第2話 狂人よこんにちは中

 対戦相手の1人、トガワという者からだ。

『らしくないミスだ。考え事か? オニビ』

 オニビとは僕のハンドルネーム、インターネット上で使っている別名である。


 打ち込んで会話をするのがめんどくさいので、僕は音声チャットを開き、ボイスチェンジャー付きのマイクのスイッチをつけて話す。

「ちょっと間違えただけだ。まだ勝負はわからない」


 本来なら年上には敬語で話すべきだが、素性を隠している僕はため口で話す。

 このトガワは普段から弱いくせに、僕のミスに対して調子に乗りやがって。


 トガワも音声チャットで話しかけてきた。

「今回は私が勝つな」

「最後までわかるもんか」


 結果、僕が1位でトガワはドベの3位だった。

 こいつ弱いな。

 トガワが音声チャットで話しかけてくる。


「やるじゃないかオニビ。どうだリアルで会ってこのゲームしないか?」

 僕はめんくらった。

 なぜ会う必要がある? ひょっとしてトガワは僕の素性を知っているのか?


 いや、それは無いはずだ。このコンピューターとインターネットのセキュリティ対策は万全だ。僕の素性がばれるような発言を今までしていない。

 とりあえず、トガワに探りを入れてみるか。


「なぜ会う必要がある?」

「現実でこのゲームをやりたい。いや、正確にはむかつく奴がいるからこのゲームでボコボコにしたい。私とオニビが協力すれば、あいつを負けさせるのは簡単だ」

「……くだらない」


「そう言うなよ、あいつこのゲームで偉ぶっていてムカつくんだよ。交通費とお菓子出すから来てくれよ」

「やだよ」


「行けない理由があるのか?」

 しつこいな、トガワ。

「今、殺し屋に狙われているから外に出たくない」


 トガワから返事は来ない。

 危ない奴だと思って、会話するのをやめたのかもしれない。


「それで、オニビは誰を殺したんだ?」

「誰も殺してねえよ!」

 何勘違いしてるんだこいつ。


「殺してないのになんで命狙われるんだ? おかしくないか?」

「……僕の親父が犯罪者だ。そのとばっちりだ」

「そいつは災難だ。それで、殺し屋に勝てそうか?」


「勝てるわけねえだろ!」

 中学生が一流の犯罪者に勝てるわけがない。

「どうやら困っているようだな。助けてあげよう」

 なんだこの上から目線の発言は。


「言っておくが警察は助けてくれないぞ」

「助けるのは警察ではなくて私だ。君に助かる方法を教える」

「何様だお前は?」


「人を治す仕事をしている。だから人の壊し方を多く知っている」

「……」

 こいつ危険人物か?


 そして、どちらだ?

 僕の命を狙う奴の関係者か、まったくの部外者か。

 トガワは……どちらだ?


 もし、殺し屋の関係者なら、僕に対してこんな回りくどい接触をするか?

 普通に「私は犯罪者から人を助ける活動をしている」とか、「保護してやる」とか嘘を言って会おうとすればいいはずだ。


 警戒している人間に気づかれずに突き落としができる人間が方法を教えるなんて回りくどいことをするか?

 トガワは僕の命を狙うやつとは無関係か?


 ……。

 まあ、どちらでもいい。

 暇つぶしに付き合ってやるか。


「どうすれば殺し屋に勝てる?」

「まずはクイズだ。裁判で訴えられたとき絶対に勝つ方法を知っているか?」

「クイズ? 裁判? 何の話だ?」


「重要な問題で現実ではしちゃいけない話なんだ。ちなみに原告、訴えをしてきた者の殺害は無しだ」

 僕は考える。

 裁判で訴えられて絶対に勝つにはどうするか。


「そうだな。原告を脅迫して裁判を取り下げる、もしくは裁判官の買収か?」

「いい線をいっているな、オニビ。だがそれは確実ではない。脅迫に屈しない人、買収に応じない人はいる」

 そりゃそうだろ。


「そもそも、裁判の結果なんて最後まで分からない。絶対に勝つなんて無理だ」

「無理じゃないさ。確実に勝つ方法はある」

 僕は考えたが答がわからない。

「適当なことを言ってないか? 答えを教えてくれ」


「簡単さ、原告にお金を払って裁判を取り下げてもらう。例えば賠償金100万円を払うように訴えられているとしよう。20万円などを払って約束するんだ。裁判を取り下げてくれたら残りのお金を必ずお支払いします、ってね。それで取り下げてもらう。人間はみんめんどくさがり屋だ。裁判所に行くのも裁判するのもめんどくさい。目的を果たせるなら訴えを取り下げるさ」


「何を言っている? それは勝っていない。裁判で負けなくても、結局お金を払うなら負けじゃないか」

「いいや勝ちだ。100万円が20万円で済んでいるんだぞ」

「20万だけじゃないだろ。残りの80万円を支払わないといけない」


「なんで残りを払うんだ?」

「約束しただろ。それを破ったら犯罪だ」

「口約束をどうやって証明する?」


「口約束だって立派な契約だ。そんなもの取り下げた裁判をもう1回やればいいじゃないか」

「そう、普通の人間ならそう考える。裏切られたのならもう1回裁判をすればいい。それが知る者と知らざる者の格差だ」

「何が言いたい?」


「民事訴訟法第262条。終局判決があった後に訴えを取り下げた者は、同一の訴えを提起することができない、とある。場合によっては同じ事件についてもう一度裁判することは不可能だということだ。もらうべき金の全てをもらわずに裁判を取り下げた時点で負けだ」


 僕は考える。知らなかった。

「へえ、それは知らなかったよ」


「念のため言っておくが、いくら裁判で勝ちたくてもこの方法は絶対に使うなよ。人を侮辱している。似たようなことをやった馬鹿は妻と子ども含めて一家皆殺しにされた」

「……物騒な話だ」

 どうしてトガワはそんな危険な話を知っているのだろう。


「では第2問だ。ある男が車を運転中、誤って崖を超えてしまい、車ごと海に落ちてしまった。どうなるかわかるか?」

 こういった事故の話を、僕は過去に聞いたことがある。


「水が車内に入ってきて、水圧でドアが開かなくなるんだろ」

「正解だ。車の中に徐々に水が入ってくる。

 パワーウィンドウは故障して動かない。このままでは車の中が水で満たされ窒息死してしまう。そして車の中にハンマーやレンチなどの窓ガラスを割るのに適したものはない。さあ、脱出するためにどうする?」


「どうするって、窓ガラスを割るしかないだろ」

 ドアが開かないのなら、そこから脱出するしかない。


「どうやって?」

「拳で?」と、僕は答える。


「割ったことあるのか、オニビは?」

「いや、やったことはない」

「素人が拳で壊せるほど車の窓ガラスは弱くない。あれは固いんだ。

 ヒントを出そう。持ち物として一般の成人男性が持っているものはあるとする」


 僕は一般の男性が持っているものを思い浮かべた。

 窓ガラスを割るのに適しているもの、あれか。


「腕時計だ。腕時計を拳にはめて、破壊力を増したパンチをしたんだ」

「いい線を行っているな。だが、それよりももっと破壊力を増す方法がある。物と物を組み合わせて、ある物理法則を使うんだ」

 組み合わせる物理法則? 僕は考えた。


「わかった、遠心力だ。靴下を脱いで、中に腕時計を入れて振り回す。破壊力を増したんだ」

「正解だ、おめでとう。靴下の中に小銭や携帯を入れて振り回すや。ベルトに時計を括り付けて回すのも正解だ。ちなみにもう一つ脱出する方法がある」


「へえ、どうやって脱出するんだ?」

「それは内緒だ。君が生きていればいつか知るかもな。まあ、非常に危険だからやるべきではない」

「……それで、こんなクイズに正解して何になる?」


「窓ガラスを割れずに亡くなる人はいる。知っていることは役に立つ可能性がある。生きる確率が上がるのだ。では正解した褒美に殺し屋に勝つ方法を教えよう」

「勝つ方法って、トガワは僕が何歳だと思っている?」

 子どもが本職の殺し屋に勝てるわけがない。


「君の年齢なんて関係ない。殺し屋は人間であり私は人を壊す専門家だ。だから勝てる。では説明の動画ファイルを君に送ろう」


 数時間後。僕は送られてきたファイルをウィルスチェックをした後に再生した。

 白衣を着たおっさんが解説を加えながら様々な薬品を合成する動画だった。

 声が一緒だから、この人がトガワだろう。


 完成した液体をスポイトに入れ、ネズミの口内に垂らすとマウスは絶命した。

 毒だ。


「毒は人に盛るのがとても難しいんだ。異変に気づかれてしまうからね。だから盛るための方法をまとめた文書ファイルを送るよ」

と、画面の中の男が言った。


 ウィルスチェックをした後、パソコンに送られてきた文書ファイルを開くと、毒を盛る方法がやけに詳しく書かれていた。

「……」


 やってんなこいつ。

 実際に毒を盛ったことあるような、非常に詳しい書き方だ。

 一応、聞いてみるか。


「トガワ。なんで毒を作った? 誰か殺したのか?」

「私は人を殺したことはない。殺さない誓いを立てている。私が飲むために毒をつくった」

 それは意外な答えであった。

 てっきり答えをにごされると思っていた。


「……自殺? なんのために?」

「大きな過ちを犯した。昔、級友の自殺を止めるのに失敗した」

「……。大切な人だったのか?」


「全然。好きでも嫌いでもないやつだ。虐待やイジメられていないやつだから自殺するなんて考えもしなかった。遺書もなかった。でも、私は彼の自殺を止めようと説得した。君が死んだら私もみんなも悲しむ、みんな君に生きてほしいと思っている。生きていれば楽しいことはあるさ。……でも彼は飛び降りた」

 トガワはけっこう重い過去をお持ちのようだ。


「そうか災難だな。……自殺を止められなかったことをまわりに責められたのか?」

「いや、クラスメイトも大人も誰も責めなかった。みんな私に同情してくれたよ」

「なら、トガワは自殺しなくていいじゃないか」

 自殺する意味がない気がする。


「この感情は実際に経験しないとわからないだろう。人の自殺を止めようと説得したが失敗して死なれた。それは『君は生きるに値しない』。私の人生のすべてが否定されたということだ」

「……」


「生きていれば嫌なことはある。嫌われる、悪口を言われる、殴られる。だがそんなことをしてきた奴らは私のすべてを否定したわけではない。そいつらは命をかけちゃいない。だから命をかけて生きる私のほうが正しいのだ。

 だが、あいつは。あいつは命をかけて私の人生を否定した」

「……」


「私の人生は空虚になった。楽しかったことが楽しめなくなった。失敗して、人より劣っていても何も思わなくなった。努力の意味がわからない。恥ずかしいや嫌いという感情がなくなり……

 全てがどうでもよくなった。

 そしてついに。私は人生の終着点が見えてしまった。私は誰からも愛されず、誰も愛さず、何も楽しめず、何も求めず、誰にも心を許さず、孤独に死ぬ」


「……でも。人生は何が起こるかわからないだろう」

「そう、そのとおりだ。人生はわからない。私はホームレスか廃人になると思っていたが定職についている。生意気な友人に誘われてボードゲームという物をやってみたがとても面白い、色んな会に出て友人もたくさんできた」

「良かったじゃないか」


「そう。生きていてよかったよ。だが昔の私は絶望していた。絶望して生きるのがつらくなった。しかし、私は自分が死にたいのか生きたいのがわからない。その気持ちをはっきりとさせたくなった。

 だから。致死量ギリギリの毒を飲んで、運を天に任せることにした」


「……馬鹿だろお前」

 真面目に話を聞いていた自分が馬鹿らしくなってきた。

「いやあ実に馬鹿だったよ。私は床をのたうち回り、口から血をまき散らしたがなんとか生還した。そして得るものがあった」


「生きる喜びか?」

「ああ、それもある。生きるのは気持ちいい。私が得たのは、生きるか死ぬかの瀬戸際のスリル。ほら、バイクや車で暴走するやつとかスカイダイビングするとか、死亡する確率を大きく上げるやついるだろ、昔は馬鹿にしてたけどわかったよ。あれはスリルが気持ちいいんだよ」


「勝手に人の感情を推測するな。やっぱりお前は馬鹿だ」

「馬鹿になれば正気を保てるのだから安いもんだ」


「……」

 いや、お前は正気じゃない、と僕は言おうとしたがやめておいた。


「ああそうだ。死から生還した私はもう1つわかったことがある」

「なにが?」

「級友が自殺した理由」


「遺書が無いんだろ?」

「そう遺書はない。けどわかった。あいつは優しくないから自殺したんだ」

「……そうなのか?」


「誤解するなよ、優しい人間は自殺する。人の目の前で自殺したあいつが優しくないのだ。優しいのなら誰にも見られないように死ぬか、事故に見せかけて自殺するべきだ。人は優しくあるべきだ。優しくしていれば困っているときに助けられる確率が上がるし、生きる喜びも見つかるだろう」


 なんというか、死者に対して冷たい人間だなと僕は思ったが、相手はまともではなさそうなので口は挟まないことにした。


「私は生還した。しかし、級友の自殺により、私の心は毒に侵されたままだ。『自殺をすべきだ』という毒だ。私はこの毒に抗いながら生きている。オニビ君、訊こう。毒を飲んでしまったらどう対処すればいいと思う?」


「解毒剤を飲む」

「正解。他には?」


「毒を吐き出す」

「正解だ。最後の方法わかるか?」

「……。わからない」


「大量の水を飲むんだ。そうすれば体が吸収する毒の量を抑えてくれて助かる可能性がある。私は自殺に向かう毒の解毒剤を知らないし吐き出すこともできない。だが、その感情を薄めることはできる。多くの思い出を作ればいい。さて、取引をしよう」


「取引?」

「私が教えた方法で殺し屋に勝つには困難と苦痛がある。だから、私が代わりに君を助けてあげよう。その代わり私の人助け、ボランティア活動を手伝ってほしい」

 僕は考えた。


「いや、その取引はやめておく」

「少し私を手伝うだけだ。日当も払うし危険も少ない」

「それでもやめておく。僕は自分の力でどうにかする」


「……うーむ、フラれてしまった。まあフラれるのには慣れている。君はもう少し周りの大人を頼ったほうがい……あっ失礼、身近な親父がアレだったな。


 まあ、おそらく君は過酷な手段をとるだろう。君が生き残ることを祈る」

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