第41話 主人公
どれだけの時間、立ち尽くしていただろうか。
雨が降って来た。
「帰ろう……もうここにいてもしょうがないじゃないか……」
誰に言うでもなく、俺は呟き、よろよろと歩き始めた。
でも、うまく歩けない。
足に力が入らないだけが理由じゃなかった。
今までずっとレイチェルと手を繋いでいたから、一人で歩くとバランスの取り方が分からなくなっていた。
俺は自由になった両手を見つめる。
この手は魔王の呪いを止めることが出来ても、打ち消すことは出来ない。
「本当に役立たずの能力だ…………!」
俺は悔しくて両手をギュッと握った。
雨が本格的に降り始める。
俺は近くの木で雨宿りをすることにした。
この木は枯れていない。
もう、『魔王の呪い』の影響の外へやって来たということか。
俺は木を背もたれにして座り込んだ。
「結局、俺に出来たのはレイチェルに最期の時間を作ってあげることだけだった…………」
凡人の俺には女の子一人すら助けることが出来ない。
情けなくて、俺はまた泣き始めた。
「…………なんだ?」
見ると雨の中、一羽の鳥がよろよろと歩いて俺が座っている木まで辿り着く。
翼を怪我している様子はないが、飛ぶ気配が無い。
「そういうことか…………」
この鳥は呪いに掛かっていた。
低級の魔物が捕食対象に使用する呪いだ。
そのせいでこの鳥は飛ぶことが出来ないのだろう。
俺は鳥に手を伸ばした。
呪いのせいで体力が奪われているらしく抵抗する気配が無い。
簡単に掴まえることが出来た。
俺が触れたことで呪いが無効になり、鳥は元気に翼を羽ばたかせる。
だが、俺が手を放せば、呪いが発動して、この鳥はまた地面を這うことになるだろう。
「俺は残酷なことをしているな」
雨は一時的なものだったらしく、すでに小降りだった。
雨が止みそうになり、鳥はさらに激しく翼を羽ばたかせる。
このままだと俺の服が羽まみれになりそうだったので、鳥を手放した。
手放せば、この鳥はまだ地面に堕ちる。
――――そう思っていた。
「えっ?」
しかし、鳥は空へ向かって飛んでいく。
あっという間に見えなくなってしまった。
「どういうことだ? なんで呪いが戻らない? …………」
何かが変えられる気がした。
というより、変えられると思いたかった。
俺はなぜ鳥の呪いが解呪できたかを考える。
呪いが弱いから、というわけではない。
士官学校時代にそれは確認済みだ。
俺の能力ではどんなに弱い呪いも解呪はできない。
「…………! もしかして、レイチェルの能力のおかげか…………?」
その可能性に辿り着く。
レイチェルは自分の能力が、俺と同じで常時発動型だと言っていた。
彼女と触れていると身体能力や魔法、あらゆる能力を強化できる。
勇者らしいとんでもない能力だ。
――そう、ありとあらゆる能力。
「レイチェルのおかげで、俺の能力が強化された?」
その答えに辿り着く。
「でも、それだったら、なんでレイチェルが受けた『魔王の呪い』は無効になっていないんだ?」
魔王の呪いは別格、と言ってしまえば、すぐに答えは出る。
しかし、レイチェルの顔が浮かび、別の答えを求めた。
「…………もし、レイチェルに対して働いていた俺の能力が出会った時のままだったとしたら? 今まで一度も手を離さなかったから、強化された俺の能力の効果を受けなかった。そうだとしたら、能力が強化された状態でもう一度、レイチェルへ触れれば魔王の呪いは打ち消せるんじゃないか?」
仮定に、仮定を重ねて、俺自身が望む都合の良い結論を導き出す。
今すぐにレイチェルを追いかけよう、と思った。
「…………」
でも、足が止まる。
今の俺は都合の良いことを考え過ぎじゃないだろうか?
それにランテ火山の魔物は全体的に強い。
ファイヤードレイクだって目撃されている。
そんな危険な山に俺なんかが単独で入るべきじゃない。
それにもし、運よくレイチェルを見つけたとして俺の希望的結論が外れていたらどうするんだ?
レイチェルに絶望を与えるだけじゃないのか?
…………それにもう手遅れかもしれない。
俺は色々と動かない理由を考える。
やっぱり英雄みたいに迷わず行動できない。
〝アレックス、たまには即決しなさい。そうしないといけないこともあるわよ〟
〝アレックス様はこんな結末で良いのですか……? あなたにとって、お嬢様の存在はこんなものだったんですか!?〟
行動を躊躇っている内にジェーシやクロエさんから言われた言葉が浮かんだ。
俺は頭を木に叩きつける。
「俺は馬鹿だろ! 山が危険とか、解呪が確定じゃないとか、それがどうしたって言うんだ! もしかしたら、レイチェルを救えるかもしれない。それだけで俺が行動する理由は十分じゃないか!」
雨は上がり、空から微かに陽が差す。
俺は覚悟を決め、ランテ火山を目指して走り出した。
俺は凡人だ。
人々を先導する英雄や魔王を打倒する勇者には成れない。
だけど、たった一人の女の子を救う。
そんな細やかな物語の主人公ぐらいはやらせてほしい。
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