第5話 王の憂鬱②

「この戦争勝ったぞ!」

「はいっ!」


 私の言葉に宰相が大きく頷く。最低でもトゥルードラゴン。それほどの戦力があれば、逆にアブドゥヴァリエフ王国へ侵攻できるだろう。勝ったどころの騒ぎではない。大勝利だ!


 娘は、アンジェリカは、よくやってくれた。そう言えば、本来なら15歳で成人してから行う“使い魔召喚の儀”を13歳に引き下げたんだったな。これも先の戦争で失った戦力を取り戻すために行った政策の1つだ。


 先の戦争では、使い魔とその主である貴族の多くが戦死した。その穴を埋めるべく行った政策だ。


 たしか、13歳になったアンジェリカが“使い魔召喚の儀”を行うのは今日だったな。幼い娘を戦力として数える私は、酷い父親だろう。しかし、国の為にもアンジェリカの力が必要だ。私は心を鬼にして幼い娘を戦場に送り出す決意を固めなくてはならない。


 アブドゥヴァリエフ王国から事実上の宣戦布告がなされた今日、娘がトゥルードラゴンを使い魔として召喚する。何か運命的なものを感じざるをえない。まるで神々が我らを祝福しているようだ。天空神ウラヌスよ! 地母神カイヤよ! 感謝致します!


「戦争…? 何をおっしゃっているのですかな…?」


 ハーゲン翁が怪訝そうな顔を浮かべて訊いてくる。どうやらハーゲン翁は、アブドゥヴァリエフ王国が我が国に事実上の宣戦布告をしたことを知らなかったらしい。


「これだ」


 私はハーゲン翁にアブドゥヴァリエフ王国から勅使が持って来た国書を見せる。


 アブドゥヴァリエフ王国の奴らめ、今に見ていろよ。貴様らなどトゥルードラゴンのブレスで消し飛ばしてくれるわ!


 国書を見たハーゲン翁の顔が青ざめたものに変わっていく。ついにはプルプルと震えだした。


「へ、陛下!」


 ハーゲン翁は、口から唾を飛ばして、えらい慌てようだ。


「翁、まずは落ち着け」

「これが落ち着いていられますか!」


 ハーゲン翁はどうしたのだ? トゥルードラゴンの戦力があれば、アブドゥヴァリエフ王国など恐るるに足らずと云うものだろうに……。何か変だ……。


「陛下、よく、お聞きください。アンジェリカ姫様が召喚したドラゴンは……」


 私はハーゲン翁の雰囲気にのまれ、知らず知らずのうちに体が強張り、固唾をゴクリと飲み込んでいた。すごい緊張感だ。ハーゲン翁は何を言い出すつもりだ?


「アンジェリカ姫様が召喚したドラゴンは……幼体なのです」

「「……は?」」


 宰相と一緒に間抜けな声を上げてしまう。宰相のそんな間抜けな声を聞くのは初めてだ。そのことが信じられず、思わず宰相の方を向くのと、宰相が呆けたような間抜け面をこちらに向けてくるのは、同時だった。おそらく、私も同様の間抜け面を晒しているのだろう。


「「……は?」」


 ハーゲン翁の言葉を信じたくなくて、ハーゲン翁に尋ね返すと、宰相と声が重なった。宰相も信じたくはないのだろう。


「ですから、ドラゴンは、生まれたばかりの幼体なのです。アンジェリカ姫様の半分の大きさもありません」

「そんな……」

「バカな……」


 私の中にあった大きく逞しく強いドラゴンのイメージが木っ端微塵に砕ける。


「で、では、戦力として期待は……?」


 私はそんな現実を信じたくなくてハーゲン翁に縋るように尋ねていた。


「無理でしょうな……」

「は、はは……」


 私の口から乾いた笑いが漏れ、それと同時に頭に閃いていたドラゴンを使った無数の策も消え失せる。なんたることだ……。


「では、アブドゥヴァリエフにどうやって勝てというのだ……」

「陛下、お気をたしかに……」


 私の失意に倒れそうになる体を、宰相が支えてくれる。だが、その宰相の言葉にも力が無い。


「陛下、問題はそこではありませんぞ!もっと重大な危機があるのです!」


 国が亡ぶ。これ以上重大な危機って何だ? 聞きたくない。聞きたくないが、王たる責任として聞かなくてはならないのだろう……。


「……申せ」


 たっぷり一呼吸して、なんとか精神を落ち着けてハーゲン翁に申し付ける。


「アンジェリカ姫様が召喚なさったのは、ドラゴンの幼体です」

「それはさっき聞いた……」


 これ以上、傷を抉らないでくれ……。


「お分かりになりませんか? ドラゴンの幼体を召喚、言い方を変えましょう。ドラゴンの子どもを誘拐したのです」

「……は?」


 どうしてそんな悪意のある言い換えをするんだ。そんなことをしたら……ッ!?


「お気付きになられましたね? そうです。ドラゴンの親から見れば、我が子を誘拐されたようなものなのです。その怒りがどれほどのものか……」

「待て!待ってくれ!たしか先程、召喚したドラゴンは……」

「そうです。最低でもトゥルードラゴン以上。ならば、その親もそうでしょう。その怒りが、この国に向けられれば……」

「「………」」


 確実に国が亡ぶ……。


 アブドゥヴァリエフ王国に亡ぼされるされるのとは訳が違う。奴らは王族や貴族は亡ぼしても、民までは亡ぼさないだろう。だが……怒れるドラゴンが相手では……民さえ巻き込んで、一切が焦土になりかねない……。


「どうすればいい……?」


 私は縋るようにハーゲン翁を見つめる。ハーゲン翁はこの国一番の賢者。きっとなにか妙案があるに違いない!


 ハーゲン翁が、やがておずおずと口を開いた。


「……甘やかすのです」

「甘やかす…とは…?」


 何か深い意味があるのか? それとも、何かの隠語か?


「召喚してしまった子どものドラゴンを、これでもかというほど甘やかすのです! そして、いつか親が迎えに来た時に、どうか許してくださいと、子どもの口から親を説得してもらうようにお願いするのです!」

「「えー…」」


 国一番の賢者のとても情けない提案に、私と宰相は言葉を失った。


「幸い、アンジェリカ姫様のことを気に入っているご様子。菓子も美味しそうに食べていましたぞ。この調子でどんどんとこの国に対する印象を良くするのです!」

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