第8話

「どんな奥さんだったんだい?」

「そうだなあ……」

 コユキに問われ、おじさんは遠い目をした。

「結構気が強かったかな。しっかり者で、頼りになって……でも、意外と泣き虫でさ。俺は、そんな彼女を支えたいと思って結婚したんだ」

 そこで一度区切ると、でもと小さく呟いた。

「あの子は……俺と一緒になって、幸せじゃなかったみたいだ」

 吐き出された言葉には、深い哀しみとやるせなさが滲んでいた。

「……どうして、そう思うんだい?」

「そりゃ、本人に言われたからだよ。泣きながらさ」

 おじさんは投げやりにそう答えた。

「こう言われたんだ。『貴方と一緒にいると、すごく苦しい。どうして、自分を大切にしてくれないの?』ってさ」

『自分を大切にしてくれないの』

 その言葉に、息が止まるかと思った。

「俺には、彼女の言っている意味が理解できなかった。毎日毎日、彼女や子供を養う為に頑張ってたのに、あんまりだろって思った。別れてからも、心のどこかでずっとあの子の事を罵り続けてさ……」

 彼の暗い感情に引っ張られ、気分が沈む。

 かつて、ぼくもそんな事を言われていた。

『無理しないでね』『自分を大事にするんだよ』

 でも、そんな言葉は、ちゃんと頑張った人に向けられるべきだ。怖くて逃げ出した、臆病者が受け取っていいものじゃない。

 そう、目の前の人のように――。

「――だけど」

 不意に、おじさんは顔を手で覆った。

 その指の隙間から、透明な雫が零れ落ちる。


「死んで、気付いた。気付いちゃったんだ。――俺、自分を犠牲にして生きてきたんだって」


 懺悔するように告白するその姿に、ぼくの頬を涙が伝った。

 ああ……やっぱり、彼にこそ相応しい。

 懸命に生きたその人生は、ぼくには眩し過ぎた。

 例え、悔いの残るものだったとしても。それでも、少しだけ羨ましかった。

 ぼくにはできなかった事だから。

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