第33話 魔術師たちの結論

「クロエから聞いたぞ。朝から元気だったようだな。私もその場に居合わせたかったぞ」


 朝食の時、フリード様からそんなことを言われてしまった。


 どうやら、クロエさんがフリード様に報告してしまったらしい。


 余計なことを……と思いながら、クロエさんを見たが、彼女は澄ました表情をしていた。

 


 朝食の途中でブレッドさんが入って来て、フリード様に何かを耳打ちする。


「どうやら昨日言っていた教会の魔術師たちが到着したらしい。さっそくで申し訳ないが、朝食の後、客間に来てくれるか?」


 俺とレイチェルは頷いた。


 朝食を食べ終えた俺たちは客間に向かう。

 部屋の中にはゴシユア王国の紋章が入ったバッチを付けた人が五名いた。


「私がフリードだ。今回の件、ブレッドから聞いているとは思うが、他言は無用でお願いしたい」


 レイチェルは戦死したことになっているので、フリード様はそう念を押した。


「存じております。我々がここでお会いした方のことは一切、口外致しません」


 一番年配の魔術師の人が宣言すると、他の人たちも頷いた。


「その言葉を信じよう。面倒な挨拶は不要だ。すぐに取り掛かってくれるか?」


 一番年配の男性が「かしこまりました」と言う。


 俺とレイチェルは空いている椅子に着席し、まずは一番若そうな女性の魔術師がレイチェルの手に触れた。


「あ、あの申し訳ありません。呪いを発動させてもらうことは出来ませんか?」


 魔術師の女性は少し緊張した声で言う。

 俺はすっかり慣れてしまったが、王族のレイチェルに近づくのは気を張ることなのだろう。


「それは出来ません。魔王の呪いは強力過ぎます。もし、発動すれば、ここにいる方々の生命を奪ってしまうかもしれません」


 レイチェルが穏やかな口調で説明すると女性の魔術師は「も、申し訳ありませんでした」と頭を下げた。


 結局、色々と試したが初めの魔術師は呪いの解析どころか、呪いの存在にすらたどり着けなかった。


 ジェーシが当然のようにやっていたので気にしなかったが、呪いを無効にした状態で解析を行うのは難しいことのようだ。


 二人目、三人目の魔術師も色々と試していたが、結局、呪いの正体には辿り着けなかった。


 しかし、四人目の魔術師は違った。

 よく見るとバッジの色が他の三名とは違う。

 どうやら、三人より階級が上のようだ。


「この呪いは確かに強力です。ですが、優秀な魔術師が十名、そして、その十名を呪いから守る為にさらに十名、合わせて二十名の魔術師を揃えれば、呪いは打ち消せると思います」


 四人目の男はそう結論付けた。


 その結果に俺やフリード様はホッとしていた。


 ジェーシの結論が外れたのだ。


 しかもジェーシが一晩かけて結論を出したのに対して、この人たちは一時間ほどで結論を出した。


 さすがと言うべきだろう。


 …………そのはずなのだが、なぜが不安感に襲われる。


 それは俺だけではなかったようでレイチェルはまったく安堵していないようだった。


 最後にこの団体の筆頭と思われる男性がレイチェルの呪いを探り始める。

 この人はまたバッジの色が違う。


 多分、この人が一番、優れた魔術師なのだろう。


 筆頭の人はかなりの時間をかけてレイチェルの呪いを調べているようだった。

 その結果、かなり深刻そうな表情で説明を始める。


「バティスタ、あなたは呪いを見落としています」


 恐らく、四人目の人の名前だろう。

 筆頭の人はバティスタさんに視線を送った。


「そんな馬鹿な!?」


「良いですか。私の言う手順で解析を行いなさい」


 今度は二人でレイチェルの呪いの解析を始める。


 俺もレイチェル、そしてフリード様もその様子を心配そうに見守った。


「メヒアさん、私が間違えていました」


 筆頭の人メヒアさんに対して、バティスタさんが誤りを認める。


「私たちにも分かるように説明してくれるか?」


 フリード様はかなり心配そうに言う。


「殿下、レリアーナ様が受けた呪いは二つあります」


 二つ……


「一つ目は周囲の生き物から生気を奪ってしまう呪い。そして、もう一つがレリアーナお嬢様を自壊させてしまう呪いです」


 メヒアさんはジェーシと同じような結論へ達する。


 この人たちはジェーシの行った解析結果を知らない。

 フリード様が教えていないのだ。


 それは先入観を持たないようにさせる為であり、フリード様は別の答えを期待していたに違いない。


 それは俺も、そして、レイチェルもその気持ちは同じはずだ。


 でも、結論は変わらなかった。

 後はこの人たちが何かしらの解決方法を見出すことに望みを託すかしなかった。


「恐れながら、申し上げます。この呪いの解呪は不可能、と思われます」


 しかし、メヒアさんはここでも、ジェーシと同じ答えに達してしまった。


「なぜだ? レリアーナを自壊させる呪いがあるというなら、まずはそちらを解呪すればいいのではないか?」


 フリード様には少しだけ圧力があった。


 見るとメヒアさん以外の魔術師の人たちは怯んでいる。

 しかし、メヒアさんは怯まなかった。


「それは無理なのです。二つの呪いは巧みに重ねて掛けられております。生命の生気を奪い取る呪いは分かりやすく言えば、箱です」


「箱?」とフリード様。


「そうです。一つ目の呪いが箱のような役割をしています。その為、この呪いを解呪しないと二つ目の呪いに触れることが出来ません。しかし、一つ目の呪いを解呪すると二つ目の呪いが発動するようになっているのです」


 メヒアさんが説明は分かりやすかった。


 だからこそ、俺たちは沈黙してしまう。


 ジェーシの能力は知っている。


 そして、メヒアさんはゴシユア王国で高い地位にいる魔術師なのだろう。


 その二人が同じ結論を示したということはこれ以上、何をやっても…………


 部屋の中の空気は重い。


「皆さん、急な申し出を受けて頂き、ありがとうございました」


 そんな中、当事者のレイチェルは口を開いた。


「実は私、最初からこの結果を予想していたんです。魔王の呪いを受けた時から、これは人間の力でどうなるものじゃないと分かっていました」


 レイチェルの口調はとても穏やかだった。


「我々の無能をお許しください。現在のところ、対処法はアレックス様だけのようです。我らに出来ることは何もありません」


 つまりレイチェルが生きている限り俺が彼女の手を握っている、ということか。


「そうか、分かった。もう下がってくれ」


 フリード様は冷たい口調で言った。

 こんな言い方をするフリード様を俺は初めて見た。


 メヒアさんたちは頭を下げ、部屋から出て行った。。

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