そんなルシウスですが、もう一つ強く関心を示したものがあります。それは、人間の女性の胸です。


 最初は人間の体に興味があるのかと思いましたが、ルシウスの世話をしているメイドの言葉にハッとさせられました。


 人間の女性の胸は、母性の象徴。


 つまり、ルシウスが女性の胸に強い関心を示すのは、母親であるわたくしを恋しがっている可能性もあります。もちろん、わたくしもルシウスに会いたいです。


 不遜にもアンジェリカがルシウスの母親になるという宣言も気に障りました。


『あなた、ルシウスを連れ戻しましょう。これ以上人間たちの元にルシウスを置いていても意味が無い気がします』

『もう少し待ってくれ。今、ルシウスが面白い物に興味を示したんだ』


 だというのに、夫はまだその時ではないと言います。わたくしはもうルシウスが恋しくて堪らないのですが……。


 ルシウスの様子を窺えば、次にあの子が興味を示したのは、魔力で動くゴーレムの人形でした。あの子にはまだ早いと思いますが……。


 しかし、ルシウスは魔力を操り、人形を動かしてみせました。それだけではありません。ゴーレム人形で魔力を操るコツを掴んだのか、ブレス、魔法、最近は夜な夜な空を飛ぶ練習までしています。もう完全に魔力の扱いはモノにしたようです。


『刺激的な環境が良いのかな?ルシウスは、私の想像以上の成長を遂げたよ。ウチの子は天才なのかもしれないな。君もそう思うだろ?』

『………』


 たしかに、ルシウスの成長は喜ばしいことです。ですが、素直に喜べない自分も居ました。本来なら、ルシウスを教え導き、成功を共に喜ぶのはわたくしのハズだったのに……。醜い嫉妬が喜びに水を差します。嫉妬? わたくしがたかが人間ごときに嫉妬……?


 自身の嫉妬心を自覚してしまえば、もうダメでした。これまで見ないようにしていた寂しさも合わさって、どうしようもないほど心がルシウスを求めます。ルシウスに会いたい。


 気が付けば、わたくしは人間の姿になって転移門を開いていました。


『……行くのかい?』


 夫がわたくしに尋ねます。


「はい。もう我慢できそうにありません」


 わたくしはルシウスに会いたくて堪りません。今すぐにでも抱きしめたくて仕方ありません。これまで耐えていた分、わたくしの心は、一層ルシウスを求めていました。


『まさか君がそこまで思い詰めていたなんてね……気が付かなかったよ。君にはすまないことをしたね……』


 “これは子離れできるか心配になるな……”そんな夫の呟きを無視して、わたくしは転移門へと入るのでした。

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