第41話 魔女たちの夜⑥

 一方その頃、リッカと別れたヒイラギとユダは、周囲を警戒しながら道幅が広く見通しの良い本道を避け、獣道から森を北上していた。前方から来るセイラムの軍人達に、奇襲を仕掛けようとしていたのだ。

(二十人位はいるな。進軍スピードは大した物だが、その人数じゃ流石にどこに居るかバレバレだ)

 先頭を行くユダは、隠密行動はお手のもので、微かな物音、気配から行軍ルートを精確に予測して、敵の側面に回り込むべく獣道を進み続けた。

 暗闇の中を中腰で、物音をたてないように巧みに至る所に生えている木々を避けながら、するすると先に進んで行く男の姿は、まるで獲物を追いかける狩人の様だった。

 後ろから付いてくるヒイラギは、数メートル先を進むユダの動きを真似て、最深の注意をはらいながら必死で後を追った。

 とにかく自分のせいで、この作戦が台無しになってしまうのが心底恐ろしかった。


 少女にとっては永遠とも思われた数十分間の進軍の後に、前を行くユダがハンドサインを出し、その動きがピタリと止まった。

 ヒイラギは、突然のサインに驚きながらも男の真後ろで立ち止まる。

 ユダはくるりの後ろを振り向くと、自分の方に顔を寄せろという風に、人差し指でジェスチャーをしてきた。

 顔を寄せてきた少女に、ユダは声を潜めて話す。

「先頭集団がもうすぐ真横を通り過ぎる、三十秒後に奇襲を仕掛けるぞ」

「はっ、はい」

(いよいよこの時が来たか)

 少女は、ユダから告げられた戦闘の合図で全身に緊張感をみなぎらせる。

「初撃が重要だ。まずは、君が出来るだけ広範囲に魔法を放ってくれ」

「その後に、僕が斬り込んで残った敵を倒す」

「・・・分かりました」

 そう答えるヒイラギの表情には、迷いと苦悩が滲み出ていた。

 ユダも、その少女の迷いに気付いたのか、真正面から目を見つめる。

「これは平和を実現するために、避けられない戦いなんだ」

 少女もそれは理解しているのだが、平和を実現するために、目の前の敵を殺すと言う行動に、どうしても割り切れない気持ちを感じていた。

「大丈夫です、やれますから」

 ヒイラギのどこか頼りない返答にユダは不安げな表情を見せながらも、二人は本道の近くの茂みに身を隠した。


 ザッ、ザッ、ザッ

 やがて規則正しい集団の足音が聞こえてきて、ヒイラギ達の直ぐに真横を通り過ぎて行く。

 茂みの向こう目の前に、銃を構えて周囲を警戒しながら進む黒い軍服の男達の姿が見え、少女の心臓の鼓動が更に早くなった。

 真横にいるユダが、右手の指を5本立てて見せる。そして、ゆっくりと指を一本ずつ折ってカウントダウンをはじめた。

 カウントがゼロになったタイミングで少女が敵に向かって魔法を放つと言うのは、事前の打ち合わせで決まっていた。

 ヒイラギはカウントが3になったタイミングで、覚悟を決めたように目をギュッと閉じた。

 少女は心の中で、荒れ狂う竜巻を強くイメージして両手を前方に突きだす。

 そして、きっかりと3秒後に巨大な竜巻が目の前に現れ、本道を進む黒い軍服の男達を襲い始めた。

 竜巻は周囲の木々をなぎ倒し、男達の驚きと悲鳴を一瞬で吸い込みながら猛威を振るう。

「これは一溜まりもないな」

 ユダは、少女が放った魔法の威力に感嘆の声をあげる。

 目の前にいた黒い軍服の男達は、もれなく竜巻に巻き込まれて姿を消していた。

 数十秒後、竜巻が完全に消え去ったのを確認して、ヒイラギとユダは周囲を警戒しながら本道に出る。

 辺りには細い木が倒れ、所々地面がえぐれており、少女が放った魔法の威力の凄まじさを物語っていた。

「距離をとって僕の後ろから付いてきてくれ」

「はい」

 ユダは、身軽に倒木を乗り越えて本道を北に進んで行く。

 ヒイラギも、言われた通りに数メートル後ろから付いていく。時折、銃や刀剣などの装備品が地面に落ちているのに気づいたが、目を逸らして今は深く考えないようにした。

「むっ、誰かいる」

 ユダは前方に大きな人影を見て、警戒の色を強める。

 山道を塞ぐように、筋骨隆々の男が巨大なハンマーを抱えて仁王立ちしていた。

 イバラキの砂漠でも二人の前に立ちはだかった、セイラムの幹部であるテツロウその人であった。

 男の後ろには、先ほどのヒイラギが放った竜巻で負傷したと思われる兵士が他の兵士に支えられて歩いていた。

「お前らは構わずに撤退しろ、後は俺がやる」

 テツロウは後ろを振り返らずに、隊員達に指示を出す。

「はい、どうかご武運を」

 黒い軍服の男達は、テツロウに向かってしっかりと敬礼しながら山道の奥へと撤退して行った。

 テツロウは前方から近付いて来る、襲撃者二人の顔を見てため息をつく。

「やはり、ユダか。どうして魔女と一緒にいるんだ?」

「この子と共に行く。そう決めたんだ」

 ユダは、背後にいるヒイラギを守るように前方に出る。

「話しを聞いた時はまさかと思ったが、本当に裏切ったのか。総長はさぞかしガッカリするだろうな」

「関係ないさ。もう良い大人だ、自分の意志で生きるよ」

「ユダ、退け。退かないと魔女の前にお前を始末してやる」

 ユダは体の前で刀剣を水平に構えると、鞘をゆっくりと抜き捨てる。

「掛かってこい」

 この、ユダの挑発するような言葉が戦闘開始の合図になった。

 テツロウは一気に前方に踏み込み、まるで重戦車の様に突撃してくる。

 強化アーマーを着用している事もあり、その勢いと速度は人間の限界を超えた、凄まじいものだった。

 ユダは刀剣を水平に構えたまま、ただじっと敵が接近してくるのを待ち構えている。

「うぉらぁ」

 テツロウは自分の射程圏内にユダが入ったのを見て、咆哮しながら戦槌を振り下ろした。

 シャッ

 ユダはそれを最小限の動きでいなして、テツロウの左腕をカウンターで斬りつける。

テツロウの腕に深く刃が食い込み、血が滴って地面を濡らす。

 ユダは、この一瞬の切り返しに全てを掛けていた。強化アーマーを着ている相手に対して真っ向勝負が長く続くほどこちらが不利である、敵の慢心を付いて仕掛ける他はない。

「くっ」

 テツロウは思わぬ反撃を喰らって、距離を取るべく大きく横っ飛びをする。

「今だっ」

 ユダが叫ぶと、後方にいたヒイラギが火の玉を放つ。

 ボシュツ

 それは、直径30センチ程の大きな火の玉で、放たれた瞬間にぱっと周囲が明るくなった。

 火の玉は、物凄い勢いで吸い込まれるようにテツロウに迫る。

 しかし、男はその火の玉を避けるのではなく逆に前方に歩みを進めて、自ら当たりに行った。

「なんだと」

 その光景を至近距離で見ていたユダは、テツロウの自殺行為とも思える行動に驚きの声をあげた。

 テツロウは身を守る様に顔を下げて、火の玉を真正面から受けても止まらずに、そのままヒイラギに向かって突進して行く。

 男のグレーの刈り上げた短髪はところどころ焦げ、顔も煤で黒く染まっていた。 

 自分の危険を度外視で突き進む、その姿はまるで狂戦士のようであった。

「ヒイラギ」

 ユダは少女を守るように、テツロウとの間に割り込んで咄嗟に刀剣を構える。

「計算通りだ」

 テツロウはその動きを読んでいたかの様に、巨大なハンマーをユダの脇腹に向けて叩き込む。反応出来ずに脇腹に鋼鉄の塊がめきめきと喰い込む。

「がはっ」

 ユダはその衝撃で遠くまで吹っ飛ばされた。何とか上半身を起こして、近くの木に寄りかかる。脇腹を抑えた瞬間に骨折しているのが分かった。

 テツロウはユダに致命傷を与えた事を確認すると、残る敵は一人とばかりに目の前の少女に向き直る。


 ユダは、脇腹の激痛に耐えながら腰元の拳銃を探り当て引き抜いた。

 パーンッ

 銃は敵ではなく真上に向けて発砲された。

「なんのつもりだ」  

 テツロウは僅かに表情に困惑の色を浮かべて、木に寄りかかっているユダの方に顔を向ける。

「僕たちはノーマルと魔女の平和を実現したいだけなんだ」

 ユダは、気力を振り絞りありったけの声を張り上げて主張をする。

「魔女の中にも良い人はたくさんいる。どうして争う必要がある」

 これは魂の底から出た言葉であろう、意外にもテツロウはこれに反応した。

「魔女が全員悪いやつじゃない事は、俺も分かっている」

「だがやつらを倒さないと・・・長い間続いている、この戦乱がいつまでたっても終わらねぇだろうが」  

 テツロウも、自分の主張が正しいと言う気持ちが強いのか負けじと声を張り上げる。

「この戦乱が終わらない内は、先細りでこの国の力はどんどん弱くなっていっちまう。未来がないんだよ」

 それだけ言うと、テツロウはヒイラギの方に向き直り一歩一歩歩き始める。

「はあっ」

 ヒイラギは近付いてくる男に抵抗するように、前方に差し出した手のひらから強風を発生させる。

 ただし、テツロウの歩みは止まらずにゆっくりとだがジリジリと間合いを詰めてくる。

「お願い、私にこれ以上魔法を使わせないで」

 少女は、ぽつりと懇願するように男に向かって話し掛ける。

 ヒイラギは前方に突き出した手のひらから強風の変わりに、今度は凝縮した水圧を弾丸の様に発射する。

 ダンッ

 男の右肩に水圧の弾丸が直撃し、血が勢いよく吹き出す。

 だが、男は歩みを止めずについにヒイラギの目の前までたどり着いた。

「お前に恨みはないんだ。悪いな」

 テツロウはそんな事を言うと、しっかりと少女の目を見て戦槌を振り下ろす。

「あーっ」

 ヒイラギの左肩にハンマーがめり込み、燃えるような激痛が走り思わず叫んでしまう。

「ヒイラギーー闘うんだ。殺られるぞ」

 ユダが遠くから叫ぶ声が聞こえる。

「ううっ」 

 ヒイラギは苦悶の声を挙げながらも、腰元に差しているダガーを抜き取り構え、闘う姿勢を見せる。

 その少女の抵抗する姿に驚いたのか、テツロウの手がピタリと止まった。

「こいつ」

 少女は魔法の効果か思いの他、素早い動きでダガーを振るい刃がテツロウの右手を掠る。

 男は思いっきりハンマーを横に振りかぶると少女の脇腹に向かって叩き込む。

「ああっ」

 ヒイラギはその衝撃で吹き飛ばされて、地面に仰向けに崩れ落ちる。ダガーは手から離れて遠くに転がっていってしまう。

「絶対に平和な世界を実現するんだ・・・この旅で出会った人達、そして・・・何より自分自身のために」

 ヒイラギは口の中でそんな事を呟きながら、両腕で地面を掴み上半身を起こす。

 そして、土埃だらけの顔で前方にいるテツロウを睨みつける。

 少女は自身の中で必死で抑え込んでいた、暴走寸前の魔力を開放した。

 体内にある石が強く反応して、内蔵を万力のように絞め上げる。

 そのまま、心臓が止まってしまいそうだった。

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