第48話 密かな儀式
次の日、俺たちはランテ火山から一番近い街『ファジル』へ戻って来た。
馬車を回収して、センドの街へ向かう。
そして、真夜中にセンドの街へ到着した。
「門、閉まっちゃってるね」と俺が言うと、
「じゃあ、空から入ろっか」
レイチェルはそう言い、魔法の翼を展開した。
そして、俺を抱き抱えて、飛翔する。
そして、屋敷付近に着地し、フリード様の部屋の窓をレイチェルが叩いた。
すぐにフリード様が姿を現わす。
「レリアーナなのか……!?」
フリード様は驚きながらも窓を開け、俺たちを部屋の中へ招く。
レイチェルの姿を見たフリード様は信じられないモノを見たようだった。
「このような無礼をお許しください」と俺は頭を下げる。
「いや、そんなことはどうでもいい。それよりもなぜ、レリアーナが…………?」
俺は魔王の呪いの解呪が出来た経緯をフリード様に説明する。
聞いたフリード様が俺の手を取り、何度も感謝の言葉を言うので、とても恐縮してしまった。
「フリード様、一つ、報告をさせてください」
自分でも緊張しているのが分かった。
「何かね?」
俺は言わなければならないことがある。
「あ、あの、フリード様、私は今後もレイチェルと一緒にいたいと思っています」
「…………そうか」
自分が王族にこんなことを言うなんて、一カ月前は想像も出来なかった。
断られるかもしれない、という心配が少しだけあったが、
「当然のことだ。娘をよろしく頼む」
とフリード様は笑いながら、快諾する。
その上で、
「レリアーナと君がこんな方法で屋敷に忍び込んだ理由は分かっているつもりだ。勇者が生きていると分かると他国が余計な心配をするだろう」
「はい、ですから、王弟の娘レリアーナも、勇者レイチェルも死んだ、ということにしていただけませんか?」
レイチェルがフリード様にお願いする。
「その方が良い。それがお前にとって、最善だ。これからは自由に生きると良い。ところで行く当てはあるのか?」
フリード様は今後のことを心配してくれる。
「はい、あります」
言いながら、俺はレイチェルを見る。
俺とレイチェルはこれからのことをもう決めていた。
二人で生きる場所をフリード様に教える。
「そうか。簡単に会えなくなるだろうが、君たちの幸せが一番だ。元気で暮らせよ」
フリード様は俺とレリアーナを抱き締めた。
「お父様もお元気で。必ずまた会いましょう。でも今度は私たちの方は三人になっているかもしれませんけど」
レイチェルは自分のお腹を擦った。
…………って、おい!
「ほう……アレックス君、君は子供がどうやってできるか知っているか?」
「え、ええ、知っています」
さすがに挨拶前に手を出したら、父親としては怒るよな。
これは一発殴られる展開だろうか?
「良くやった。男はそうじゃなくては!」
怒られるどころか、フリード様に肩を叩かれて絶賛された。
そうだ、こういう人だった。
「そうかそうか、儀式は済ませたか、結構なことだ。子供ができたとはめでたい」
「い、いえ、まだできたかは分かりませんよ」
昨日の今日で分かることではないだろう。
「ううん、多分、出来たよ。着床した気がする」とレイチェルが幸せそうに言う。
「何を根拠に言っているんだい!?」
というか、父親の前で着床とか言うな!
俺が気まずいだろ!
そんな宣言をしたら、いくらフリード様だって…………
「結構なことだ!」
「…………」
フリード様は笑っていた。
もう嫌だ、この親娘…………
俺たちは会話をしていると部屋の外からノックの音がした。
「旦那様、何か騒がしいですが、大丈夫でしょうか?」
ブレッドさんの声だった。
「問題無い。下がっていいぞ。……いや、中へ入ってきてくれるか?」
フリード様から許可するとドアが開く。
「レリアーナ様?」
ブレッドさんも驚いていた。
「ブレッド、聞きたいことはあるだろう。それは後から私が説明しよう。今はクロエを連れて来てくれるか?」
「かしこまりました」
ブレッドは急いでクロエさんを呼びに行く。
そして、すぐに戻って来た。
「お嬢様……?」
クロエさんもブレッドさんと同じ表情になる。
「クロエ、えっとですね…………!」
レイチェルが説明をしようとしたが、その途中でクロエさんはレイチェルに抱きついた。
「理由なんてどうだって良いです。これが神の奇跡でも、悪魔との契約でも……! お嬢様がこうやって生きている。それだけで充分です!」
クロエさんは泣く。
「色々と心配をかけてしまいましたね」
レイチェルはクロエさんを抱き締めた。
少し落ち着くとクロエさんは俺の方を見る。
「アレックス様、色々と暴言を言ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
クロエさんは深々と頭を下げる。
「やめてください。全てはレイチェルのことを思ってのことだったんです。謝る必要はありません。それにクロエさんの言葉に後押しされて、俺はレイチェルを救うことが出来たんです」
俺がそう返答すると、クロエさんは安心したようで笑ってくれた。
「さて、本音を言えば、もっと話したいが、他の者には姿を見られない方が良いだろう。――だが、その前に…………」
フリード様は机の一番下の引き出しを開け、何かを取り出す。
「こんなことになるとは思っていなかったから、まだ何も用意していなかった。君へのお礼がこんな無粋なモノになってしまって、申し訳ない」
フリード様から渡された袋の中には宝石が詰まっていた。
一体いくらになるか分からないほど入っている。
「い、いえ、こんなものをもらうわけには……」
「構わない。もらってくれ。どうせ、貴族や他国からの貢物だ。私は宝石を身に着ける趣味はないし、売ってもらって構わない。二人が生活する資金にしてくれ」
俺はフリード様から半ば強引に宝石の入った袋を渡された。
困って、レイチェルの方を見ると、彼女は笑う。
「もらっておこうよ。お金があって困ることは無いでしょ」
「う、うん。フリード様、ありがとうございます」
俺は感謝しながら、袋を鞄にしまう。
「それにこれも渡そう。宝石は売ってもらって構わないが、これだけは大事にしてくれ」
フリード様が最後に渡したのは指輪だ。
先ほどの宝石に比べると地味だが、レイチェルは驚いていた。
「これはお母様の指輪ですか?」
「そうだ。私が結婚する時に送ったものだ。迷惑でなければ、この場でアレックス君がレリアーナに嵌めるところを見せてくれないか? おっと、指輪の話だからな」
今の文脈で指輪以外の何を嵌めるというのだろうか?
まったく、この親娘は…………
どうも俺には愉快な親戚が出来たようだ。
今はまだ恐れ多いが、いずれはフリード様のことをお義父さんと呼びたい。
「分かりました」と言い、俺はフリード様から指輪を受け取った。
レイチェルが左手を前に出す。
俺は緊張し、震える手で指輪をレイチェルの左手薬指へ嵌めた。
「二人とも頑張るんだぞ。人生はこれからだからな」
フリード様は俺とレイチェルは抱き締めた。
「はい、お父様、今まで本当にありがとうございました」
「レリアーナ、私の方こそ、お前のような娘を持つことが出来て、誇らしい」
「クロエ、ブレッド、あなたたちも元気で」
「はい、レリアーナ様もお体にお気を付けください」とブレッドさんは言う。
「お嬢様がどこにいても、私は必ず会いに来ます。もう屋敷でただ待つだけなのは嫌ですから」
クロエさんはレイチェルの手を握った。
「分かりました。落ち着いたら、何かしらの方法で連絡をしますね」
「約束ですよ」というクロエさんの手に力が入る。
「さぁ、屋敷の者に見つかる前に行きなさい」とフリード様が言う。
俺たちは窓から出て、レイチェルの魔法の翼で飛んだ。
そして、馬車を停めている場所に着地する。
「慌ただしくなっちゃったね」
「仕方がないよ。お父様も分かってくれるはず。あっ、空が明るくなってきたよ」
「そうだね、じゃあ、行こうか」
俺とレイチェルは馬車に乗った。
「アレックス」
「なんだい?」
「私、今、とても幸せ!」
「俺もだよ」
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