第34話 かくれんぼドラゴン

 アンジェリカが勉強中の午前の時間。僕と僕の専属メイドであるクレア、ティア、アンネ、ヴィオは、一緒に遊んでいることが多い。メイドとしてそれでいいのか? と思わなくもないが、彼女たちにとって、僕と一緒に遊ぶのもお仕事の内なのだろう。ちなみに今からやるのは“かくれんぼ”だ。


 このかくれんぼ。幼稚な遊びだと思って、最初は気乗りしなかったのだが、あることに気が付いてからは、むしろ大好きな遊びとなった。


「えー、また私が鬼ー?」


 ジャンケンで負けたヴィオが不満そうな声を上げる。なぜかヴィオはジャンケンにすごく弱い。本人も言ったように、ジャンケンで負けて鬼をやることが多い。


「それじゃあヴィオ。100数えてから私たちを見つけてくださいね」

「分かったわよ……」


 クレアの言葉にヴィオが不満そうな顔で頷く。


「分かりました、ですよ?」


 ヴィオの言葉遣いを注意するクレア。ヴィオはフランクな言葉遣いをすることが多く、敬語を話すように注意されることが多い。他にも、お行儀やマナーの点で度々注意を受けている。ヴィオは、この離宮で一番の新人メイドさんなのだ。


 そんなヴィオだが、実は貴族のお嬢様だったりする。他のメイドさんも貴族のご令嬢らしい。


 そんな貴族のお嬢様たちが、なぜメイドなんてやっているかというと、ヴィオ曰く、行儀見習いのために親に王宮のメイドをやるように言われたようだ。他のメイドさんたちの話も聞いていると、ヴィオのようなケースはけっこうあるらしい。この離宮は、若い貴族の娘が礼儀や作法を身に付けるためのマナー教室みたいな側面も持っているようだ。


「分かりました……」

「よろしい」


 ヴィオますますご機嫌斜めだ。


「では、始めましょうか。ちゃんと100数えるんですよ?」

「分、か、り、ま、し、た!もうっ。1,2,3,4,5,6,7……」


 不貞腐れて数字を数え始めるヴィオの声を後ろに、僕は廊下を駆け出した。



 ◇



 ポフポフッと廊下の絨毯の上をリズミカルに4つ足で駆ける。僕は、よちよち歩きの二足歩行より四足歩行の方が圧倒的に速く走れるのだ。初めは元人間の矜持からか抵抗があったけど、いつの間にかそんなものは無くなっていた。速さは正義なのだ。


 廊下の十字路を直感で右に曲がると、明るい茶髪のメイドさんの姿が見えた。17歳くらいの若いメイドさんだ。端正な美人というよりも、人懐っこいかわいい系の顔立ちをしており、その大きな青い目が僕を見て驚いたように見開かれる。ビックリした顔もかわいらしい。


 メイドさんの胸元は慎ましく、微かにエプロンドレスを押し上げている。たしか、小さいけれど形の良いおっぱいの持ち主だ。この前、全てのメイドさんの顔とおっぱいを見た僕の情報に間違いはない。このドラゴンの体は記憶力の良いのか、今の僕は、全てのメイドさんの顔とおっぱいの情報が一致している。それだけ聞くと、まるで僕がとんでもないスケベみたいだね……間違ってないけど。


 メイドさんは、お掃除の最中なのだろう。手にはホウキとチリトリを持っていた。


「あら? ルー様? 専属の者も連れずに、いかがなさいましたか?」


 僕の専属のメイドであるクレアたちを連れずに走っている僕が珍しいのだろう。茶髪のメイドさんが尋ねてくる。


「クー」


 僕はメイドさんに鳴き声で応えると、メイドさんに向かって走っていく。


「クー」

「きゃっ」


 そして、僕は“ちょっとごめんよ”とばかりに、まるで暖簾でもくぐるように、メイドさんのロングスカートの中へと入っていく。普通なら蹴られて追い出されそうなものだが、しかし……。


「察するに、かくれんぼでお遊びなのですね。ここは私にお任せください」


 そう言ってわざわざ脚を開いて、足の間に僕の居座るスペースまで作ってくれるメイドさん。対応が優しすぎる。


 メイドさんが妙に感が良いのは、最近、僕たちが連日のようにかくれんぼで遊んでいるからだろう。


「クー」


 僕はメイドさんに“任せたよ”と鳴いて、上を見上げる。


 スカートの中は暗いけど、ドラゴンである僕の目には、まるで光源でもあるかのように、くっきりはっきりと、白いニーハイソックスの向こうに、メイドさんのパンツに覆われたお股が見える。脚を開いているから、下から丸見えだ。ロングスカートによって覆われているからか、女の子の甘い良い香りが充満している気がする。


 メイドさんは、かわいい顔をしていながら、かなり布面積の少ない際どい赤いパンツを穿いていた。ぷにっとしたお肉がパンツからはみ出しているし、後ろなんてTバックだ。丸いお尻が丸見えである。


 この国では、生足を見せるのは、はしたないとされているらしく、メイド服は夏でもロングスカートにニーハイソックスだ。やっぱり暑いのか、このメイドさんのように涼しげな布面積の少ないパンツを穿いているメイドさんが多い。僕としてはとても眼福である。


 もう1つ特徴を挙げるなら、白系の下着を愛用しているアンジェリカとは違い、メイドさんたちの下着はカラフルで種類も豊富だ。メイド服と白のニーハイソックスを着ることは強制されているが、下着は自由なのか、それぞれ個性の出た下着を身に着けていて、面白い。


 メイドさんのおパンツを鑑賞し始めてしばらくすると、ポフポフと絨毯を歩く音が聞こえてきた。


「あれ?こっちに曲がったのは見えたんだけど……」


 ヴィオの声だ。


「ねぇ、ルー様見なかった?」

「ルー様でしたら、向こうに駆けてお行きになりましたよ」


 ヴィオの言葉に、僕をスカートの中に匿ってくれているメイドさんが嘘の情報を教える。


「そう、向こうね。ありがとう」


 ヴィオの足音が少しずつ遠ざかっていく。


「………もう大丈夫だと思います。ルー様」


 このままずっとここに居たいけど、それだとメイドさんのお仕事の邪魔になってしまう。僕は残念な気持ちを抱えながらメイドさんのスカートの中から外に出た。ちょっと涼しく感じる。


「クークー」


 僕は“助かったよ、ありがとう”と鳴いて、首飾りを首から外してメイドさんに差し出す。お礼の気持ちである。


「これを私に…?」

「クー!」


 僕は頷いて応える。


「お許しください。それは宰相閣下がルー様に贈った物です。そんな高価な物、なんの功績も挙げていない私が受け取るわけにはまいりません」


 メイドさんが困った表情をして僕に頭を下げる。メイドさんを困らせるのは僕の本意じゃない。それに、いきなり高価な物を渡されて困惑する気持ちも痛いほど分かる。僕も困っているからね。


「ク~……」


 このメイドさんも受け取ってくれなかったか……。僕は残念な気持ちで首飾りを着けなおす。


「クークー!」


 僕はメイドさんに改めてお礼に鳴く。


「ルー様、ご武運を」


 ご武運って、かくれんぼごときに大げさだなぁ。そう思いながら、僕はヴィオとは反対側に駆け出すのだった。

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